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Rise 03

 ――浅い眠りの中、目の前に何かの気配を感じて多少重たい瞼を開くと仰向けの私を覗き込むようにエレン妹が前かがみに立っていた。

 私の目覚めに気づくと「おはようございま〜す」と囁くように挨拶をしてきたので、反射的に「おはようございます」と返事を返した。

 子供扱いのように頭をナデナデされ(いや子供か、今は)、私はその手を押し返すように上半身を起こした。

「よく眠れた?」

「……たぶん、はい」

「ふふっ、良かった。――さぁ、着替えを持ってきたから着てみて♪」

 そう言うとエレン妹は私のお腹に畳まれた衣類を置いた。

 どうやら脱がされた服とは別の服のようで、身体を起こして広げてみるとそれはキャリィくらいの年齢の子供に似合いそうな青のワンピースだった。

「可愛いでしょ?」

「はぁ、まぁ。そうですね」

 確かにデザインは可愛く、キャリィにはお似合いだと思うが、中身は成人超えた身なのでコレを私が着るのかと思うと少し抵抗がある。

 それでもキラキラした目で私を見てくる女性を前に厚意を無下にするわけにもいかず、ローブを彼女に返すとそのままワンピースに袖を通した。

「似合ってる似合ってる。靴は後で一緒に選びましょうね」

 足元を覗き込むと、確かに山越えに耐えたボロボロの靴はこの服にマッチしていない(いっそのこと裸足でもいいくらいだけど)。

「エレンの許可も出てるし、ここを出ましょう」

 ハッキリ言って身体がダルい今はここから出たくはないが、エレン妹は私の言葉を待つことなく手を握り先導を始めた。

 来たときとは違い、地下の階段を自分の足で歩くと「結構段数があったんだな」と感じるほど地上は少し遠かった。

 地下から出ると最後に見た東雲の空模様は一変して太陽が高く昇る快晴となっていた。

 そのまま手を引かれながら街を眺めていると、帝国の家屋は飾り気がない無骨なデザインをしているのに対し、王国の家屋はレンガ造りをした家が長屋のように繋がっているような構造をしていて、子供の頃に家族で旅行に訪れたことがあるスイスの街並みのような文化を感じる造りをしている。

 赤茶色の屋根には煙突が一定の間隔ごとに設けられ、食べ物の匂いが混じった風がそこかしこから流れてくる。

 しばらく病院生活だった私にとっては窓から見つめるだけだった見慣れたコンクリートのビル群と違い、目の前の光景は知らない価値観を植え付けられているようで、年甲斐もなく興味津々になってしまった。

目を輝かせる私に気づいたエレン妹が「珍しい?」と話しかけてきたので、夢中になっていた私は街を眺めながら言葉なく頷いた。

「そう。どこか立ち寄りたいとこが見えたら教えてね?」

 私の方を見ながらニコニコ話していたエレン妹が店先を通り過ぎようとしたとき、入口のドアから出てきた人とぶつかりそうになった。

「おっとと、危ねぇ。なんだ嬢ちゃん。余所見してっとケガすんぜ」

「あ、申し訳ありませ……」

「ダメだぜ、ちゃぁんと妹と一緒に前見て歩かなきゃ。次から気をつけなー」

 そう言って男性は片手をヒラヒラさせて歩き去っていった。

「ふふ、お姉ちゃんだって♪」

 自分が妹だからなのか、姉扱いされたことを嬉しそうに彼女は私に言ってきた。

 その後もしばらく石畳の道を歩いていると、噴水のある開けた広場のような場所に到着した。

「ちょっとここで待っててね。」

噴水の縁石に私を座らせるとエレン妹は小走りに去っていった。

「私がこのまま逃げるとは思わないのかしら」

 私は不用心過ぎないかと軽い溜息を漏らしながら水音がする背後を振り返った。

「――私が小さいのもあるけど、とても大きな噴水ね」

 絶え間なく噴き出す水柱の中央には大きな石造りの鳥の彫刻が設置され、噴水が水しぶきを上げる様子が、まるで噴水から今にも鳥が飛び立とうとしているように見える。

私が手持ち無沙汰に噴水の水に手を付けて水面を扇いでいると「お待たせー」と言いながら両手にいくつかの箱を抱えてエレン妹が戻ってきた。

「はい、それじゃ靴脱いで」

「え?」

「いいからいいから、ね?」

「……はい」

私は渋々ボロボロの靴を脱ぐと、予想通り私の足首から先は土汚れにまみれていた。

「――よいしょっと」

エレン妹に脇から抱き上げられるとそのまま反転させられ、私は噴水に膝下を付けながら座り直された。

「せっかく綺麗な靴を履くんだもの。足も綺麗にしたほうが靴も喜ぶわ♪」

 不思議なことに、手で擦ってもいないのに水に浸かっているだけの私の足は爪の中に入った汚れまで綺麗に流れ落ち、流れ出た泥も一瞬水を濁らせたものの直ぐ様透明度を取り戻した。

「凄いでしょ」

「何か特別な水なの?」

「恩恵よ」

「恩恵? 神様とか?」

私の問いにエレン妹は鳥に向かって指を指した。

「この鳥は清浄の雛鳥と呼ばれる鳥で、本来そこにあるべきではない不純物を浄化する力を持っている鳥なの」

「じゃあこれ、作り物じゃなくて……」

「そ、本物の鳥よ。なぜ石なのかってことは私も詳しく知らないけどね」

「――凄い」

「でしょー? さ、何足か靴を持ってきたから履いてみましょう。どれが似合うか楽しみだわぁ」

 浄化の力も確かに「凄い」とは思ったが、それ以上にこの大きさで雛鳥って……(成長したらいったいどれくらい大きくなるのやら)。

それからエレン妹の悩みに悩む選定の末、ようやく私の靴が一足選ばれた。

「ふぅ、満足満足。さ、新しい靴と共に再出発よ」

 ――なぜそんなにテンションが高いのかわからなかったが、私は噴水の水で冷たくなった手をエレン妹の繋がれた手で暖められながら歩みを再開した。

 噴水を反時計回りに歩くと、噴水の向こう側にも更に長い直線の道が現れ、道の突き当たりには広々とした1段1段の奥行きが長めの階段があり、階段の先には何本もの太く大きな石柱で造られたパルテノン神殿のような建築物が見える。

 先導するエレン妹はそのまま直線の道を歩き続け、件の階段を登りきるとようやく足を止めた。どうやら目的地はこのパルテノンのようだ。

 巨大建築物の中に入ると「ここは?」と自然に口から言葉が漏れた。

「協会。正式名称は『ウィーセス協同学術会館』――私の職場よ」

 中は椅子のない大聖堂のような空間になっており、等間隔に受付があちこちに設置され、老若男女問わず人が並んでいたり話し込んでいたりしている。

 その受付を横目に右奥にある扉から先に進むと廊下が現れ、そこでは多くの人が行き交っていた。

 廊下を進むと誰もが私たちに、いや、エレン妹に道を譲り会釈している。

 きっと彼女がこの協会内で特別な地位の役職に就いているからなのだろうと私は察した。

 そのまま廊下の突き当たりにある扉を開くと20段程の階段があり、登りきった所に再び現れた扉をエレン妹がノックした。

 が、ノックをしたものの何の反応もないため、エレン妹は扉を開いて私と共に部屋に迷わず入った。

 その部屋は来客用の部屋なのか凝った調度品が何点か配置され、部屋の奥に置かれた机も、手前にある低いテーブルとソファも高級感が漂っている。

 そのままエレン妹に促されソファに座ると、私の体重でもソファはズムっと沈み込み、低反発枕のようにお尻にフィットした。

 エレン妹が部屋の棚にあったガラスの器を目の前のテーブルに乗せ「好きに食べていいからね」と言って胸元から可愛らしい包装の袋を取り出すと、袋のリボンを解いて中身を器に乗せて部屋を出ていってしまった。

「だから私が逃げようとしたら――もういいか、気にするのは止めよう。どうせ逃げる気もないしっと!」

 低反発を勢いよく抜け出してソファから身を乗り出し器を見ると、中身はクッキーのような焼き菓子が盛られていた。

 この世界に来て「バッグの中身は緊急時のため」と自分に言い聞かせ、これまで何も口にしていなかった私は試しに1つそれを頂いてみると、生前食べていたお菓子と遜色ないクオリティの味に胃から全身が満たされる気持ちになった。

「……何を満悦してるんだ私は。今の状況を整理しないと」

 そう呟いて深く腰を下ろしていたソファから立ち上がりこれまでのことを振り返りつつ考え始めた。

 先ず、帝国を脱出するという課題は難なくクリアできた。

 セパレア山も滑落というトラブルはあったものの、エレンに拾われたことで王国に辿り着くという目的もクリアできた。

 ただ、ここまでに「()()()()()()()()」というのが私の中では望ましかったが、今は「団長」と兵士に呼ばれていたエレンを皮切りに、どれだけの人物に私の存在が知られてしまったのか知る由もない。

 その妹にしても、こんな部屋に誰の許可を取るでもなく私を通せるのだし、先程すれ違った人達の反応からも、それなりの身分か役職に就いている人間に手を引かれていた私は相当目立った筈だ。

「もしもの時のため、脱出路は確保すべきか」

 そう口にし、私は追加でクッキーを口に加えると、入ってきたドアを少し開いてみた。

 口をモグモグさせつつドアの隙間から外の様子を眺めると、先程と同様途切れることなく人が行き来をしていて、身を隠しながらこの建物を出るのは難しそうだ。

「これは正面突破は無理そうね」

 静かにドアを閉めて次は部屋の中を観察し始めた。

「他にドアは――無い。天井も、うーん、出口になりそうな物は見えない」

 私は陽光が差し込んでいる大きな半円形の窓に近づき、ガラスに額を密着させながら外を見ると、階段を登りこの部屋に来ただけのことはあり、地面までは結構な高低差がある。

 階下には中庭のような場所があり、やや小さく見える人が休息をしたり、行き来をしている姿が見える。

「窓ガラスを割って外に出たとしても地上には辿り着けそうもない。ハァ……」

 正に袋のネズミに近い状況にため息が出た。

 他に何か策はないかと窓ガラス越しに思案していると入口のドアがノック無しに開き、数冊のバインダーを抱えた金髪ロングで白衣姿にメガネをした女性が入ってきた。

「……」

「――!」

 私は突然の来訪者に驚き、相手は本来居るはずのない人間に思考が停止しているのか、無表情のまま赤い瞳でこちらをジッと見つめたまま静止している。

 しばしの沈黙の後、先に口を開いたのは相手からだった。

「ごきげんようお嬢さん、招かれざる客とは珍しい。歓迎したつもりは無いが、拒否もしない。ゆっくりしていくといいよ」

 そう口にすると、抱えていたバインダーをエレン妹が器を取り出した棚の隣にある本棚に片付け始めた。

「えっ、あの……」

 私も何か口にしないとと思い、本棚の前に立つ後ろ姿にその場で声をかけてみたものの、相手は淡々と作業を続けている。

 作業を終えると、私が先ほどまで座っていた場所に座り、ポケットから文庫のようなものを取り出し読書を始めた。

 未だに窓際から動けない私を気にすること無く読書を続けていると、そんな私を気遣ってか気にしてか「座らないのかい?」と声をかけられたので、私は恐る恐るソファに近づき向かい側に腰を下ろした。

 そして更に流れる沈黙に耐えきれなくなった私は口を開いた。

「――あ、あの!」

「ん?」

 読書を止めるでもなく相槌を打つ相手の対応に私は困惑しつつも会話を続けた。

「私、キャリィと言います。ここにはある人に連れられて」

「わかってるよ。迷子でしょ? 子供の侵入者相手にいちいち目くじらを立てるほど心が狭い人間でもないから、帰れるようになるまでここに居るといい」

「いや迷子とかじゃあ――」

 人の話を最後まで聞かず「我関せず」といった相手の態度にイライラが増す一方だったが、放っておいたほうがいいと判断し、私は目の前のクッキーを半ばヤケ食いのように食べ続けることにした。

 ページを捲る音とクッキーを咀嚼する音だけが響く室内で、白衣の女性が「フフ」と本を見つめたまま突然笑った。

「何か――可笑しいですか?」

 何に対して笑ったのかわからず、私は不機嫌に問いかけた。

「いや、遠慮がない迷子だと思ってね」

 私はソファから身を乗り出しテーブルに片手を突くと、もう片方の手で相手から本を奪い取り声を荒げた。

「私は迷子じゃない!」

 急に動いたことで埃立ったものが窓から差し込む光を反射し視界の端でキラキラ輝く中、無言で相手の赤い瞳を凝視し続けた。

 どのくらい時間が流れただろうか、白衣の女性の高笑いによって沈黙は破られた。

「アッハハハハハハ!」

 片手を目と額に当てて笑い続ける相手に私は毒気を抜かれ今度は逆に身を引いてしまった。

「な、何よ」

 十分楽しんだのか、笑い声を止めて目尻を手で拭うと立ち上がり、私が奪い取った本をスッと取り上げると再びソファに腰を下ろした。

「今の情緒の君ではもっと怒るかもしれないが、無垢な子供の行動は新鮮なものだなぁと思ってしまってね。久々に笑わせてもらった」

「はぁ?」

「気にしないでくれ。――それで? 迷子でないと言うなら説明してほしいな。お嬢さん」

 子供扱いされる言い方がホント気に入らないが、見た目がコレでは仕方ないと思い、状況説明だけさせてもらうことにした。

「エレンって女性の妹が私をここに連れてきて――当人は出ていってしまったのよ。好きに食べてていいからって言葉を残してね」

 そう言ってテーブルにあるクッキーの器をトントンと指先で小突いた。

「なるほどね。そうか、そういうことか――理解したよ。恐らく君は私に会うためにここに招かれたんだと思うよ。今度は2人で彼女を待つことにしようか」

 そう言って服のポケットに本を戻し、手を差し出してきた。

「さて、では先ず名乗らせてもらうよ、定番だね。私の名前はリリーアン・ヘックス。どうかリックと呼んでほしい」

 私は差し出された手を躊躇い気味に握りしめた。

「改めまして、キャリィ・ラルードよ」

 すると私が名乗ったタイミングで部屋の扉が再びノックされ、間髪入れずに扉は開かれエレン妹が入ってきた。

「やぁカレン、遅かったね」

(彼女はカレンと言うのか)

エレンにカレン、流石双子姉妹だけあって名前が似ていると思った。

「やっと見つけた。もー、なんでこういう日に限って地下室に居ないかなぁ」

 カレンは急いで来たのか、肩で息をしながら呆れているのか不機嫌なのかわからない声色をしている。

「別にこっちも君の予定を把握して行動してるわけじゃないんだ。居ない時もたまにはあるだろう。ところで今日の用事はその子のことかい?」

「ええ、そうよ。自己紹介はできた?」

「丁度今お互いに名乗ったところだよ」

「じゃあ経緯を説明する前に、先ずは『アレ』使ってみてくれる?」

「あぁ、なるほど……そういうことか。『アレ』ね」

 そう言ってソファから立ち上がると、ポケットから白い手袋を取り出して装着し、窓際に設置された机の大きな引き出しから「アレ」と呼ばれた銀色の光沢を放つボーリングくらいの大きさの球体を持ち出した。

「カレン、それを退かしてくれるかい?」

 そう言ってクッキーの器をリックが見つめるとカレンが1つクッキーを口に加えて器を別の場所に移動させ、リックがテーブルのど真ん中に球体を乗せると真上から球体を指差した。

「早速だけど、コレに掌を当ててみてほしい」

(え……普通に怖いのだが)

「どうかした?」

「いや、説明なく触れとか言われても……」

 私が球体を見つめたまま固まっていると、リックは笑顔になって私の手首を掴み、球体に向かってそのまま私の掌をパチンと球体に当てた。

「痛った!?」

 咄嗟のことで反応が遅れてしまい、私は球体に盛大にビンタしてしまった。

 ただ金属だろうと予想していた冷たく固い感触はなく、触れた表面は生暖かくて微かに柔らかい感触をしていることに私は驚いた。

 次の瞬間、球体が微かに脈打ったかのような感覚がすると、丸い形からまるで液体金属のように形を崩しテーブルの上に水たまりのように広がって静止した。

「ナニコレ……」

 率直な感想を私が口にすると、その他二人は「おー」と同時に言葉を放ち、今起きている現象に興味津々のようだ。

「中々面白いものを見せてもらえたね。コイツがこんな状態になるのは初めて見るよ」

「あの、何なの? コレ……」

「ん? コイツ? コイツは魔導スライムって言うんだ」

「スライム? ――魔物の?」

 よくファンタジーなんかで出てくる定番低級のモンスターと私は認識している。

「『魔導』スライム、だよ。そこら辺にいる奴とは違う」

(何がどう違うというのかね)

「魔導スライムはね、人工的に改良されたスライムなんだ」

 キャリィの知識や記憶の中には、先ずスライムという生き物の情報が皆無だったわけだけど、逃亡中に出会わなくてよかった。初見だったら絶対思考停止して対応に苦慮したことだろう。

「それで、そのスライムを使って私に何をしたの?」

「別に? 君には何もしてないよ? どちらかと言うと君が魔導スライムに何かした」

「何言ってるのか全然わからないわ」

(私は触れさせられたのだから何かしたのはそっちでしょう)

「リック。ちゃんと説明してあげて」

 私の困惑する様子からカレンがきちんと説明するよう促した。

「この魔導スライムは触れた相手が無意識に発している力を読み取ることで形態を変えるスライムで、初見では素性が知れない相手の本質を知るときに使っている道具なんだ」

(へー、現代的な物で言えば嘘発見器みたいなものかしら)

「例えば、敵意を持っている、または悪意を持っているものが魔導スライムに触れると、魔導スライムは身を守ろうとする形態をとる。時にはトゲを生やして攻撃的な姿勢になったり、盾のように変形して体を硬化させたりとか。過去には死罪確定レベルの野盗がこのスライムを盗み出そうとして触れたときに、あまりの悪意にスライムが剣の形をした突起を飛び出してしまってね。相手はそれに貫かれて裁判なしに死刑執行、なんてこともあったな。ハハハ」

 笑いながら軽々しく言っているが内容を思い浮かべただけでゾッとし、私はスライムから後退りするとソファの背もたれに倒れ込んだ。

「大丈夫だよ。今回はそうはならなかったから。――まぁそういうことで、このスライムが今水たまりみたいになってるのはスライムが君の力を読み取った結果ってわけさ」

「それで? この反応は何を示してるの?」

 そう言ってカレンがデロデロになったスライムをツンツンしている。

「この反応を見るに、彼女が潜在的に持っている『強者の力』を読み取ったことで魔導スライムが全面降伏をしていると私は推察したよ。『お許しください陛下』的な感じでね」

「リック、その発言は陛下に対して不敬になりかねないから」

 サバサバ話しているリックの内容にカレンが淡々と諌めている。

「スライムは魔物という概念だが分類は生物だ。それとは異なり魔導スライムは人工的に手を加えられているためか人工物に近く、スライムが行う判断基準も人寄りの傾向になっている。その魔導スライムが私の想像通り『強者の力』の前に全面降伏したとするならば、君には人々をひれ伏せさせるほどの資質を持つ血か、或いは強大な魔力を保有している可能性がある」

 リックは胸ポケットから銀色のケースを取り出すと、中から紙製のスティックを取り出して咥えた。どうやらタバコのようだ。

 リックが左手の親指と人差指の腹をネリネリと擦り合わせて、人差指の腹をタバコの先に押し付ける仕草をするとタバコの先端が赤くなり始めた。

 どうやら指先に魔力を集めて練り合わせ、簡易的な発熱物質を発生させてタバコに着火させたのだろう。

 キャリィの記憶には魔力に対する見聞は様々あったため、目の前で行われる魔力を行使した行為も柔軟に受け入れられ、メカニズムもある程度想像できている。

「誠に申し訳ありませんが、協会内での喫煙は御遠慮願います」

 私が目の前の喫煙を眺めていると、カレンがリックに向かって祈りの仕草をすると深々とお辞儀をし真面目に喫煙を咎めた。

「え……? あぁ、すまない。向こうで吸ってくるよ」

 そう言ってリックは咥えタバコのまま手をヒラヒラさせて部屋を後にしてしまった。

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