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Rise 04

「まったく――。そういえばまだ私の方こそ自己紹介してなかったわ、ごめんなさい。私はカレン・フロイト。貴女が最初に出会った鎧の女性はエレンで私の双子の姉よ。カレンって呼び捨てで構わないわ。宜しくね」

 リックが出ていった扉をため息混じりに見つめていたカレンは私に振り返ると笑顔になり、自己紹介をしながら手を差し出し握手を求めてきた。

「私はキャリィ・ラルードよ。宜しくカレン」

「キャリィ。素敵な名前ね」

 差し出された手を私が握ると「フフ」とカレンは更に笑顔になった。

「どうかした?」

「んーん。出会ったときと比べて砕けたというか、素直な感情表現をしてくれるようになったな、って。そっちの方が貴女らしくてとても素敵よ」

「あぁ、さっきリックの相手をしていた時に色々あって肩肘張るの止めただけ」

「ごめんなさいね。私が間に入って紹介できれば良かったんだけど、あの人初対面の人には無愛想になるから。慣れるとそんなことも無くなるんだけど、初見だと誤解されて衝突しちゃう人多いのよ。悪気があってのことじゃないから、許してあげて?」

「大丈夫よ。私も負けずに言い返したくらいだし」

「あら、それは頼もしいわ♪」

 2人で見つめ合い笑い合っていると、部屋のドアが開きリックが帰ってきた。

「お待たせ」

 そう言ってリックは先程と同じ位置にドサッと勢いよく座った。

「さて、続きといこうか。とりあえず、さっきの魔導スライムから敵意を向けられなかったということで、君に対する周囲の評価を『危険A』から『正体不明B』に変更できるようになった」

「それはどうも」

 どちらもあまり変わらない評価に感じるのは気のせいだろうか。

「だから『正体不明B』から更に評価を良くするために君のことを教えてほしい」

 そうは言われたものの、何から話せば良いのやら。

「……」

 転生――は言って信じてもらえるか分からないし、評価が逆に下がる恐れがある。

 とりあえずキャリィとしての自己紹介をすることから始めることにした。

「改めて、私はキャリィ・ラルード。そして本当の名前はキャリィ・フォン・グロワール」

「グロワールって、帝国皇室の?」

 グロワールという姓を聞いてリックもカレンも怪訝な表情になった。それもその筈だ。私ことキャリィの父、ギャレン・フォン・グロワール5世は、キャリィが人伝てに得た情報通りの人間ならば市井でのあだ名は「緋剣の覇王」と呼ばれているらしい。

 一度刃を握りしめたら刀身が斬られた者の血で緋色に染まりきるまで戦いを止めないとされる戦場の殺戮者だ。

 もちろん殺戮されたのは帝国に仇なす者や周辺諸国の人たちだろう。

 そんな人間の姓を私が持っていたのだ、王国国民の彼女たちからすればこの反応も理解できる。――とりあえず自己紹介を続けよう。

「1年前までは、そうだったわ」

「――だった?」

 カレンが不思議そうに私を見つめる。

「追放されたの。母共々宮廷から」

「皇族の姫様なのに、どうして?」

「私が皇帝の娘であることは私と母と皇帝だけの秘密だったの。母は皇后に最も近しい侍女という立場だったし、その女性が皇帝との間に子供を作ったなんて知られれば、――まぁ知られたからその結果が追放なのだけれど。だから普段は母の姓の『ラルード』を名乗っていたわ。もちろん公の場で『グロワール』を名乗ったことは一度もないけど、血筋の話だけであれば、私は皇帝の娘『キャリィ・フォン・グロワール』よ」

「それがどうして今になって王国領に? お母さんは?」

「――1年間、追放された母は私と生きようと必死だった。街の人間の間で母は『皇帝を誑かした魔女』と罵られ、私もその子供として差別を受けたわ。――恐らく『皇帝の娘』ということは意図的に伏せられた状態でね。そしていよいよ限界になった母と私は昨日一緒に心中をしたわ。――でも幸か不幸か私は死にきれず生き残ってしまったものの、たった1人で帝都で生きていくのは厳しいし、頼れる相手も誰もいないから、帝国を出て『暮らしやすい』と聞いていた王国を目指すことに決めたの。それで山越えをしたんだけど、王国側の斜面を滑落して気を失ってる間にエレンに拾われたってわけ」

 私はまくし立てるように話し終えると、何とも言えない空気だけが残り部屋は沈黙に包まれた。その沈黙を破ったのはリックからだった。

「もう一度確認するけど、セパレア山を越えたんだね?」

「ええ――」

「……本当に?」

「本当よ!」

 何故そこまで山越えを気にするのか、こんな子供では登りきれないとでも思っているのだろうか。

「……なるほど。決まりだね」

 リックはカレンに視線を向けた。

「私もここに来る前にエレンから『あの子は山越えをしたみたいだよ』って聞かされた時は半信半疑だったのだけど、この様子だとやっぱり――」

「にしても、追放された身とはいえ帝国皇室の人間とは――。帝国に知られれば大問題だ。『よくも皇室の人間を拉致監禁したな』ってね」

 そう言うとリックは天井を仰ぎ、カレンはカレンで先程から手の甲を口に当てて何か考え事をしている。

「やっぱり帝国の人間が王国にいるのってマズい、よね」

 私は恐る恐る尋ねてみた。

「え? ――あぁ、違うのよ。そこは気にしなくても大丈夫なんだけど」

 論点がズレたのか、カレンは両手を使って私の不安に対し全否定する仕草をした。

「率直に聞くけど。君は何歳?」

 リックは姿勢を戻すと、私に真剣な眼差しを向けて質問してきた。

「私は8歳だけど……」

「うん――、言いづらいかもしれないが、『だけど』の続きを聞かせてほしい」 

「……」

「8歳は、おそらく『キャリィ』の年齢だよね。――『君』は何歳なんだい?」

 時が来れば自分から話そうとは思っていたが、逆に聞き出されそうになるとは思ってもみなかった。恐らくこの2人は、目の前のキャリィの中身がキャリィでないことに気づいている。

 そうだとしても、真実を打ち明けたことで待ち受けている状況が予想もできず、何を思考したら良いのか定まらない。

 意を決して私は喉の奥から質問の答えを搾り出した。

「……22よ」

 たった一言を言うだけで、私の頬を伝って一雫の汗が床に流れ落ちた。

「…………」

 長い沈黙の後、リックは真剣だった表情を弛緩させて笑顔になった。

「――うん、よく言えたね。偉いよ」

 リックはテーブルから身を乗り出して私の頭を優しく撫でてきた。    

「教えてくれてありがとうキャリィ」

 胸を撫でおろし安堵しているカレンが私に近づいてきて後ろから私を抱きしめた。

「半ば強引ではあったが、その甲斐はあったね。これで話も進みやすくなる」

 リックはそう言うとソファに戻り話を続けた。

「さっき私が『決まり』だと言ったのは『君が別の世界からこちらの世界にやってきた』ってことが確定したって意味だったのさ」

 私は何故先ほどのやり取りだけで2人がそこに思い至ったのか理解できず「は?」と言葉が口に出てしまった。

「君の世界ではどうだったかわからないけど、この世界の神の寵愛は絶大でね。その愛が溢れすぎて、別の世界で苦難を味わった魂をこの世界で苦難を味わっている器に引き入れてしまうことがあるんだ」

(もしかしてこの世界ではポピュラーな出来事ってこと?)

「じゃあ異世界転生はこの世界では珍しくないのね」

「異世界、転生? なるほど、君の状況を説明するのに最適な言葉だね。こちらの世界では『救済』と呼んでいるよ」

「救済?」

「ただ貴女のように『前の自分』をそのまま残している人は珍しいけどね」

 そう言うとカレンは私から離れてクッキーを1つ口に運んだ。

「そうそう、さっきの質問だけど」

「さっきの?」

 もう色々あって何が「さっき」に当てはまるのかわからない。

「帝国の人間が王国にいたらマズいか、ってやつ」

(あぁ、そっちのこと)

「逆だよ。君が救済……そちらの世界の言葉を借りて『転生』してきたのなら保護しなければいけなくなる」

「保護?」

「別の世界から救済された人間は、貴女と違って以前いた世界の記憶を残していないことがほとんどで、それでも中には無意識に以前の世界の行動を取ったりしてしまってこの世界に悪影響を与えてしまう可能性があるの」

 カレンは腕組みをしつつ額に入れられ壁に飾られたこの世界の地図を眺めている。

「実際過去には元いた世界の言語を日常的に使っていたがために別の言語体系の集落が出来上がってしまい、独立やら自治権の訴えやらで大変だったこともあったらしいわ」 

「だから救済者は発見次第保護をして、こちらの世界のことを1から教えて世界が乱れないよう王国側は努めている。こんな理由もあって私たちの世界では『神が苦難から救済した人間』、『私たちが世界のために救済する人間』って意味を含めて君の世界で言う異世界転生を『救済』と呼んでいる」

 1つ1つのピースが埋まっていく感覚を味わいつつ、2人が話す王国側の「救済」は帝国から逃亡し、この世界の大半を知らない私にとって願ったり叶ったりの内容だ。

「でも今回は問題があるの」

 振り返ったカレンは真剣な顔をしている。

「キャリィ、貴女はセパレア山を超えてきのよね?」

「ええ、嘘じゃないわ」

「救済されたばかりの貴女は知らなかったと思うんだけど、あそこには魔防結界っていうのが張ってあるの」

「魔防?」

 キャリィの記憶や知識にはヒットしない単語だ。

「正式名称『魔法防御結盟境界』、略して魔防結界。一般常識的には魔物なんかの害獣が他領へ出入りして帝国・王国の脅威にならないよう阻むために帝国が王国との結盟のもと共同で張り巡らせた防御魔法術式となっているが、実際は帝国側からの脱走者を魔防結界によって国外に出さないようにしたり、帝国が王国からの領土進行を阻んで独裁を保守するために作ったと言われる『見えない堅牢な壁』なのさ」

 リックは立ち上がると胸ポケットからペンを取り出して、壁に飾られた地図に額の上からセパレア山の尾根を北から南になぞるように線を引いて、最後はトントンと存在を強調した。

「でも私、山にいる間もエレンに見つかるまでも、壁のようなものなんて何も感じなかったし、普通に山を超えられたけど……」

 私は道中のことを振り返ってみたが、何かに阻まれるとか、何か見えないものにぶつかったりは一度も無かった。

「救済者はね、元々の依代となる人間の魔力に加え、救済される瞬間に神が発した力が練り合わされることによって生来得ることができない特異な魔力を獲得することができるらしい。君の場合はキャリィの体に皇室の血も流れているせいもあってか、その歳で魔防結界の遮蔽力を余裕で突破できる力を持っているんだろう。本人でさえ気づかないほどにね」

「だから魔導スライムに起こった反応と、貴女がセパレア山を越えてきたって聞いた瞬間に私たちは悟ったのよ。『あぁ、この子は救済されたんだ』って」

 そう言ってテーブルでデロデロしている魔導スライムを指差した。

「しかしまさか、適当に口にした『血』のことが冗談にならなかったとは――」

 リックはソファに戻ると後頭部をガシガシ掻いている。

「その冗談のつもりが現実となったんだから、なんとかしないと」

 カレンの真剣な表情はまだ解けておらず、一触即発のように見える。

「どういうこと?」

「魔防結界って結構優秀で、何かが結界を超えたか超えられなかったとか、結界の揺らぎで帝国と王国お互いに知られてしまうんだ」

「え――、じゃあ私が結界を超えてきたってことも……」

「ああ。『誰が』超えたかまでは把握されていなくとも『力を持った何者かが』結界を越えたことは把握してる筈さ」

「しかも、どちら側から越えたかっていう情報もオマケ付きでね」

(結構優秀なんだ、魔防結界って)

「不思議に思わなかったかい? 『広大な山奥に一人でいた私が、たまたま王国の騎士団長に拾われるなんて』ってさ」

 ――確かに。あんな広大な森林で、しかも気を失って身動きしていなかった子供の私を見つけるなんて出来るわけがない。

「思えばエレンに連れられて王国に着いたとき、迎えた門兵が言っていたわ。『やはり何かありましたか』って。事前に把握してのことだったのね」

「そういうこと。王国も揺らぎを察知して直ぐ様エレンを向かわせたわ。時間や場所からしても帝国よりこちらのほうが早く遭遇できる可能性があったから」

「とにかくだ。君の話を聞いた限りでは恐らく今日にでもキャリィが救済され越境したことがバレるだろう」

「なぜ?」

「魔防結界を越えた者が帝国側『から』出たとなれば、きっと帝国は誰が国外に行ったのか帝国中を探し回る。そんな中、一家心中をしたと思われる形跡がある家に亡骸は1人だけで、しかもただの市民ではなく住んでいたのは元皇族の人間2人。もちろん他にも帝国内で行方不明者はいるのだろうけど、一般市民と元皇室の人間とを比べたら帝国は先ず居なくなった君を躍起になって探すよ。国内にいないとなれば魔防結界を超えたのは君で、王国に向かったと判断されるよ」

「そうなったら、私どうなるの?」

 リックはテーブルの中央に向かって手を突き出し、タバコに火をつけたときと同様に指を擦り合わせ始めた。

「魔防結界を越えるほどの強大な力を持った者が他国に流出するのを許さない帝国は君を奪還するために矛先を王国に向けるだろう。返答次第によっては――戦争だよ」

 擦り合わせた指をパチンと弾くリック。

 指先の間で練られていた魔力は熱を保持することなく大きな火花となって飛散し、火花の散る音が室内に響いた。

「客観的に見ても、君を帝国へ返還するのが最善だ。帝国からの申し出があれば、それを真摯に受け止め、元いた場所へ返す。戦争を回避するための当たり障りのない外交だ」

 確かにそうだが、素直に「はいそうですか」と私は受け入れられない。

「だが、戻された君は恐らく帝国の富国強兵のための礎にされる。魔防結界を超えるほどの魔力を若干8歳の少女が内包している。更には救済をされて帝国はおろかこの世界には存在しない知識を持ち合わせている可能性があるんだ。追放した皇后側や君自身も気に入らないだろうが、即帝国の息がかかった男性を充てがい婚約、皇室へ戻されるだろう。指輪ではなく首輪を付けられた君は内政であれば異世界の知識を搾り取られ、外政であればその魔力を武器として死ぬまで貪られることになる。その矛先は当然周辺諸国だ。もちろんこの国にとっても数年内に君は最大の脅威になる」

「ちょっと! リック!」

 リックの肩を掴むカレンだったが、それでも尚リックは私から目線を外すことなく話を続けた。

「帝国にこれ以上の蹂躙を許さない王国内の武当派連中は先程の最善など考えず、君を殺すのがこの国、いや、この世界にとって最善と考えるだろう。君が帝国に戻ればこの先数千……いや数万の人間が本来得られるはずだった天寿を全うすることなく死ぬような可能性、それをここで食い止めることができるんだ。たった1人の命の犠牲でね」

 私はリックから突きつけられた現実と未来に絶望し、虚ろに視線を床に向けた。

「――だが!」

 ソファから立ち上がったリックは私に近づくと勢いよく抱き上げた。

「君はどこからどう見ても小さな少女。中身が22歳だとしても、この世界のことを何も知らない赤子も同然だ。一度の死を乗り越え、山を超え、救いを求めここまで辿り着いた。しかしそんな君に突きつけられた現実は厳しい。でもそんな君に幸運も付いてきた。自分のこれからを左右できるほどの強力強大な魔力だ! 魔法は素晴らしいよ、新しい世界を私達に示してくれる! ウィーセス協会魔導部門室長の私が言うんだ間違いないよ!」

「ちょっと、リック?!」

 ハイテンションのリックにカレンが狼狽えている。

「――外交? 知るかそんなもん。そういうのは食卓を囲んだときのオマケですればいいんだ。私の目の前には可能性に満ちた子がいる。少なくとも私は手放すわけないよ!」

「私……ここにいていいの?」

 私は期待と恐怖が入り混じった感情のままリックを見ると満面の笑みをリックは浮かべている。

「もちろん。たとえ身体がキャリィであっても君の命はもう君のものなんだ、私が後見人になってもいい。安心していいよ、キャリィ」

 私は年甲斐もなく涙を流した。本当の子供のように声を出して泣いた。こんなに力強い励ましに、私はリックを強く強く抱きしめた。

「それでリック? これからの方針を聞きたいんだけど――」

 そんなやり取りを「やれやれ」と見守っていたカレンがリックに声を掛けた。

「国が相手となるなら個人が解決させるには分が悪い。とりあえず一発陛下に会って話を聞いてもらおうか」

「それが一番ね…………陛下? ――って陛下?!」

「他に『陛下』と名のつく人は居ないだろ。――さ、行くよ2人とも」

 そう言って私を抱きかかえながら、リックは必死に静止しようとするカレンを脇に従えニコニコしながら部屋を後にした。

 私は涙でグシャグシャになった顔を2人に見られないよう、髪留めを外して覆うように髪で顔を隠した。

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