98.薬師、アルコールが苦手
将来、魔王となる第二王子に出会い、内心戸惑っていたが、今のところ彼にそんな素振りはなかった。
後で国王に、第二王子の様子を気にかけるよう声をかけておこう。
そんなことを考えていた矢先。
「おっ、宮廷薬師さんー! こんなところにいたのか!」
「うおっ!?」
不意に声が響いたかと思うと、突然、背後から強い衝撃を受けた。
酒が回っていたせいか、俺の身体はふらつき、そのまま倒れそうになる。
だが、声をかけた男は素早く俺の肩を組み、支えてくれた。
この国の男はイケメンばかりだな。
そう思い振り返ると、俺にぶつかってきたのは次期国王のエドワードだった。
「エドワード殿下ですか……」
「そんなに残念そうな顔するなよ!」
エドワードと関わると碌なことが起きないからな。
「メディスン、おめでとう」
「ありがとうございます」
彼の背後には、やはりカインが付いていた。
だが、なぜか俺をじっと見つめてくる。
「メディスン、君は酒が苦手なのか?」
「あまり飲めないみたいです」
俺は持っていたグラスをエドワードに見せる。
ワインはグラス半分ほど飲んだが、まだ残っている。
俺自身もここまで弱いとは思わなかった。
「ははは、なら代わりに俺が飲んでやるよ」
エドワードはそう言うや否や、俺の手からグラスを奪い取ると口をつけた。
「エド!」
カインが慌てて止めようとするが遅かった。
すでにエドワードはグラスのワインを一気に飲み干していた。
「ん? なんか味が違っ……」
その瞬間、俺の肩にかかっていた重みがふっと消える。
――バタン!
振り返ると、エドワードが床に倒れ込んでいた。
「きゃあああああああ!」
パーティー会場のどこかで、エドワードを見ていた令嬢が悲鳴を上げる。
一瞬にして視線がこっちに集まった。
「エドワード殿下が倒れた!」
「誰かが毒を盛ったに違いない!」
言葉が響いた瞬間、場の空気が凍りついた。
だが、そんなことを気にしている場合ではない。
まずはエドワードの安否確認が最優先だ。
すでにカインはエドワードが呼吸をしているか確かめていた。
「大丈――」
「息をしていないぞ!」
カインの言葉にさらに不穏な空気が漂う。
「すぐに回復薬を――」
「貴様、エドに毒を盛ったのか! さっきお前が持っていたワインを飲んだ途端、倒れたじゃないか!」
「はぁん!?」
カインは俺の服を掴み、遠ざけるように押し除けた。
あまりにも理不尽な言いがかりと行動に、思わず呆れる。
俺が何のためにエドワードに毒を盛る必要があるんだ?
「確かあいつ、学園に通っていた時、毒の実験をしていたよな?」
「俺は毎日動物実験してたって聞いたぞ」
追い打ちをかけるように、パーティーに来ていた同級生達が噂を囁き始める。
「あいつが犯人じゃないのか?」
「俺達も捕まえたら、爵位とかもらえるんじゃないか?」
「よし、今すぐ捕まえるぞ」
瞬く間に話は広がっていき、ジリジリと貴族達が近づいてくる。
その中には近衛騎士であるセリオスの姿もあった。
「兄さんは何もしていない!」
「いっしょにいた!」
ノクスとステラが必死に俺をかばおうとする。
だが、彼らが怪しまれないように、俺は優しく口を塞いだ。
誰かが俺を陥れようとしているのは間違いないからな。
「少しだけ静かにしててね」
「兄さん……」
「おにいしゃま……」
俺は二人に耳元で小さく話しかける。
矛先が大事な弟妹に向くのは避けたい。
「メディスン、すまない! まずは騎士団本部に来てもらおうか」
駆けつけたセリオスがひと言謝ると、剣を抜き俺に向けた。
近衛騎士として王族を守る立場ならば、当然の行動だろう。
次々と騎士達の剣が抜かれ、俺は完全に包囲された。
まるで俺が本当に悪人であるかのように――。
「貴様ら、メディスン様に剣を向けるとは、殺される覚悟はあるのか?」
あいつの声が聞こえたと思ったら、すでにセリオスの剣は宙に浮いている。
突如現れたクラウディーによって弾き返されていた。
やはりピンチの時に来てくれるのは変わらないようだ。
だが、タイミングが悪いぞ。
今来たら確実に俺が悪役に見えるじゃないか!
「お前、いつもどこにいたんだよ!」
「えっ、私ですか? 私はずっとメディスン様の隣にいましたよ。寝る時もトイレに行く時も隠れてずっと……」
聞いた俺が馬鹿だった。
クラウディーの姿が見えないだけで、どうやら本当にずっと側にいたらしい。
ひょっとして寝ている時に、ずっと感じていた視線はクラウディーだったのか?
しかも、トイレまで付いてきていたとは、ルーカスよりも危ないやつじゃないか。
「奴らをエドワード殿下に近づかせるな!」
カインの声が響き、再び騎士達が剣を向けてくる。
クラウディーのことを考えている場合じゃなかった。
「なっ……なんだこれは!」
だが、騎士達の剣は手から抜き取られ、剣はどこかに消えた。
「何事もあったんだ?」
「メディスン様、ご安心ください。メディスン教の秘密結社です!」
突如として現れた黒装束の集団が、素早く動いている。
まるで忍者のような子ども達だ。
すぐに騎士の剣を集めて、俺のところまで持ってきた。
「こちらが我らがお慕えするメディスン様だ!」
「はっ!」
子ども達は俺に向かって、祈りのポーズを捧げる。
あの床に顔面スリスリのポーズだ。
以前、クラウディーに貧民街の子どもを助けるために、お金と回復タブレットを求められたが、彼らの教育に使っていたのか。
「おい、これはどういうことだ!」
騒ぎを聞きつけたのか、国王やコンラッド達が戻ってくる。
どこか別のところに行っていたのだろう。
そうでもなければ、ここまで大変なことになるはずがないからな。
パーティー会場を見渡し、事態を把握しきれず困惑した表情を浮かべている。
「宮廷薬師様が、エドワード殿下に毒を盛りました!」
誰かが叫び、再び貴族達の視線が俺に突き刺さる。
両親の視線すら、どこか疑念を抱いているように思えた。
「メディスン……」
父が、ゆっくりと俺の方へ近づいてくる。
「近づいたら危険――」
「わしの息子が危険なわけねえだろ!」
「くっ……」
父は近くにいた騎士を押しのける。
あまりの迫力に騎士達が道を開けていく。
「父様……」
「わしはパパだ!」
俺の前に来るや否や、俺の腕を掴むとそのままエドワードの方へと放り投げた。
まさかこの状況でも、パパと呼ばせたいとはな……。
それと同時にエドワードの近くにいたカインを騎士の元へ押し出した。
一瞬すぎて、俺の目では何も見えなかった。
「メディスン、治せるか?」
「父様……パパは俺を信じるんですか?」
俺は誰にも信じてもらえないと思っていた。
この場にいる者のほとんどが俺を疑っている。
だが、父は優しく微笑み頷いた。
「ああ、わしの息子だからな」
「「「「「ヒイイィィィ!?」」」」」
その言葉に、胸の奥で張り詰めていたものが、ふっとほどける感覚がした。
ただ、あまりの父の顔の怖さに、周囲の人達は立ち去っていく。
今はやるしかない。
人が遠ざかってちょうど動きやすい。
それを見越して笑ったのだろう。
俺はすぐにエドワードの状態を確認し、治療の準備を始めた。
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