94.薬師、妹に怒られる
暴走する父を止めるのは大変だった。
みんなでどれだけ父が好きなのかを伝えたら、嬉しそうに立ち止まった。
ああ、何でこんな人が父なんだろうか。
「おにいしゃま、こっちをみる!」
「はい!」
俺はすぐにステラと視線を合わせる。
迷惑をかけた俺と父は床に座って、ステラに怒られている。
ああ、怒ってるステラの姿も可愛いな……。
「ちゃんとはんしぇいした?」
「「はい、すみません」」
さすがしっかり者の妹だ。
ただ、胸を張って怒っている姿が愛らしい。
きっと父も同じことを思っているのだろう。
さっきから隣で小刻みに震えている振動が、俺にも伝わってくる。
「兄さんとパパって似ているね」
「ノクスとステラは私に似ているわよ?」
「うっ……うん……」
母の言葉にノクスは戸惑っていた。
ノクスとステラがいたら、我が領地は安泰だろうな。
王城を破壊すると宣言してから、すぐに問題は解決した。
なんと、宮廷薬師になっても、我が領地にいても問題ないということがわかった。
てっきりあれだけ王城で薬を配っていたから、同じように働かされると勘違いしていた。
宮廷薬師って名前だけで、単に回復タブレットを定期的に王族を中心に卸すだけという仕事のようだ。
父に聞いていなかったら、今頃本当に王城を壊していたかもしれない。
「じゃあ、問題は解決したってことで、お買い物に行きましょうか」
「お買い物ですか?」
母は何もなかったかのように、空気をガラリと変えた。
そこだけは抜けていて良かったと思える。
「ええ、宮廷薬師の任命式の後にパーティーがあるのよ。今日はその準備をするわ」
どうやら任命式の後にパーティーをする予定らしい。
貴族達は何か理由があるごとに、派閥の牽制なのかパーティーをする。
母はその時に着ていく服を買いに行こうと、朝から俺達の部屋に来たらしい。
ちなみに聖女を呼んだのも母だ。
「そういえば、ちゃんと風呂には入ったんだな」
「お風呂に入らないと、そのまま燃やされそうだったからな……」
母の真っ黒な炎に脅されたのだろう。
体格は戻らないが、納豆のような臭さはなくなっていた。
その代わりに匂いを消すためか、髪にオイルをたくさん塗り込まれたのかテカテカしている。
これはこれで不潔に見えるのが不思議だ。
ルミナス公爵家の使用人達も、どうすれば良いのか悩んでいただろう。
「パーティーの衣装だけど、前に用意してもらったやつで――」
「メディスン? こういう時はお揃いの衣装が良いのよ?」
「へっ?」
「だから、家族統一した色味のお揃いコーディネートがいいのよ!」
俺は以前、国王に謁見した時に準備したものを着るつもりだった。
だが、どうやらそれはさせてもらえないようだ。
今も母の背後には黒い炎がチラついて見えるから、それに従った方が良いのだろう。
俺達はすぐにパーティーの服を買いに行くことにした。
「ようこそ、ラグナ悪徳商会へ」
やはり買いにくるのは、名前は危ないがしっかりとした品質のラグナ悪徳商会だ。
店主よりも隣にいる父の方が、商会名と合っている。
「ここにいる全員分の正装とドレスは頼むわ」
「はい、色味は……おや? この間、購入していただきありがとうございます」
店主は俺に気づいたのか挨拶をしにきたようだ。
「今回は別のものを探しておられるのですか?」
「できれば似たような形のものをお願いします」
「かしこまりました」
いくら何でもバレエダンサーのような服は着たくはないし、そんな父も見たくない。
鬼のような怖い見た目のバレエダンサーって考えただけで、違う意味で震え上がるほど怖いだろう。
しばらくすると、いくつかの服を持ってきた。
「申し訳ありません、全て似たような色を統一するとこのような物しかご用意できません」
持ってきたのはダークグレーのジャケットやドレスだ。
さすがに家族全員分となると、ラグナ悪徳商会でも、今すぐには準備ができないようだ。
ただ、黒とは違いどこか華やかさはあり、全員の見た目とも合っているだろう。
試しに各々着てみたが、特に問題はなさそう。
「わざわざ俺達に合わせなくてもいいぞ?」
「下僕たるもの、ご主人様と同じものを身につけた方が下僕感が出るでしょ?」
ただ、聖女が同じような真っ黒なドレスを着るとは思いもしなかった。
聖国の聖女という理由で、パーティーには一緒に参加することになったが、まさか純愛や純潔を連想させる聖女が黒のドレスを選ぶとは誰も思わないだろう。
「みなさんとてもお似合いですね。まるで悪役一家のようですが……」
最後にボソッと店主が言葉を付けたのを聞き逃さない。
俺から見ても悪役一家にしか見えないからな。
正装が用意できれば、後は簡単な礼儀作法の確認だけだ。
ただ、話を聞いた限りではそこまで難しい礼儀作法はないはず。
礼儀作法に関しては、過去にメディスンが教育されていたのも助かった。
記憶に残っている部分も多かったからな。
ちなみにルーカスとリシアは、今頃セリオスとエレンドラにみっちり礼儀作法を教えられている。
貧民街にいた二人からしたら、何も知らないことだからな。
「またのお越しをお待ちしております」
店主は俺達を外まで見送ってくれた。
やはり名前とは異なり、対応もしっかりしている。
ラグナ悪徳商会から、ルミナス公爵家の屋敷に帰ろうとすると、店の前に馬車が止まっていた。
「お前達は後ろに下がれ」
その家紋を見て、父は警戒心を強める。
言われた通りに俺は一歩後ろに下がる。
――ガチャ
馬車から飛び出てきたのはエドワードだった。
「エドワード殿下、お目にかかれて光栄に存じます」
すぐに両親は頭を下げて挨拶をするが、エドワードは気にせず、俺の目の前にやってきた。
「おっ、メディスンじゃないか!」
「殿下――」
「そんな堅苦しいのはよせよ!」
俺達も同じように挨拶をしようかと思ったが、止められた。
相変わらず馴れ馴れしいが、それが彼の良さなんだろう。
「今日も訓練をサボってるんですか?」
「おいおい、まるでいつもサボっているような言い草ではないか」
いや、実際に王城に行くと一人でフラッと歩いているエドワードをよく見かける。
見つかるたびに、なぜか声をかけてくるからな。
「いつも……あっ、今日はお一人ではないんですね」
「ああ、カインと用事があったからな」
遅れて馬車から出てきたのはノクスフォード公爵家のカインだ。
馬車についてる家紋がノクスフォード公爵家のものだから、父は警戒したのだろう。
「カイン様、お久しぶりですね」
「ああ、メディスンは元気そうだね」
当たり障りのない言葉で俺は挨拶をする。
その後もカインは両親の存在に気づき、挨拶をしていた。
あの父の顔を見ても怯まないとは、中々強い精神力だ。
「カインがしばらくの間、雪の病魔にやられていたからな」
町で会った時は元気だったから、その後に感染したのだろう。
「雪の病魔は時期は関係なく感染する可能性がありますからね」
「そっ……そうなのか!?」
次期国王であるエドワードでも、雪の病魔のことについてあまり知らないようだ。
本当に医学の分野に関しては、発展していないのだろう。
「メディスン、それは何か理由があるのかい?」
気になったのかカインが尋ねてきた。
さすが薬師ギルドを管轄している公爵家だけのことはある。
ただ、ここで話さなければ怪しまれるだろう。
「我が領地は雪の病魔が流行りやすい地域なのは知っていますか?」
「ああ、寒い領地で有名だからな」
カインは少し笑いながら答える。
気候が寒いと言いたいようだが、どこか金や食料もない寒い領地と嫌味を言っているような気もする。
俺の考えすぎなんだろうか。
そのまま俺は話を続ける。
「雪の病魔が感染しやすいのは、乾燥した地域、寒暖差による免疫……抵抗力の低下、人の移動に密接に関わっています」
感染に対する知識がなければ、言葉遣いにも気をつけないといけない。
わかりやすく説明しないと、何を言っているのか理解できない可能性もあるからな。
インフルエンザと似たような病気なら、さらに新たな変異株が出現することもある。
「乾燥は暖かくなり減りましたが、他の二つは王都でもあります。特に人の移動に関しては、王都の方が多いですからね」
これだけ伝えればある程度の人は理解できるだろう。
「へー、メディスンって頭が良いんだな」
バカそうなエドワードですら、俺の話を聞いてニコニコと笑っている。
いや、この顔は理解するのをやめたような気がする。
「人と関わることで広がっていくってことか……」
カインは大体理解していそうだ。
「この間、王城で問診をしている時に雪の病魔の疑いの男性がいました。感染対策を伝える前に、怒ってどこかへ行ってしまったので、そういうところから広がったのでしょう」
きっとその人物がどこかしらでカインと関わりがあるのだろう。
そこは詳しく調べないとわからないが、面倒なことに巻き込まれるのは避けたい。
「では、久しぶりに大好きな家族との時間を過ごしているので失礼します」
エドワードとカインに挨拶を済ませて、俺達は馬車に戻ることにした。
「うっ……メディスンが……大事な家族って言ったぞ!」
「本当に良い子に育ったわね」
屋敷に戻るまで両親はずっと馬車の中で泣いていた。
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