Rise 05
――リックに抱っこされたまま私は元来た道を引き返し、衆人環視の中協会の外へ出た。
涙も止まり落ち着いてきたので視線を前方に移すと、どうやらパルテノンの奥にある城壁突き当たりの門に向かっているようだ。
5分ほど進んだところで私が王国に来て最初に通過した門と同じ作りをした門の前に辿り着いた。
門の両脇には甲冑を着た兵士が数名立っており、私たちが来たことを察知すると一斉に姿勢をこちらに向け、帯剣していた剣を抜剣し構えた。
「――何者か!」
そう言うと歩みを止めないリックを遮ろうと1人の兵士が近づいてきた。
私を抱き抱えていたためか、兵士には誰が門に近づいてきたのか見えづらかったのだろう、剣をリックに突きつけて顔を確かめた瞬間兵士は大声を出した。
「リリーアン様!?」
兵士は先ほどの威圧的な態度と剣を引っ込めると深々とお辞儀をしながら一歩退いた。
「だから――いつも言ってるけど『リック』だってば」
名前に何か特別な感情でも持っているのか、紹介された時に言っていた名前を呼ばれリックは多少不機嫌というか、呆れというか、不快感を兵士に対し示している。
「そんなことより、通してもらえる?」
「り、了解しました! おい! 開門しろ!」
出迎えた際の態度はどこへやら。兵士たちはガッチガチに緊張しながら脇にある装置のレバーを2人がかりで手前に引くと、鎖がジャラジャラする音を周囲に響かせながら門がゆっくりと開きリックはスタスタと門を通過した。
私は抱き上げられながら視線を後方に向けたが、リックが通過した後も兵士全員はお辞儀を絶やすことなく続けていた。
「……リックって、もしかして凄い偉い人?」
「さぁ? どうかな」
私の質問をはぐらかすような返事をしつつ、リックは少し表情を緩ませながらそのまま歩き続けた。
――門を通過した後、私には何か頭に引っかかることがあり、何に対して引っかかっているのか考え続けていた。
「どうかしたのキャリィ」
「――え?」
「だってここに着いてから『うーん』とか唸ってるわよ?」
カレンに言われるまで気付かなかったが、声に出してしまっていたようだ。
「えーっと、帝国の宮廷より大きいなって……あ」
大きいという単語で引っかかりの正体に気付くことができた。
「セパレア山の頂上から王国を見た時は草原の中にある国で綺麗って感想だけ抱いてたんだけど、思えばお城みたいな建物は見えなかった気がするの」
「いい着眼点だね。正解は『あるけど見えない』だ」
「あるけど、見えない……何か隠蔽魔法みたいなものを使ってお城を隠してるってこと?」
「鋭いなキャリィは。それは元いた世界での知識?」
「まぁ、そんなとこ」
(何かを見えなくするなんて、漫画やアニメによく出てくるものね)
「戦争の話を部屋でしたと思うんだけど、もし本当に戦争になったら何が勝利条件だと思う?」
「え? うーん。――王様が降伏するとか、倒されるとか?」
「他には占領されるとか戦闘を継続できなくなるとかもある。今の話題で繋げるなら、王様が倒される負け方は避けないといけないよね?」
「そうね」
「王様を逃がすって手もあるけど、いざ戦争になったら安全な場所なんてどこにもない。かといって王城は目立って敵の的になりやすい。それを避けるために考案されたのが『王城を隠してしまおう』って方法というわけさ」
確かに攻め入る場所が分からなければ闇雲に兵士を動かすわけにもいかない。確かな情報を持って攻め入らなければ無駄な動きで消耗するのは攻める側の方だ。
「お城を見せられなくて残念だけど、私たちの住んでる国を綺麗って言ってくれたの凄く嬉しかったわ。ありがとねキャリィ」
リックに抱っこされながらカレンに頭を撫でて貰えた。案外されてみると、大人になっても頭を撫でられるというのは悪い気はしない。
外部から隠蔽されてるとは言っても、王族が住んでいる場所の維持管理をする人や警護にあたる人と、様々な人が王宮を行き交っている。
そんな王宮の中で私たちを見る人々の反応は様々で、先ほどの兵士同様敬意を持ってお辞儀をする複数の青年や、私たちの存在に対し不快感を隠すことなくあからさまにヒソヒソ話をしている老人たちに、まるでアイドルにでも会ったかのようにカレンに対し手を振るメイドっぽい女性や、凛とした佇まいで歩き続けるリックに艶っぽい視線を向ける女性……(いや見なかったことにしよう)。
様々な遭遇を得て王宮の突き当たりにある扉の前に私たちは到着した。
扉と言ってもリックに抱っこされている子供の私が見上げるくらいの大きさがあり、見た目の頑丈さから大人でも4人以上力を加えなければ開かなそうなほどの重厚感を感じる。
扉の脇には身長2メートルくらいはありそうなフルプレートメイルの兵士2人がハルバードを握りしめ微動だにせず立っている。
歩いているリックを追い越して小走りにカレンが片方の兵士に近づき何かを伝えている。
内容が伝わったのか、2人の兵士はハルバードを背中に携え直すと扉の取っ手を片手で握りしめると軽々と引いて開いてしまった。
人の手で行われている行為とは思えず「もしかしたら薄いのかも」と思って扉の厚みを見てみたが、絶対に10センチは超えている。
扉を開けたまま微動だにしない兵士2人に対して、お寺の門に飾られている阿吽像が私には重なって見えた。
リックに抱えられながら前に向き直ると、そこは500人は入れるのではないかと思えるほどの大理石の空間が広がっており、最奥の椅子には装飾された冠を頭に乗せ、真っ赤なローブを纏った見るからに「王様」といった貫禄の初老の男性と、その脇には王様と話をしている同じ年齢くらいで執事のような格好をした正装の男性が姿勢正しく立っている。
2人の男性の側まで私たちは近づくと、リックは私を下ろし片膝を床に付けて頭を垂れる姿勢をとった。振り向くとカレンも同じ姿勢をしている。
そんな2人に私も合わせるべきか焦っていると王冠の男性が話しかけてきた。
「おぉ、久しいなリリ……いやリックよ。息災か?」
(リックの名前は王様でも気を使うのね)
「はい。陛下にあらせられましても益々の御健勝、心より嬉しく思います」
リックが顔を下に向け、目を閉じたままの状態で会話している姿にようやく私も同じ姿勢を取ることを決めた。
「そうか。――して、今日はどのような来訪か。事前の申し入れもなく、余と宰相だけを相手に話となれば、これは密談に等しい行為ぞ」
「御無礼をお許しください陛下。此度はこの国、いや、この世界の命運に関わる重大な案件をお持ちいたしました。矮小である私では身に余るものと思い、ごく限られた方々にのみお伝えすべきかと、こちらに赴いた次第でございます」
「なるほど、世界と。して、そこの少女は? その命運とやらに関係しているのか」
少女というのは私のことだろう。急に王様の矛先が向き、私は身体を身震いさせた。
「はい、恐れながら。彼女は帝国皇帝グロワール家の血統が一人。更には魔防結界を越える魔力を内包した救済者であります」
(リック! それは正直に言い過ぎでは――?!)
私は閉じていた目を見開いて隣のリックを見つめた。
「それは真か?!」
一度椅子から身を乗り出したが、王様は直ぐに自身を諌めて姿勢を正して座り直した。
「んんっ!……して、リックよ。そなたはこの事態をどう見ている?」
ここで初めてリックが王様に顔を上げた。
「恐らく帝国は、こちらに救済者が向かったことを既に察知しているものと思われます。今日明日には我が国に使者を送ってくることでしょう。その目的と要求は十中八九『救済者の返還』でしょう。帝国との関係を考えれば速やかに返還するのが妥当ですが、恐れながら私は断固反対の意を述べます」
ハッキリとリックが意見を伝えると、髭を触りながら思案を始めた王様は脇に立つ男性に意見を求めた。
「……エンデ宰相。そなたの意見を聞きたい」
「はい。恐れながら私は、帝国の要求を受け入れなかった場合の最悪の結末を想定しております」
そう言うと王様の顔は更に曇った。
「戦争――か」
「はい。それも僅差ではありますが、帝国の勝利になるかと」
「しかし、このまま座視しているわけにもいかぬ。何か策を立てねば多くの民を危険に晒すことになる」
「恐れながら陛下、そこで私から提案なのですが」
リックが立ち上がると二人の間を遮った。
「一度彼女には帝国に戻っていただきます」
一触即発のようだった場の空気がリックの発言で熱を失い冷めていくのが肌で感じられた。
(……はぁ?)
部屋での熱弁とは反対の予想外斜め上の提案に私はリックを「何言ってんのこの人」というような表情で見つめた。
「リック。そなたは自分の発言内容を理解しているのか」
(王様、それ、私が言いたいです)
「はい。ですから『一度』と申し上げました」
リックはニヤッと笑った。
「余はそなたほどの冴えは持ち合わせておらぬ。どういうことか詳しく説明をせよ」
「はい。先ず彼女を帝国に返還する話の前に、これまで秘匿としておりました私の成果をお伝えさせていただきます」
そう言ってポケットから金属製のバンクルのようなものを2個取り出した。
「以前より私は『我々が魔力を発する肉体を持っているのなら、我々自身を魔力に変換し、更には特定の場所へ転送出来ないか』という構想に思いを巡らせ研究をしておりました。そしてつい先日ではありますが、それを成果として形にすることができました」
「それが、そなたが手に持つ道具だと言うのか?」
王様は不思議そうにリックが持っているバンクルを見つめている。
「はい。こちらには、装着者の肉体を魔力へ変換する術式が記述されており、対となるこちらには、変換された魔力を遠方からでも受信する術式と、受信後は魔力を元の物質へ再構成する術式が記述されております。つまり、魔力へ返還された者を腕輪を通じてどんな場所からも転移させる事が可能となります」
前の世界で言うところの「テレポート」という現象を可能にしたってことなら凄い成果と言える。
「ここで先ほどの提案に戻りますが、事の流れといたしまして、帝国からの返還要求が来た際は抵抗せず彼女を帝国へ引き渡します。そして帝国内で頃合いをみて彼女に腕輪を使っていただき、対の腕輪がある王国へ転移をしていただきます。魔防結界は、あくまで『物体が通過したこと』を察知できますが、魔力という『粒子となっている存在』まで察知できるほどの性能はございません。それ故に魔力化した彼女のことを知らない帝国内では彼女が忽然と姿を消したかのようになり、しかも一度の逃亡から厳重となっているであろう帝都を出た様子も、魔防結界を越えた形跡も無いとなれば、帝国から王国に対する疑心も生まれることなく彼女を安全に王国に帰還させることが可能です。いかがでしょうか?」
「聞く限り、この策が今考えられる最も効果的で最善なものと余には思えるが」
王様は目を閉じ思案している。
「はい。ですが問題点も二点ほどございます」
リックがそう言うと王様は目を開きリックを見つめた。
「問題とは?」
「一つは、まだ帝国間から王国間のような長距離で性能実験を試したことがないという点です。仮に王国に戻る前に距離が足りず失敗してしまった場合には、魔力が方向性を見失い彼女は魔力状態のまま世界に霧散してしまい、二度と元に戻すことはできません」
(それはもう私は死んだも同然なのではないだろうか)
「二つ目は、術式の発動は一度きりとなります。一度術が発動してしまえば腕輪そのものも魔力化されるため、その場で再利用ができません」
(発動のタイミングに気をつけなければならないわけか)
「――救済者である彼女の意見も聞いておきたい。名をなんと申す?」
リックを見つめていた王様の瞳がスッと私に移った。
「キャリィ・ラルード、と申します――」
キャリィが多少社交での経験があったおかげで私は王様に気圧されることなく即答することができたが、緊張からいつもの口調になってしまいそうになり焦った。
「臆せずともよい。考えを申せ」
(客観的に見て成功すれば後顧の憂いを断つことができるだろう。しかし失敗すれば私は完全に詰んでしまう)
ハイリスク&ハイリターンを頭に浮かべつつリックを見ると、額に汗を浮かべ顔も多少強張っているように見える。
王様の前だからなのか大きな策を進言したためかそれはわからなかったが、リックのそんな様子を見て私は彼女が部屋で言ってくれた「あの」場面を思い出した。
『知るかそんなもん!』
あの時のあの言葉、そして笑顔に私はパンッと背中を叩かれて励ましを貰ったような気持ちになった。
(彼女の策が成功するかどうか不安はあるけど、私は彼女のあの励ましに応えたい)
「……戦争を回避するとか、数万の命を守ろうとかスケールが……規模が大きすぎてついていけないですけど、私は、私ができる最善をしたいです。だから、リックの作戦に私も賛成します。必ず成功させて王国に戻ってみせます。」
身体を強張らせ、手汗をかく掌を握りしめながらではあったけど、王様から目を離さず真っ直ぐに見つめていると、王様の真剣な目が優しいものとなったのを感じた。
「……そうか。ではリック、キャリィよ。後を頼んだぞ。」
そう言って王様は玉座から立ち上がると、宰相と共に奥の扉を抜けて部屋を去っていった。