03 アヴィ
俺はモズリンのことは好きだ。理由なんてない。突然現れて、何か失敗をしでかしたみたいだ。ドジなんだな。
俺が小さかった頃、ママから魔女の怖さを聞かされた。この森に住むカラスは皆揃って「魔女には気を付けろ」と言う。だから俺は魔女というのがどれ程怖いものなのか想像をしてきたけど……モズリンは思っていたのとはだいぶ違うぞ。
モズリンはちっとも怖くなんかないし、むしろ可愛くて、守ってやらなきゃならないように思う。ドジだしな。
「魔女のことを考えるのはやめなさい!」
ママに咎められた。
「彼女の名前はモズリンだよ。悪い魔女なんかじゃない。俺たちのことを傷つけたりしないよ」
「よく知りもしないあの魔女を、どうして怖くないなんて言えるの?」
(もしかしたらママが言ってることは正しいのかもしれない。だけど俺は俺のやりたいようにすると決めてるんだ)
アヴィが去ってから、ミスターオールドにはたくさんの動物が訪ねてきて、食べ物を置いて行ってくれる。おかげでモズリンはもう腹ペコで困ることはない。
リスは栗やクルミを、キツネは木苺を、タヌキは薬草を、蜂は蜜を分けてくれる。彼らは皆、アヴィに頼まれたのだと言う。ある日、クマが大きな鮭を持ってきてくれたけど、さすがにこの申し出は断ろうとした。
「せっかくだけど、いただけないわ。これはあなたにとっても大切な食料でしょ?お気持ちは嬉しいわ、ありがとう」
「いいんだ。受け取ってくれ。僕はまたすぐに次を捕まえられるさ。アヴィには借りがあるんだ。あいつは何度も僕が人間に見つかりそうになったところを助けてくれたんだよ。僕には2匹の子どもたちがいて、走って逃げるのは大変なんだ。アヴィは空から監視してくれて、人間が近くにいると教えてくれる。ある時なんか、近付き過ぎた人間を追い払うために飛びかかってくれたんだ。あいつは勇敢でいいやつだよ。何かお返しをしたいと、ずっと思っていたんだ」
クマは陽気に笑いながら帰って行った。
モズリンは森の動物たちが親切にしてくれるのはアヴィのお陰なのだから、なにかお礼がしたいと思うようになっていた。
(アヴィに会いたいな)
今では、森の誰もがモズリンのことを知っていて、仲良くなっている。これからはアヴィのように森を回って、なにか助けになるようなことをしたいと考えていた。アヴィは毎日訪ねてきてくれるが、家族からのけ者にされていないかが気になる。モズリンがそのことを聞こうとすると、アヴィは決まって話題をすり替え、答えをはぐらかしてしまう。なんか怪しいのだ……
モズリンの悪い予感は的中していた。アヴィはずっと家に帰っていなかった。アヴィの母親は心配しつつも、アヴィが元気に森を飛び回っているのを見ていたので、うるさく帰ってくるようには言わないようにしていた。
モズリンの目はだんだんと見えるようになってきており、まだボンヤリだけど色や形がなんとなく分かるようになってきた。空を飛べるようになる日も近そうだ。
ある日、モズリンが洞窟の中を見まわしていた時のこと。はっきりとは見えないが、天井の方に何か塊のようなものがあるのが分かった。
(なにアレ?大きな苔かな?)
壁をよじ登って近くで見ると、それは苔ではなく巣だった。覗いてみると、アヴィが気持ちよさそうに眠ってる。モズリンは静かにおりて、夜が明けるのを待った。
俺はいつも朝になると自然と目が覚める。だけどここでは急に巣からは出て行かない。そっと、そっと、モズリンに気付かれないように一旦、外に出るんだ。
家族がいる巣が嫌いなわけじゃないけど、ここの方がいい。ここにいて、モズリンを見ていたいんだ。
「おはよう、今日もいい天気だよ」
いつものように挨拶だ。
モズリンは今朝は何時に起きたのか、ママとはどんな話をしたのか、ここに来る間に誰と会ったのか、いろいろ聞いてくるんだけど、答えられるわけがない……適当に話をはぐらかすのもそろそろ限界だな。
「私、あなたがこの洞窟に住んでいるのを知っているのよ。あなたの巣が天井にあるのを見てしまったの」
「え?どうやって知ったんだよ?!」
急になんだよ!驚いて無駄に羽をバサバサさせてしまったじゃねーか。カッコ悪い。
「べべ別に、モズリンを騙そうとしていたわけじゃないんだ。ただ言いそびれてしまったっていうか……きっかけがなくて……」
「そんなはずは無いわ。私は何度も聞いたもの。話す機会はたくさんあったでしょ?」
俺は観念して、モズリンに本当のことを言った。
「お前はどうやらドジみたいだからな、俺が近くにいた方がいいと思ったんだ。魔女って言ってもお前は全然怖くなんかないしな。むしろ可愛いから、傍でずっと見ていたかったんだ。勝手に巣を作ったことは悪かったよ。いつかは話そうと思っていたんだけど、断られたら立ち直れないからな。心の準備に少し時間が必要だったんだ」
(なんか言えよ)
モズリンは俺が一生懸命話しているのに、下向いて真っ赤になってやがる。具合でも悪いのかな?
「あ、あなたのお母さんは、このことを知っているの?」
「おう。ママは俺の気持ちを理解してくれてるんじゃないかな。俺がここに巣を作ることを許してくれたと言っていいと思う。ずっと帰ってないけど、文句を言ってこないからな」
正直、俺も意外だ。絶対うるさく帰って来いって言うと思っていた。どうせ何言っても無駄だと諦められたのかもしれないけど、返って都合がいいや。
これでやっと、俺とモズリンの生活が、正式に始まったぜ!