06 メイミーとの再会
その日は激しい吹雪だった。モズリンとアヴィは部屋にこもって、どうしたらこのごちゃごちゃした部屋を片付けることができるのか話し合っていた。その時、狐が中で少し休ませてほしいと訪ねてきた。
「もちろんだ。さぁ、入って、入って」
アヴィが言って、狐の家族が入ってきた。
「あれ?もう一匹はどうしたの?あなたたち三つ子じゃなかった?」
二匹しかいない子狐を見て、モズリンが聞いた。
「見失ってしまったの」
母狐が今にも泣きそうに答えた。
「私たちはこれから探しに行くから、アヴィ、すまないがこの子たちを見ていてくれないか?」
「いや、俺も一緒に行く。外は真っ白で下からは何も見えないだろうから、道を見失わないよう上から指示してやるよ。子狐たちはモズリンが見ててくれる」
モズリンは毛糸で子狐たちと遊んで待つことにした。
「どうしてはぐれちゃったの?」
「女の子を見かけたんだ」
一匹が答えた。
「5歳くらいの子だよ」
もう一匹が答えた。
「その子は一人だったの?どうしてこの森に来たのかしらね?」
「そうだよ。だから気になって追いかけたんだ」
「そしたらはぐれたんだ」
「それにね、その子は目が見えないんだ」
「目が見えない?その子の顔を見たの?」
「うん、見たよ」
「いや、見てない」
二匹が同時に答えた。
「僕は見たよ。目に包帯を巻いていたんだ」
一匹が言った。
「顔は見えなかったよ。だって目に包帯を巻いていたんだから」
もう一匹が言った。
そして二匹は、また毛糸で遊び始めた。
(メイミー……)
モズリンは5年ほど前の、赤ちゃんを助けてほしいとやってきた女性のことを思い出した。
父狐・母狐・アヴィは見失った子狐を探して吹雪の中を歩き回った。一晩中探したけど、見つけることはできなかった。アヴィの羽は凍り付き、嘴は森の中を飛び回っているうちにどこかにぶつけたようで欠けていた。本当は探し続けたかったが、あまりにも過酷な状況なので、父狐が一旦戻ることを提案したのだ。夜が明けるほんの少し前に皆が戻ってきたとき、モズリンはアヴィの様子を見て胸が痛くなった。けれどアヴィは自分のことは気にもかけず、「心配すんな、あいつは大丈夫だ!どこか安全な場所に避難しているに違いない。夜が明けたら、また探しに行こうぜ」と、落ち込む母狐を一生懸命励ましていた。
その時、ミスターオールドが話しかけてきた。
『何があったんだい?』
モズリンは驚いた。植物がこんな真冬に目覚めることは滅多にないことだ。
『ミスターオールド、起きて大丈夫なの?』
『いいや、眠いさ。だけど、なんだか騒がしくてね』
『ごめんなさい。子狐が一匹迷子なの』
『おぉ、それは可哀想に。誰か私の根元を探したかい?なんだかくすぐったくて、変な感じが……ぐぅ……』
ミスターオールドは再び眠りについた。
モズリンとミスターオールドの会話は他の者には聞こえていない。モズリンはアヴィにはもう外に行ってほしくないので、そっと父狐にミスターオールドの根元を探してみるように言った。父狐は誰にも気付かれないように静かに出かけて行った。
しばらく経って父狐は子狐を口に咥え、女の子を背中に乗せて帰ってきた。女の子は背中から降り、身体にまとわりついた雪を払いながらハキハキとした声で話し出した。
「ここはどこ?子狐は大丈夫なの?」
女の子は手探りで子狐を見つけ、毛を撫でた。
「私があの子を見つけた時も、こうして息子を撫でていてくれたんだ」
父狐が言った。
「お前は大丈夫なのか?」
アヴィは父狐の雪を払いながら、女の子に聞いた。
「あなた、アヴィでしょ?」
女の子が言い当てたので、アヴィはとても驚いた。
「おい、なんで俺の名前が分かったんだよ?」
「あなたはメイミーね」
モズリンが優しく話しかけた。
「そうよ!モズリン!」
女の子は嬉しそうに答えた。
5年前、メイミーを助けたとき、この子はまだ赤子だった。それはモズリンが初めて人間に薬を処方した日であり、「メイミー」という魔女の名前を授けた日でもある。モズリンはいつかメイミーと再会することを予期はしていたけど、まさかこれほど早く会うことになるとは思っていなかった。モズリンはこの幼い魔女にどう接していいのか悩んでいると、メイミーがしゃべり出した。
「モズリン、目の包帯を取ってもいい?ここは暗いところ?」
「ええ、大丈夫よ。手伝いましょうか?」
「平気。自分でできる」
もう、アヴィにもこの子が誰か分かっていた。それにしてもメイミーはこれまでどうやって生きてきたのだろうか?あのお母さんは全部話したのか?この子は人間の社会で育ったのか?アヴィは聞いてみたいことがたくさんあった。でも、あまりにも疲れていて、父狐と寄り添って眠りに落ちてしまった。
一方、メイミーは吹雪の中を手探りで歩いてきたというのに元気いっぱいだ。
「私に何かご用があって来たの?」
モズリンはメイミーに蜂蜜ティーを渡した。
「ありがとう」
メイミーはモズリンの質問には答えず、ふうふうしながらカップをじっと見つめた。そのうち、コツンコツンと緑色に輝く小さな石がメイミーの目から落ちてきた。
「あなたの涙石は緑色に輝くのね。私のは赤っぽいわ」
モズリンが言った。
「私が泣くとお母さんが困るから、私ずっと泣かなかったよ。お友達も作らず、昼間は暗くした部屋でおとなしく過ごしていたの。夜お外に行くときは目を隠して……うっく……なのに、お母さんは『もう一緒に住めないから森へ行きなさい』と言ったの。町の人が皆、私が魔女なんじゃないかって言うから……何もしてないのに……うっく……ちゃんと言うこときくのに……お母さんに嫌われちゃった……うっく……」
メイミーは言葉に詰まりながら、それでもゆっくりと自分の気持ちを整理して言葉を選びながら話した。
「お母さんはあなたが嫌いになったから森へ行きなさいと言ったんじゃないの。あなたを町の人から守るために仕方なくそうしたのよ」
モズリンはメイミーの涙石を拾い集めながら優しく言った。
「でも、お母さんは大きな声で『お願いだから出て行って』って私のことを突き飛ばしたの……うっく、うっく……」
「お母さんはあなたに何か持たせてくれた?」
「モズリンへの手紙があるわ」
メイミーはお腹にしまっていた封筒をモズリンに手渡した。
<その節は大変お世話になりました。人間の世界でこの子を育ててゆくのが難しくなりました。何卒、娘をよろしくお願いいたします。>
モズリンはその紙を少し千切り、メイミーの涙石と一緒に蜂蜜ティーへ入れた。それから眠っているアヴィの羽を借りて、クルっとかき混ぜた。
「飲んでごらんなさい。お母さんの気持ちが分かるわ」
メイミーは少し温くなった蜂蜜ティーを一口飲んだ。途端に胸が熱く締め付けられるような悲しみに襲われた。それから、娘のことを考えると不安で暗く重たく沈んでゆく母親の気持ち、自分たちを放っておいてくれない町の人たちへの怒りの感情が湧いてきた。
「モズリン、これ……」
「この手紙を書いたときの、その人の思いが伝わってきたでしょう?」
「うん。お母さん、困っているみたい」
「もう少し奥の方にある気持ちに気付いてあげられる?」
メイミーは目を瞑り、蜂蜜ティーを口に含んだ。すると、自分に向けられていた深く温かい愛情と、離れたくない寂しさを感じた。
「お母さん!」
「メイミーもお母さんもこれまでよく頑張ったと思うわ。今まで我慢していた分、思い切り泣いていいのよ」