96.薬師、任命式をする
「メディスン様、ルーカス様、リシア様はこちらでお待ちください」
宮廷薬師となる俺、ルーカス、リシアは、式典前の控え室へと案内された。
念のために護衛も数名つけられており、その中にはルミナス公爵家のセリオスの姿もあった。
騎士団所属のセリオスは貴族として招待されたのではなく、護衛として今日は参加している。
こういう場面で、騎士団と魔法師団の違いを実感する。
「会場の準備が整いました。御三方、移動をお願いいたします」
言われるがまま、中央の大広間へと向かう。
騎士達に囲まれながら進むと、まるでお偉いさんになったような雰囲気に息が詰まりそうだ。
今まで騎士達と訓練したことはあっても、こうして護衛される立場になるのは初めてだ。
正直言って落ち着かない。
「では、中央までお進みください」
「ありがとうございます」
案内役に礼を伝えると、重厚な扉が開かれた。
眩いほどのシャンデリアの光が降り注ぎ、豪奢な装飾が施された大広間が目に飛び込んでくる。
煌びやかな衣装に身を包んだ貴族達が、一本の道を作っている。
「うわぁ……メディスン様、本当にすごいですね」
「あっ、奥に串焼きがある!」
ルーカスとリシアの反応に思わず苦笑する。
リシアが串焼きが好きなのを知っているため、パーティーに用意してあるのだろう。
俺としては、「お前ら、もう少し緊張感を持て」と言いたい。
俺なんてガチガチで手と足が一緒に前に出て、ロボットみたいな歩き方になっているからな。
俺達が入場すると、貴族たちの視線が一斉にこちらへ向けられた。
探るような目、羨望の目、敵対心を向ける目とまるで品定めされている気分だ。
「ふん、薬師ギルドの推薦もなしに宮廷薬師とはな」
「まったく、王の寵愛は偉大だな。実力が伴っていればいいが……」
「ギルドにも所属していないやつを宮廷薬師にするとは、王もご判断が鈍られたのかしら」
奥の方でひそひそと囁かれる声が聞こえる。
直接言わないあたり、陰湿だが真実を知らない人から言えば仕方ない。
俺達が評価されたのは、その薬師ギルドが不正をしていたおかげかもしれないからな。
それでも全員がそんな人ばかりではないようだ。
視線を向けると、奥の方でエレンドラやイグニスが手を振っている。
中央まで歩くと、その場で片膝をつく。
「本日、我が王国に初めての宮廷薬師を迎えることとなった」
国王のひとことに会場は静かになる。
この間会った時は小動物みたいだったが、公の場となれば空気はピリッとする。
伊達に国王をしているわけではないってことか。
親子でもエドワードとは全く違うな。
コンラッドが盆を手に、ゆっくりと国王のもとへ進んでいく。
深い藍色の布が敷かれた盆の上には、小さなポーションの瓶が揺れることなく並べられていた。
「これは、本日より宮廷薬師として迎えることになったメディスン・ルクシード、ルーカス、リシアが作成した回復薬だ」
貴族たちの視線が、国王の手元に注がれる。
「この小瓶一本で、現在売られている最上級ポーションを上回る回復効果がある。そして、さらに小型化したものが、この回復タブレットだ」
会場のあちこちで、ざわめきが起こる。
「小さすぎる」
「偽物ではないのか?」
そんな疑念の声が次々と飛び交う。
そう思うのも無理もない。
従来の回復薬と比べれば、明らかに量も見た目も異なる。
ましてや、俺の回復タブレットは固形だ。
「皆が突然の宮廷薬師任命に疑問を抱くのはもっともだろう」
国王がそう言った瞬間——。
扉が勢いよく開かれた。
顔に布を被せられ、手錠で拘束された人物が、騎士に引きずられるようにして入ってくる。
俺たちの目の前に座らされると、布が剥がされた。
「「「ヒィィィィ!?」」」
「な、なんで犯罪者がここに!?」
場内が悲鳴に包まれる。
どうやら、貴族たちなら誰もが知る極悪人らしい。
そして、その顔つきは——。
悪役に転生した俺ですら、まだマシに思えるほどだった。
いつか俺もこの視線を向けられる日が来るのかもしれない。
「やつの腕を切り落とせ!」
国王のひとことに、場の空気が張り詰める。
誰もが息を呑んだであろう。
ふと気づけば、この場には小さな子どもの姿がなかった。
最初は不思議に思ったが子どもには刺激が強すぎると判断されたのだろう。
両親の姿は確認できたが、ノクスやステラの姿は見当たらなかったからな。
だが、俺の隣にいるルーカスやリシアはどうなる?
彼らはまだ子どもで、俺よりも年下だ。
思わず二人を抱き寄せ、目を塞ごうとする。
だが、ルーカスもリシアも静かに首を振った。
その瞳は、不安ではなく——まるで、自らの未来を見届けようとしているかのようだった。
「くっ……」
目の前で男の腕は切り落とされた。
だが、すぐに腕を固定させて、ルーカスとリシアが作ったポーションがかけられる。
「なっ……本当にくっついたぞ!」
「今までのポーションとは別物じゃないか!」
明らかに異質なポーションに、驚きと称賛の声が広がっていく。
その後、もう一方の腕を斬り落とし、回復タブレットを食べさせると——。
あっという間に、斬り落とした腕が再生し、元通りにくっつく。
この世界の回復薬の力に、俺ですら驚きを隠せない。
だって、斬り落とした腕が瞬時に回復する光景を、実際に目の当たりにするのは初めてだし、試したこともない。
こんな、倫理的に考えれば絶対にやらないようなことを、実際に行ってしまうのも驚きだ。
だが、一番効果があり、俺達の実力を伝えるにはちょうど良いのだろう。
「この技術を持っている者達を薬師ギルドや錬金術師ギルドには任せられないと判断し、宮廷薬師として迎えることにした」
コンラッドの合図とともに、俺達は再び跪き、頭を下げた。
「ここにて、この三名を宮廷薬師として任命する」
衝撃的な光景に、貴族たちは一瞬呆気に取られたが、やがて自然と拍手が広がり始めた。
気づけば、極悪人はどこかへ連れ去られており、国王は一人ひとりに輝くバッジを手渡していく。
そのバッジには、王冠、ポーション、回復タブレットが象ったデザインが施されていた。
今回のために作られた宮廷薬師のバッジなんだろう。
俺の左胸元に、国王自らがバッジをつける。
「はぁー、胃がキリキリするね」
彼は小さな声で呟いているが、その口調からして、相当なストレスを感じているのが伝わってくる。
「あとで回復タブレットをお渡ししますね」
「うっ……さすがエルネストの息子だ」
「国王様、今はピシッとしないと」
一瞬、国王の顔に安心した可愛らしい表情が浮かんだが、すぐに威厳を取り戻し、堂々とした姿勢に戻った。
「これで宮廷薬師の任命式を終える」
バッジを全員に渡し終えると、コンラッドは任命式の言葉を締めくくり、無事に終了したことを告げた。
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