86.薬師、仕事をする ※一部別視点
謁見が終わるとしばらくは平和な日々が続……くこともなく、俺は城に呼び出されていた。
宰相から「保護のために必要だ」との連絡があったのだ。
ちなみに、宰相は王家の分家の出身で、昔から頭の切れる人物らしい。
そんな彼に任せておけば、問題はないだろう。
「ああ、メディスン。来てくれて助かったよ」
「えーっと……コンラッドさん、大丈夫ですか?」
宰相の名はコンラッド。
手紙にそう書かれていた。
「目の痒みと鼻水が止まらなくてね」
コンラッドは目をしょぼつかせながら、鼻をすすっている。
初めは何の用件で呼ばれたのかわからなかったが、その様子を見てすぐに理解した。
花粉症で悩まされているのだろう。
そういえばエレンドラが、父であるイグニスに薬を少し分けたと聞いている。
その話でも聞いたのだろうか。
「貴族は自然と接する機会があまり多くありませんからね」
「まさか人が自然に負けるとわな……」
貴族街は美しく整えられており、自然があるのは城の一部や、屋敷に併設された植物園のような庭園くらいだろう。
そんな環境の中、王都の城壁の外から飛んでくる花粉に苦しめられる貴族たちは、大変そうだった。
人間が自然に勝てることってないのにな。
「用法・用量はしっかり守ってくださいね。回復薬と違って副作用があったり、過剰摂取で毒にも成りかねないので」
「そのために君を呼んだんだからね」
コンラッドが椅子から立つと、次の人に入れ替わる。
ただ、必ず俺の隣におり、何か問題ごとが起きないように対応してくれているのだろう。
念の為に別の症状がないかを聞いて、それに合った薬も作ろうかと思っている。
「次は……」
「ゴホッ! ゴホッ!」
明らかに咳をしている人がやってきた。
椅子にドスンと座ると、寒いのか全身がどこか震えているような気がした。
「主な症状はなんですか?」
「咳と鼻水」
男はぞんざいに答えた。
どこか俺を疑っているような態度に、警戒心がわずかに強まる。
「熱はないですか?」
「こんなに寒いのに、あるわけないだろ!」
マスクもせずに吐き捨てるような言葉が、俺にぶつけられる。
やはりこの世界では、病原菌に対する基本的な知識が乏しいのだろう。
「嘔吐や吐き気は?」
それでも俺は淡々と症状を聞き続ける。
ここで文句を言われても、待っている人はいるし、時間は無情に過ぎていくだけだ。
「早くポーションを渡せ!」
「ポーションを飲んでも、雪の病魔はそこまで変わらないかと思いますよ」
「やっぱり信用ならねぇ! 薬師ギルドから直接買ってくる!」
そう吐き捨てるように言い残し、男は足早に立ち去っていった。
無料でポーションがもらえるとでも思っていたのだろうか。
「インフルエンザでくたばっちまえば……ぐへへへへ」
「メディスン!?」
「ははは、大丈夫ですよ」
俺は特に気にしていないとニヤリと微笑むが、なぜかコンラッドは遠ざかっていく。
苛立っていたのが表に出ていたのだろうか。
「次の方どうぞ!」
再び感情を落ち着かせて、次の人の症状を確認していく。
「あいつ、親父を超えているかもな……」
隣でコンラッドはずっと何かを呟いていた。
♢
俺は急いで薬師ギルドに向かう。
今さっき王族が期待する薬師に直接会ってきた。
どうやら初の宮廷薬師を任命するつもりらしい。
だが、あいつは宮廷薬師になれる器じゃない。ただの偽薬師も同然だ。
「ギルド長!」
薬師ギルドは城の近くにある屋敷で主に作業をしている。
扉を開けると聞こえるのは、鞭を振るう鋭い音と、必死に耐える女の息遣い。
視線が一瞬で俺に集まってくる。
「ああ、あいつはどうだった?」
「ただの出来損ないの薬師でしたね」
私の言葉にギルド長はニヤリと笑う。
よほど嬉しいのか、鞭をさらに強く振り下ろした。
「んんっ!」
女の悲鳴は、口に薬瓶を押し込まれているせいでかき消された。
もし強く噛み締めれば、瓶が口の中で割れ、さらに激痛を味わうことになるだろう。
やがて力尽きたのか、その場に崩れ落ちる。
そんな女を見下ろしながら、ギルド長はポーションの蓋を開け、ゆっくりと背中にかけた。
まるで慈悲を施すかのように。
「色白の女は傷が目立つからな。実験には最適だ」
薬師ギルドは、こうしてポーションの効果を試してきた。
効果が現れるギリギリまで薄め、無駄なく使い、より多くの金を生み出すために――。
「それで、何が出来損ないだと思ったんだ?」
「俺を雪の病魔だと診断していました」
「ははは、それは偽物だな! この時期に雪の病魔になるはずがない。そもそも雪すら降っていないというのにな!」
俺が雪の病魔にかかるはずもない。
この暖かい時期に、そんな病にかかる者などいるはずがないのだから。
「カインよ、引き続き間抜けな王子から情報を探ってこい」
「はい、父様」
ギルド長はそう命じると、闇の中へと姿を消した。
薬師ギルドのギルド長の息子――カイン。
しかし、彼は単なる息子ではない。
薬師にもなれず、スキル【夜使】の影響で、闇に溶け込むように動く暗殺者だ。
薄暗い部屋の中、カインの姿は闇と一体化していた。
まるで〝夜の使い〟そのもの。
静かに足を踏み出し、彼は王子のもとへと向かう。
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