開戦
サタンとアラスゼン。それは創造偽神デミウルゴスにより産み出された二人の魔王。
彼らは相容れることは決して無い。何故ならば、片や世界を滅ぼす者であるのに対し、片や魔王を滅ぼす者でもあるのだから。
それはさながら、あるいは皮肉にも、勇者と魔王の関係のようでもあったーー。
魔王サタンは人の姿をしている。しかし、紅紫の瞳に尖った耳など人外の要素が入っており、左目に眼帯をしている。
そして、黒衣に身を包んだ短身痩躯であり、手には黄金を模した竜杖を持っている。
対する魔王アラスゼンは天を点く角を有した狼の頭部を持ち。
四腕の剛力からは、漆黒の大剣に鋭い爪。
巨人のような胴体に漆黒の球体が埋め込まれており。
ミノタウロスのように、いやそれ以上の太い四脚を持ち。
硬質の腕輪を幾重にも嵌めていて、細くしなやかな尾を有している。
そして、それらが全て黒で統一されているのだ。
それはさながら、巨獣に挑む勇者のようでもある。しかし、これは魔王同士のの戦い。結末はまだ始まったばかりなのである。
「ゆくぞ!」
先手を取ったのはサタン。手にした黄金の竜杖を、竜鱗彫りの大型の片手剣に変えてアラスゼンへと勢い良く斬りかかった。
「来るがいい!」
対するアラスゼンは一振りの漆黒の大剣の腹にてサタンを待ち受ける。
ーー残りの空き手にて、攻めてくるサタンを握り潰すためにーー。
そして、二人は正面から激突した。
サタンの持つ竜鱗彫りの片手剣が、アラスゼンの持ち構える漆黒の大剣へと突き刺さる。
硬質の金属音同士がぶつかり合う音が響き渡る。
「フ、フハハ! わざわざ罠にかかるとは、飛んで火に入る虫けらか!」
「なに! グッ!」
アラスゼンの不敵な笑いと罠の意味。それは生じる隙を突いて、サタンを握り潰すことであった。
そして、サタンは呆気なく捕まってしまったのである。
「我を滅ぼすと言っていたな。逆に我が滅ぼしてくれようか」
アラスゼンはそう言うと、サタンを捕らえた手から、魔力の光球を生み出し、サタンに浴びせる。
「グッ! ガァッ!」
短くも悲痛なサタンの叫び声。至近距離での魔力の光球による爆発。
握り締められていることの痛みと、爆発の二重奏にも似た連撃は、魔王とは言え痛みを受けてしまう。
しかし、爆発は僅かだが、隙を生み出すものでもある。
「ぬかったが、これならどうだ?」
サタンは剣を持たぬ左手に魔力を一瞬で練り上げ、高威力の爆発を自らの至近距離で引き起こした。
「……かぁッ!」
「ぬぉっ!我と同じ手法で我が拘束から抜け出すとは。フッハハハハ! なかなかやりおるなぁ!」
爆発と同時に両足で蹴り、反動でアラスゼンによる拘束から脱出したのだ。
それは人の身では決してできないこと。魔王の身だからこそ、できた方法でもある。
「率直に斬りかかっても無駄ならば、遠距離から攻撃するまで」
サタンはアラスゼンから距離を取ると、前方に無数の魔力の光球を生み出し、アラスゼンへと打ち出した。
「それで我を滅ぼせると? 浅慮と知るがいい!」
アラスゼンはただ一言、咆えた。それだけで黒い衝撃波が生み出され、魔力の光球を迎撃する。
衝突による消滅。あるいは軌道から外された光球が辺りに墜ちて、幾つかの火柱を生じさせる。
「浅慮? 違うな。我の傷を癒やす時間稼ぎに過ぎない」
アラスゼンから受けた傷。それは人の身であっても少なからず影響を及ぼすもの。
ならば、光球で時間稼ぎしつつ、魔術で癒やせばいい。
無数の魔力の光球はそのための目眩ましに過ぎないのだから。
「小賢しいなぁ! サタン! ならば、傷を癒やす間もなく、負傷させてやろう!」
アラスゼンはそう叫ぶと、サタンへ向けてタックルし出した。
「我が元へ行く。それが賢明な判断かもな。しかし、もう遅い」
サタンはアラスゼンの行動を褒めながらも嘲笑う。
もうすでに傷は癒えている。後はタイミングを待つだけ。
サタンとアラスゼンとの距離が再び接触する寸前。
サタンは蹴り飛ぶ。アラスゼンの頭上を越えて。
黒衣の上から翼を生やす。コウモリを思わせる竜翼を。
空中戦へと移行するために。
「なにぃ! 空を駆けて戦うだとぅ!」
アラスゼンは驚きの声を上げる。
飛びながらの攻撃。それは相手に焦りを生じさせ、自身を撃ち辛くさせるのだ。つまり、回避にも専念できるということでもある。
「こうなれば、サタン! 貴様を地へと引きずり落としてくれるわ!」
アラスゼンは大剣以外の手から、魔力の光球を幾つも生み出すと、連射するように飛び回るサタンへと放ち続ける。
しかし、サタンはアラスゼンの攻撃を軽々と躱しながら、または旋回しながら、アラスゼンの背後に回り込み、片手に練り上げていた魔力の光球を放つ。
「ぬぉッ! ええい、小癪な!」
アラスゼンは魔力の光球を空き手に生み出しつつ、身体を反転させると、そのままサタン目掛けて、魔力の光球を放った。
「……ちぃ!」
中距離から放たれた魔力の光球を間一髪で避けたサタンは、魔力の光球が落ちた方角を見る。
そこには、無音の超重力が発生しており、荒れ地にクーデターを広げるだけとなった。
「躱していて助かった……。あんなものを受けていたら、即座に地面へと墜とされてしまうところだったな……」
空を駆ける鳥たちにとって、地面に墜とされると言うことは、翼をもがれたのと同じ意味を孕むものである。
戦いにおいては、敗北を引き寄せる致命的な隙を生じさせることにもなる。
「グハハハハハァ! 空を飛ぶ貴様にとって、地に墜とされるのは、屈辱ではないか? 屈辱にまみれたまま滅ぶがいい!!」
アラスゼンは哄笑を上げながら、超重力を生み出す魔力の光球を放ち続ける。
「即座に決着を着けるとするか」
無音の超重力。それを放ち続けるアラスゼンとの戦いを長引かせること。それは危険でもある。そう判断したサタンは、正面から戦いの決着を着けることにした。
「ほう、剣で我を突き刺すつもりか。無駄であると知れ!」
サタンはアラスゼンへと右手に持った竜麟彫りの片手剣を向けて、旋回しつつ突撃する。
対するアラスゼンは漆黒の大剣の腹を胸に埋め込まれた黒い球体を守るように構える。
同時に残りの腕には、魔力の光球を生み出している。
戦いはまだ、序章でしかないのであるーー。