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05 予期せぬ来客

 モズリンとアヴィはそれぞれ別の時間帯で生活をしている。アヴィは日中に活動的に動き回り、モズリンは夜になると外に出る。二人は家に揃う夕方に、のんびりとおしゃべりをして過ごすことが多い。ある日、アヴィが慌てて家に飛んで帰ってくると、こう叫んだ。


「人間が来る!女の人が赤ちゃんを抱いて君を探しているよ。追い出そうとしたんだけど、俺のことなんか目に入らないみたいだ。『魔女はどこなの?』って言ってた。あの人はモズリンのことを知ってるんだ」


 それは奇妙なことだった。モズリンには人間の知り合いはいないし、人間はたいてい魔女のことを怖がっているはずなのに。


 日が沈み、アヴィは眠くて目を開けていられなくなってきた。あの女性はこの場所を見つけられなかったんだ……そう思った時、誰かが扉を叩いた。


「魔女はここにいますか?」


 とてもか弱い声がした。


 モズリンは以前聞いた、人間たちが魔女にした数々の恐ろしい話を思い出して怖くなった。


「なぜ、私のことを探しているの?」


 モズリンは怖がっていることを人間に悟られないよう、大きくしっかりとした声で返事をした。


「すみません。あの……」


 女性はおずおずとしゃべり出した。


「帰って!」


 モズリンは女性の話を遮った。


「簡単ではないことは分かっています」

「何が分かってるって言うの?」

「お願いです!」


 そう叫んで、扉の向こうの女性は泣き崩れた。モズリンはドアを開け、女性を部屋の中へ招き入れた。モズリンにはこの女性が危険な人物には思えなかったし、もしこの女性としゃべることで危険が訪れても構わないと決心した。


「私の赤ちゃんを助けてちょうだい」


 女性は泣き腫らした目でモズリンを見た。


 赤子は一目見て病気なのだと分かった。女性は、住んでいる町の医者に赤ちゃんは助からないと言われ、もし魔女の薬があれば治るかもしれないと聞かされたのだという。この女性は森の中を三日間、いるかどうかも分からない魔女を探して歩き続けて、ようやくここにたどり着いたのだそうだ。モズリンは女性に同情し、傷だらけの足を見て心を痛めた。


 アヴィは夜にも関わらず起きていた。いつもならあり得ないことだが、アヴィはモズリンがどう対応するのか気になって眠れなかった。


「赤ちゃんを助けてやったらどうなんだ?」


 アヴィは自分が二人の会話に割って入ってはいけないと知りつつも言わずにはいられなかった。


 モズリンは深い溜め息をついた。それからゆっくりと魔女が薬を処方することがどういうことなのかを話し始めた。


 幼少期の人間に魔女の薬を処方すると、その成長過程において薬の効能が血液を変化させてしまう。血液が赤色から半透明に変わり、目や髪の毛から色が抜け、透き通った白色に変わってゆく。魔女の薬を口にした人間の子は、いずれ魔女になってしまうのだ。


「私がこの子を助けるということは、この子を魔女にしてしまうということなの。あなたはそれを知っていたの?」


 モズリンは女性に優しく問いかけた。


 女性はギュッと目を瞑り、しばらく動かなかった。


 アヴィはなんとなく、この女性は諦めるだろうなと思った。人間と魔女はあまりにも違いすぎる。


「あなたは赤ちゃんの将来を考えないといけないわ。魔女になってしまった子は人間としては生きていけないし、あなたよりずっと長く生きることになる。この子の今を助けることができても、大きな試練と引き換えになることは間違いないわ」

「あなたはどうですか?」

「え?」

「あなたは魔女でいることが辛いですか?もし自分が魔女でなかったら……と考えることはありますか?」


 そんなことを考えたことは一度もない。人間を羨ましいとか、人間になりたいなんて思いつきもしなかった。だけど、自分がこの赤ちゃんの将来を変えてしまうのは荷が重すぎる。


「ごめんなさい。私の気持ちをあなたに上手くお伝えすることはできないわ。私はとても小さいときに魔女の薬を処方されて、ずっと魔女として生きてきたの」

「私の赤ちゃんも同じよ。この子は何も悪いことはしていないし、何も分かっていない。だけど病気で死にそうだわ。私はこのままにしておくなんてできない。見て……」


 そう言って女性は抱いていた赤ちゃんの顔をモズリンの方へ向けた。その子は青ざめ、唇は紫色で震えていて、泣く元気すら無くぐったりとしていた。モズリンは赤ちゃんを助けたいという女性の気持ちに応じることにし、奥の部屋に行き、薬の調合を始めた。


 蛇の抜け殻、タンポポの種、ウサギの歯、それから不思議な色をしたとても綺麗な石。涙石だ。アヴィは以前、ダイヤモンドという石を見たことがあった。それはキラキラと光るきれいな石だったけど、モズリンの涙石はダイヤモンドよりもはるかにずっときれいだ。それは赤いけど、ピンクやオレンジの光を内側から放っているように見える。もっとよく見ようと近付いたとき、モズリンが険しい顔をしてアヴィに言った。


「お願いがあるのよ。あなたの血をちょうだい」

「え~?!俺のことを殺すのかぁ~?!」


 アヴィはパニックになって羽をばたつかせ、壁や床に頭をぶつけた。


「落ち着いてちょうだい。分けてもらうだけよ。死んだりしないわ」


 モズリンはアヴィが暴れないようにしっかりと抱きしめて、アヴィのお尻に針を刺して血を絞り出した。


「痛いわよね。ごめんなさい」

(思ってたよりたくさんいるんだな……)


 頭がすぅ~っと冷たくなった。








 アヴィは赤ちゃんの隣で目を覚ました。


 モズリンに抱かれたまま気を失ったんだな。ダセえな俺……赤ちゃんの様子はさっきより良くなっているように見えるけど、まだ熱で苦しんでいるみたいだ。お尻はジンジン痛むけど……羽なら動くぜ。アヴィは優しく赤ちゃんを扇いであげた。


 モズリンはお母さんに、この赤ちゃんにこれから起こることについて話して聞かせた。人間の世界で魔女が生きていくにはとても厳しい現実が待っていて、運命を受け入れる心構えが必要だ。モズリンは心の底から、この母子の幸せを願った。


「この子の名前は?」

「ダイアです」

「いいお名前ね。でも、この子が魔女として生きていくためには人間の名前は使えないわ。魔女の名前は人間の名前と紐づいてはならないの。私は『メイミー』と名づけるわ」


 女性は静かにモズリンの言ったことを受け止めた。メイミーとお母さんは、それから数時間経ってから帰って行った。


「モズリン、俺はまだお尻が痛いよ。君が今日、俺にしたことを一生忘れないからな」


 アヴィは少しでもモズリンを笑顔にしたくておどけた声で言ってみた。


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