91.薬師、下僕ができる
屋敷に戻った俺達は、早速父の精神魔法を解呪することになった。
「あの……わたしゅ、しぇ……しぇいこくのしぇいじょでしゅ」
ただ、父を目の前にした聖女はあまりにも緊張しているのか、うまく話せないようだ。
何を言っているのか分かりづらい。
「ん? 何を言ってるんだ?」
「ヒイイィィィ!?」
そんな聖女に父は聞き返しているだけだが、怖がって言葉にもならない。
決して睨んでいるつもりはないだろう。
ただ、顔面の破壊力が誰よりも強いからな。
「父様、この方は聖国の聖女です」
「おお、聖女様ですか!」
やっと理解できたのだろう。
父は椅子から立ち上がり、聖女と握手をするが、今にも聖女は死にそうな顔をしている。
「それよりも父様じゃなくて、パパだろ?」
聖女のことよりも、俺にパパと呼ばせることの方が重要のようだ。
こっちを見る顔が鬼のように怖かった。
聖女がびびってしまうのも仕方ない。
「父……パパの精神魔法の解呪をしてもらおうかと思って――」
「そうかそうか。そんなにわしが来るのを待っていたのか」
いや、別に待っていたわけではないが、いつまでも精神魔法をかけたままにしておくのも……。
「ままま、待っていました!」
父がジーッと見つめてくるから、つい待っていたと返事をしてしまった。
よほど嬉しいのかニヤリと笑った瞬間、心臓をわし摑みされたような感覚がした。
それに屋敷からミシミシと音がなっているし、聖女は顎をガタガタと鳴らしている。
まるで音楽を奏でているようだ。
「ははは、可愛いメディスンの遊びに付き合ってやらないとな。ほら、早く解呪するんだ」
「あわわ……」
父は聖女に解呪を頼むが、彼女はそれどころではなさそうだった。
すでに白目を向け、口から泡を吹いている。
「メディスン……この子、大丈夫なのか?」
「あっ、いや……」
俺は、今にも人を殺しそうな視線を父から向けられる。
メディスンが毎日この視線を浴びていたと思えば、部屋にこもって実験ばかりしていた理由もわかる気がした。
確かに、これは息苦しい。
「おい、役立たず! 今すぐ起きろ!」
俺は急いで回復タブレットを製成し、聖女の口に入れる。
咀嚼できるように、顎を持ってカタカタと動かすのも忘れない。
細かくすれば自然と体に入っていくからな。
「はぁ!? 俺はなぜこんな……」
聖女は目を覚まし、ゆっくりと目の前にいる父と視線を合わせた。
「君も大丈夫――」
「うっ……」
次の瞬間、聖女は再び泡を吹いて倒れる。
役に立たないと思わせる行動は、これまでもいくつもあった。
ルミナス公爵家の屋敷で世話になっているくせに、風呂に入らず、ベッドでずっと寝ているしな。
今も顎を触ったが、なぜか皮膚がネチョッとしていた。
まさか本当に役立たずだったとは思わなかった。
その後も何度か繰り返すが、聖女は全く起きようとしない。
まるで意図的に意識を刈り取っているようだ。
「メディスン、もうやめるんだ」
「だって……父様……」
父様と呼んだ瞬間、息苦しさを感じた。
やはり呼び方を間違えると、俺の命が危ない。
「だって……パパが!」
さっきのはなかったことにして、仕切り直す。
父は俺の肩を掴み、聖女に回復タブレットを飲ませるのをやめさせた。
まるで精神魔法の解呪を諦めたかのようだった。
「メディスン、わしは今のままでいい」
苦しいのは父の……いや、父も今の性格を受け入れつつあるのかもしれない。
俺としても、もし昔の父に戻ったら一生会いたくないと思うほど、さっきの視線には全身が震えたからな。
「……ごめんなさい」
とりあえず、その場を乗り切るために謝っておいた。
せっかく聖女を屋敷に滞在させてもらったのに、申し訳ない。
視線の先にいるセリオスとゼクトに心の奥で謝る。
そんなことを思っていると、俺が悲しんでいると勘違いしたのか、父が勢いよく抱きしめてきた。
「メディスン、気にするな!」
「うっ……」
やはり、定期的に魔物が襲ってくる領地の当主なだけあって、その腕力で強く抱きしめられると、俺の肋骨が折れかねない。
バレないように急いで回復タブレットを飲み、治療する。
「私は……何を見せられているのだろうか……」
「いい家族だな」
「おおおお父様!?」
なぜか視線の先にいるセリオスは驚愕し、ゼクトは呆れた顔をしていた。
「うっ……」
そんな中、聖女はゆっくりと目を覚ました。
父に殺されそうになっている俺を見て、聖女は再び気絶する……と思ったがしっかり目を見開いていた。
「覚醒した……」
その言葉に、聖女へと視線が集まった。
聖女はなぜかスキルの覚醒をしたらしい。
何かしらのきっかけがないと、スキルの覚醒はしないはず。
父の視線と俺の回復タブレットで死を彷徨っていたということだろうか。
あまりの嬉しさに聖女も俺に抱きついてきた。
「うっ……」
正直匂いがきついため、抱きつくのは勘弁してほしい。
俺の顔に髪の毛が垂れてくるが、どことなく納豆のような匂いがする。
それに父の視線に慣れたのか、気絶する様子もない。
「君はメディスンの恋人かね?」
父は聖女に興味深そうな視線を向けながら尋ねた。
「いえ、俺……私は下僕です!」
いつのまにか聖女は俺の下僕になったようだ。
本当に勇者パーティーは、頭がおかしいやつが多いけど大丈夫なんだろうか。
「そうか、下僕か!」
それに父は疑問に思うことなく納得していた。
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