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Rise 08

 噴水広場を離れて5分ほど――。

 最初に連れてこられた詰め所から東側に連なっている住宅街の一角に私は連れてこられた。

「ここよ、入って入って」

「――おじゃまします」

 どの建物も、見た目からでは内部の様子が見えず、構造もどうなっているのか分からなかったのだが、中に入ってみると驚いたことにそこには生活に必要な家具やベッドやキッチンなどは無く、車1台が入れるくらいの何も無い空間だけが広がっていた。

「ここ……家?」

「残念。ここはまだ入口なの」

 カレンは不敵な笑みを浮かべながら壁に埋め込まれている水晶のような物を触った。

 すると目の前の地面に先ほどは描かれていなかった魔法陣のような円形の模様が浮かび上がり、光り輝きだした。

「行きましょうか」

 光の円陣に見惚れている私の手を掴むと、その円陣の中にカレンは私を導いた。

 完全に円陣の中に入り中央に立つと視界が一瞬真っ白になり、気がつくと私達2人は先ほどの土の地面ではなく、カーペットが一面敷かれた現代風の洋室の空間に立っていた。

「ここがカレンの家?」

「正確には私とエレンの家ね」

 部屋には低いガラステーブルとローチェアが2つ置かれていて、テーブルの上には様々な書類や書物が広がっている。

 可愛らしい家具が並ぶ一方、豪奢な長槍が壁に飾られているなど、まるで異なる趣味が1つの部屋に集められたかのようなインテリアをしている。

「そういえば、こっちに来てから身体汚れたままだったよね? 湯浴みしましょうか?」

 私の返事を待つ間もなく、カレンに背中を押されてカーペットが敷かれた部屋の隣にある脱衣所のような場所に入れられた。

「私も支度するから、ちょっと待っててねー」

(出会って間もない同性と裸の付き合いをするのはハードルが高いな)

 慌ただしく部屋を出ていったカレンを見送りつつ、束ねた髪を解いて目の前まで持ってくると、確かに髪が汚れてゴワゴワしているのが目立つ。

 銀色の髪をイジっていると、脱衣所の奥に取り付けられている西部劇に出てきそうなパタパタ開く扉から湯気と共に濡れた裸の赤髪女性が姿を現した。

 湯気でだいぶ身体は隠れてはいるものの、女性は私の存在に気づくも前を隠すでもなく近寄ると、前かがみになって私の顔をジロジロと見つめてきた。

(カレン……じゃない。この人エレンね)

「あー、確か……君は朝の……どこかで見た顔だと思った」

 思い出したかのように呟いたが、声色からはまったく私に興味が無いことが伺えた。

「この場合は侵入者として扱うべきだろうか。いや、門を通ってきたんだからそもそも……」

 エレンは腕組みをして更に何かブツブツ独り言を言っている。すると布を何枚か持ったカレンが脱衣所に入ってきた。

「お待たせー。あれ? 姉さん帰ってたのね。今日は遅いと思ってたわ」

「よく分からないけど、今日は早く帰ったほうがいい気がしてね。それ、一枚貰っていい?」

 エレンはカレンが手に持っているタオルを指さした。

「これキャリィの分なのに……はい、どうぞ」

 カレンはタオルを1枚エレンに向けて投げ渡した。

「ありがとカレン」

 姉妹だと聞かされた後であっても見た目がホント似ているから、名乗らず目の前に現れたらきっとどちらがエレンでどちらがカレンか私には判別ができないだろう。

 強いて言うなら、エレンは立派な腹筋をしているのに対し、カレンは女性らしいクビレをしているところが違いだろうか。

「まだお湯は残ってるから温かいと思うよ」

 まだ身体の雫を拭ききっていないまま脱衣所からエレンは出ていってしまった。

「姉さん! 床を濡らさないでよね! もう……先に入っててキャリィ、もう一枚持ってくるから」

「……一緒に入らないとダメ?」

「そんなことないけど、……もしかして恥ずかしい?」

 ニヤニヤしているカレンに私は無言で頷いた。

「子供みたいで可愛い♪ あーでも私キャリィの背中流したいなー、髪のお手入れもしてあげたいなー」

(どっちが子供なんだかわからないわね)

「いいわよ、一緒に入るわよ……先に行ってるから」

「ありがとキャリィ♪」

 カレンは嬉しそうに脱衣所を再び出ていった。

 私は急いで服を脱ぐと、カレンが置いていったタオルを胴体に巻いてパタパタ扉をくぐって浴室に入った。

 浴室内は床も壁も凹凸が無いタイル貼りになっており、窓や照明が無いのに部屋全体が明るかった。

 光源はどこなのか気になり辺りを眺めていると、ヘアバンドで髪をアップにしたカレンが私と同じタオルを胴体に巻いた姿で入ってきた。

 カレンが向かった先には一定の水量が溢れて流れ続ける壺があり、その脇に座ると手招きされた。

 私は壺の前にペタンと内股座りすると、壺に入ったお湯を頭からゆっくり注がれた。

「熱くない?」

「うん、大丈夫」

 40℃前後くらいに感じるお湯は心地よく、ボディソープが無くても全ての汚れを洗い流してくれているような気がする。

 しかしその感想は正しいようで、薬剤を使用していないというのにゴワゴワした髪やカサカサで汚れた肌は瞬く間に綺麗になってしまった。

「これも魔法?」

「ううん。お湯は魔法で出続けているけど、お湯の効能は中に入っている束ねた薬草の効果よ」

 私がカレンに質問すると壺の中に手を入れ、メッシュになっている小袋を取り出した。

 中にはピンク色や青色をした様々な薬草が入っていて、どことなくミントのような爽やかな香りも出している。

「これって売り物?」

「薬草はそうね。身体を洗うための専用の薬剤も販売してるんだけど、今までコレを使って育ってきたから薬剤を私たち買ったことがないの」

 そう言いながらカレンは小袋を壺に「ポイッ」と投げ入れた。

 旅の汚れというか、冒険の汚れを全て洗い流すと、私はカレンと一緒に部屋の角にある4畳くらいの大きさの浴槽に全身を浸からせた。

 浴槽は反転したピラミッドのような形をしており、お互い向かい合って浴槽の段差に座っていると、カレンが私の身体をジロジロ見ていることに気付いた。

「な、何?」

「んー? 身体が綺麗だなーって見てただけ」

「身体綺麗って褒められてるわよー『キャリィ』」

 私は目を閉じて上を見上げると「キャリィ」に伝えるように言葉を口にした。

「だって、私は貴女と……そういえば前の世界の時の名前、聞いてもいい?」

(そういえば、名乗ってなかったっけ)

「楠木ヒカリ」

「クスノキって、変わった名前ね。ヒカリが名前みたいに聞こえる」

「ヒカリが名前よ。元いた世界……というか国では最初が苗字で、次が名前なの。だから私はヒカリよ」

「『ヒカリ』ね。さっきの話の続きだけど、私もヒカリと同じ22歳なの。だけど身体は若々しくて羨ましいわ」

 カレンは私に近づくと二の腕をプニプニと触りだした。

「10数年したら追いつくから安心して?」

「そしたら私もうオバサンじゃないのー」

 前世では味わえなかった女性同士の裸のお付き合いを満喫し、いつの間にか長湯になってしまった。


「あ、やっと出てきた」

 湯気を出しながら脱衣所から出ると、エレンは出会った時と同じ服装に戻っていて、手と脚の甲冑は外して胡座をかいて床に座っていた。

「もしかして御飯? ごめんなさい、さっき私たち食べてきたばかりだから考えてなかったわ」

「食べてきたって、クロトンの店?」

「ええ、リックの提案でね。……ちょっと待ってて、軽く何か作るわ」

 乾ききっていない髪をなびかせ()()()()をくぐってカレンは調理器具が見える厨房に消えていった。

(さっきの酒場は『クロトンの店』って言うんだ)

 外してある鎧の表面を布で手入れしているボンヤリした表情のエレンに、私は言いたいことがあって話しかけた。 

「エレン……さん」

「エレンでいいよ」

「じゃあエレン、今朝というか、夜中はありがとう」

 私はボンヤリしているエレンに面と向かって感謝の意を伝えた。

「なんの話?」

「聞いたの、魔防結界のこと。貴女が先に見つけてくれなければ、私は帝国に連れ戻されていたかもしれない。だから私を見つけてくれてありがとう」

「気にしなくていいよ。それが仕事だし」

 私と目線も合わせずひたすら鎧の手入れをし続けるエレンに間が持たなくなってしまい、私は話題を少し変えた。

「でも、よく私を見つけられたね。森の中で倒れてたのに」

「あぁ、それね。それはコイツのお陰だよ」

 そう言ってエレンが布を膝に置いて指を「パチン」と鳴らすと、彼女の背後から白い光を放つ毛玉のような物が肩をコロコロと転がりながら姿を現した。

「コイツは精霊の『タマ』。コイツを通して森の精霊たちに呼びかけをしたんだ『こんな夜中に森の中にいる人間はいないか』ってね」

「神様の他に精霊も居るなんて、本当にファンタジーみたい」

「ファンタジー? 何それ」

「えっと……空想の物語とか、出来事とか。そういう意味」

「『救済者』ってことは軽く聞いてはいたけど、キミの世界には精霊は居ないの?」

「居ない……と思う」

「ふーん、変なの。確かに精霊が見えないって人も中にはいるけど、存在しないっていうのは私には考えられない世界だなー」

 そう言ってエレンが指の甲で毛玉の表面を撫でると嬉しそうにその場でピョンピョンとタマはジャンプを繰り返した。

「この子って、どこかで捕まえたの?」

「子供の頃、森で稽古してるときに見つけて『タマ』って名前つけて呼ぶようになったら付いてくるようになったんだよね」

「……もしかして『タマ』って名前」

「コロコロした玉っころみたいだから『タマ』」

(そのまんまね。でも、名前を付けたら付いてきたってことは、ファンタジーでよくある『精霊召喚』とか『精霊と契約』みたいなものかしら)

 そんなことを考えつつタマの様子を眺めていると「お待たせー」と言いながらサンドイッチが盛り付けられた皿を持ってカレンが戻ってきた。

「こんなのしか作れなかったけど、許して姉さん」

「いや、料理が作れない私からすれば贅沢な物だよ」

 エレンは相当お腹が空いてたのか、サンドイッチを2つ重ねて食べ始めた。

「もー、そんな急いだら喉に詰まらせるよ?」

 カレンが呆れて見ながら一緒に持ってきた水の入ったグラスをエレンに手渡した。

「お腹が空いてるのもあるけど、早く兵舎に戻りたくてね」

「終わったんじゃないの? もう陽も落ちたのに」

 窓の外を見るといつの間にか夜になっていた

「早めに帰ってはきたけど、それは一時的で。いつも夜になると帝国側は暗闇になるのに、今日はセパレア山の輪郭がわかるほど帝都は明かりを灯しているんだ。何かあった時のために夜間は南門に居るよ」

 私が帝都を脱出するとき確かに街は真っ暗だった。それが今は明るいってことは、きっとリックが言った通り魔防結界を越えた人間が誰なのか調べているのだろう。もしかしたら、母も見つかってしまっているのかもしれない。

 私は「キャリィが捜索されている」ことより「母の亡骸が不当な扱いをされていないか」の方に強い不安をおぼえた。

「とにかく、もう行くよ。何かあれば使いの者を直ぐ寄越すから」

「わかったわ。気をつけてね姉さん。……あ、それと食べ終わったら『ごちそうさま』よ?」

「なにそれ」

 エレンは不思議そうにカレンを見ている。

「いいから、はい『ごちそうさま』って言って?」

「ご、ごちそうさま」

「うん♪ いってらっしゃい」

 エレンは意味の分からない言葉に困惑しながらも、私たちがやって来たように壁の水晶に触れた。

 すると先程同様足元に光の円陣が浮かび上がり、エレンが円陣の中心に立つと瞬く間に光に包まれその場から消えてしまった。

 私は帝国の動向が気になってしまい、エレンが消えた場所をいつまでも眺めていた。

 そんな私の肩を両手でカレンが包み込むと「大丈夫」と一言だけ耳元で囁いた。

「……横になってもいい?」

 私がそう呟くと、カレンは私を抱き上げベッドがある部屋まで連れていってくれた。

 中身は22歳だが、今はカレンに甘えることに何の抵抗も感じないほど私は一瞬にして心が疲弊してしまった。

 それに加えて昔からの私の癖だが、病気の進行が恐ろしくて怯えた時はとにかく眠ってその場はやり過ごすようにしていたため、不安になればなるほど私は横になりたくなる癖がある。

 ベットに横になった私はカレンに掛けられた布団を口元まで被った。

 肩を少し震わせる私をカレンが優しく撫で「大丈夫、私たちが貴女を守るから」と口にした。

 私はその言葉に安心すると全身の力が抜けて急に眠くなり、そのまま目を閉じると暗闇に身を委ねた。

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