戦いの終焉
サタンは眼前の罪を見据えながら、左目を覆う眼帯に手を掛ける。
憤怒を司る自分の真の姿にて、罪を滅ぼすために。
「愚かなる罪よ。我が真の姿にて、貴様に終焉をもたらしてくれよう。それが貴様の運命だ」
サタンは罪に向けて言い放つと、左目の黒い眼帯を剥ぎ取った。
その時、サタンの紅紫色の瞳は赤黒い焔を思わせる色となる。
そして、サタンの全身から闇が溢れ出す。
楕円形の黒い竜巻に身を包み、暴虐と殺戮を成すための姿へと自身の身体を変容させる。
短身痩躯の身体は山ほどに巨大な蜥蜴を思わせ。
その爪は如何なる刃をも易々と切り裂く鋭さを想像させる。
腰ほどに伸びていた黒い長髪とその貌は、立派な一対の角を生やした竜の頭部となり。
その背中には、罪の持つ三対の翼よりも雄々しく力強い一対の双翼が生えている。
すなわち、漆黒の巨竜。それがサタンの真の姿。
「ゆくぞ」
簡潔に一言だけ述べ、翼を数度羽ばたかせ、空を飛ぶ。
「グゥォォォ……!」
罪も三対の双翼を絡ませること無く羽ばたかせて、大地から躯を離す。
二人が同じ高さに並んだ時、真の決戦が開戦されたーー。
サタンは黒みを帯びた紅の吐息を罪へと浴びせ、罪を焼き尽くそうとする。
しかし、罪は抵抗するかのように、漆黒の吐息を吐き出し、相殺しようとする。
「ふん、やるようだな」
二人の繰り出す吐息は拮抗状態を作り出す。
これでは埒が空かない。
サタンは吐息での攻撃を止めると、罪の周囲を飛び回り始める。隙を探し出すために。
対して、罪は三対の腕から黒い魔力の光球を生み出し、自身の周囲を飛び回るサタンへ向けて打ち出す。
「そう、易々と自身の隙をさらけ出さないか」
罪の周囲を飛び回っていたサタンは、罪の尾による払い打ちを躱しながら、相手の隙が見つからないのを知る。
「ならば、どこかの部位を吐息で焼いたらどうなる?」
正面から身体全体を吐息で浴びせるのは抵抗されてしまう。
ならば、正面ではないところ。
ーー背後や脇辺りから、攻撃すればどうなるか。
サタンは罪の脇腹辺りに回り込み、先ほどと同じ黒みを帯びた紅の吐息で罪の脇辺りを焼く。
「……グゥォォォ!?」
それなりには効果はあるようだ。しかし、罪の放つ黒い魔力の光球により、抵抗されてしまう。
それゆえに、終止符を打つには至らない。
「ならば、奴の大剣を砕いた時のように急旋回にてやるか」
サタンは罪への攻撃方法を決めると、罪を見据え動向を窺う。
闇雲に攻撃すれば返り討ちに合うためであり、最終的には敗北しかねないためだ。
それは自らの創造者である創造偽神デミウルゴスへの裏切りに値してしまう。
漆黒の巨竜に見据えられている罪は、人の姿を取っていたサタンに猛攻を浴びせた初撃。
ーー高密度の巨大な闇の吐息を吐き出そうとしていた。
しかし、吐息はそれほど練り上げられているわけではない。
それに二発目であり、対処しようがある。未知の攻撃ではなく、既知の攻撃となっているがゆえに。
サタンは吐息の準備をしつつ、罪に急接近する。接近することで射程圏から逃れるためだ。
そして、闇の吐息は巨大になり、放たれる直前となった。
だが、サタンはギリギリのところで罪のすぐ近くに滑り込めた。
「グゥルルル……?」
目標を失った罪は放つ直前にまで膨れ上がった闇の吐息を内包したままサタンの姿を探し始める。
「この時を待っていたぞ。貴様が滅びる瞬間をな!!」
罪はサタンの位置を把握したがサタンは、すでに準備していた黒みを帯びた紅の吐息を罪と同じように、練り上げたのを吐き出した後だった。
「グギャォ……ッ!?」
至近距離から吐き出された黒みを帯びた紅の吐息が、罪が内包し続けてきた闇の吐息の衝撃に加え、吐息の暴発を引き起こしたのだ。
その隙を生み出したサタンは自らの竜爪を持って、罪の胸辺りに埋め込まれているひび入りの黒い球体を貫き砕いた。
「グギャォォォォ……!?」
核となっていた黒い球体が破砕され、アラスゼンの持つサタンへの執念を核に新たに再構築された罪の躯は崩れ落ちていく。
残ったのは、闇を凝縮したような黒い真珠が一つ宙に浮いている。
「……我の勝利か。創造偽神デミウルゴスよ。我は汝が産み出した罪を滅ぼし、勝利を得たぞ」
そう、サタンはアラスゼンという咎成す罪を完全に滅ぼしたのだ。
空から一匹の白い鴉が飛びながら、黒い真珠を掴み、再び空へと飛び去っていく。
「あれは白鴉か。創造偽神デミウルゴスが遣わしたのだろう」
サタンは白鴉を見届けると役目を終えたかのように身体を霧状に変えた。
そして、再び人の姿を取る。
「アヴィドは滅んだ。しかし、このままになるのか。それとも、再生するのか。我ですら分からない。アヴィドの民は戻って来ないのだろう。
異世界からの漂流者が現れるのかもしれないが、それは我の知る由ではない」
サタンはそう呟くとどこからかゲートを造り出し中へと潜っていった。
彼が次にどこへ行くのか。それは誰にも分からない。
けれど、彼の物語は、またいつか紡がれるのだろうーー。
《終》