85.宰相、昔を語る ※宰相視点
「コンラッドオオオオオオオ! どうしよう……エルネストの息子を保護するって言ったけど大丈夫かな?」
「おい、オヤジがくっつくなよ!」
宰相の私は上司であり、悪友でもある陛下を押し除ける。
相変わらず何かあれば私に頼ってくる面倒なやつだ。
前までは何かあるごとにエルネストに抱きついていたのに、あいつは自身の領地のことで頭一杯だからな。
「それでコンラッドに案はあるのか?」
ウィズロー公爵家の現当主で魔法師団の団長を務めるイグニスは問い詰めてくる。
「もちろん準備しているに決まってる。すでにエルネストから手紙が来ていたからな」
「なんだってえええええ!? 僕には来てないのに、なんでコンラッドばかり……」
普通であれば手紙一つで落ち込むやつにこの国を任せて良いのかと不安になるが、昔からの性格だから仕方ない。
それもわかっているから、悪友は私に手紙と息子を託してきたのだろう。
まぁ、手紙の内容は半分以上が可愛い息子達の自慢と守ってくれという意味不明な内容だったが……。
だが、実際にエルネストの息子を見た時は、保護しないといけないと思うほどだった。
「まさか新しい回復薬の発表とともに、薬師ギルドと錬金術師ギルドの不正疑惑を一緒に見つけてくるとはな」
魔法師でポーションと関わりが深いイグニスからしても、今回の事実はかなり衝撃的のようだ。
「国民のためにも保護しない理由はないね」
この場にいる全員が小さく頷く。
ポーション問題は毎年話題になるぐらい需要と供給がかけ離れている。
安価で数が増えれば、命を落とす人も少なくなるだろう。
「ノクスフォード公爵家は代々貴族派だから、何をやっていてもおかしくないから気をつけないとな」
ただ、派閥問題が大きく関わっている。
この場に残っているのは陛下と関わりが深い王族派だが、他の役職には貴族派の人も少なくない。
国の未来のために発展しようとする王族派と伝統的なことを残そうとする貴族派。
彼らの耳に入れば大事になるに違いない。
「それでどうするつもりだ?」
イグニスは私に問いかける。
「私はエルネストの息子を宮廷薬師として迎えるつもりだ」
「宮廷薬師?」
「ああ、今まで薬師はノクスフォード公爵家の薬師ギルドで保護されていた。別に宮廷薬師を新しく作っても問題ない」
私が考えたのは名誉を与えて雇うということだ。
それに今まで王族のための宮廷薬師がいないこと自体おかしい。
最悪、王都にいなくても、ルクシード辺境地から回復薬を送ってもらえばいいからな。
なぜ今までエルネストの息子が目立たなかったのか……。
いや、どうせエルネストのことだから、目立たないように隠していたのだろう。
「陛下、それでよろしいですか?」
「うん! さすがコンラッドだね!」
時代が変わる一歩になりそうだが、陛下はあまり物事を考えていないのだろう。
「それにしても親子揃って同じ笑い方するんだな」
「僕も思ったよ! あれが神の微笑なのかと……」
エルネストの話になると、すぐに首を突っ込んできた。
「陛下は昔から守られていましたね」
陛下は昔からおどおどしており、引っ込み思案な性格だった。
幼少期から顔見知りの私達ですら、顔を合わせると逃げていくような子どもだ。
次期国王だと知られていれば、己の利益のために邪な気持ちを隠して近寄ってくるものが多い。
そんな幼少期を過ごした陛下は、学園に入学する時には人が信じられなくなった。
「エルネストは僕に優しくしてくれたからね」
そんな陛下が唯一懐いたのがエルネストだ。
エルネストはあの笑みのせいで誰も人を寄せ付けず、学園で孤独だった。
自己紹介でニヤリと笑った時は、クラスは悲鳴と絶望に包まれた。
私達もその一人だ。
全身が震えて、まるでお伽話の魔王に直接会ったような気がした。
冷や汗が止まらず、息が詰まった感覚は今でもあの時にした味わったことがない。
当の本人は何日も笑う練習をしていたと言っていたっけ……。
「あれは勝手に陛下がくっついていただけじゃないか?」
「そんなことないもん! エルネストも僕と親友だって言ってた!」
田舎の貴族だったこともあり、エルネストは陛下のことを知らず、ごく普通に接していた。
陛下にとっては誰も寄せ付けない男の隣で、自分にだけは損得抜きの好意を向けてくれることが、何よりも心地よかったのだろう。
「エルネストはビクビクしていたけどな」
「だって、みんなが僕のことを言いふらすからだよ!」
卒業する頃には次期国王なのがバレて、学園一怖られた男が、小動物のような陛下にビクビクしていたのが面白かった。
近くにいた人に毎回視線を送って助けを求めていたが、ここにいる陛下以外の三人以外はすぐに逃げ出していたな。
あの頃を思い出すと、自然と笑みが溢れ出てくる。
こんな気持ちを思い出させてくれたエルネストの息子には感謝だな。
謁見している姿が、まるで昔の私達を見ているようだった。
「ハクション!」
「おいおい、良いところでくしゃみをするなよ」
「すまない」
相変わらず口下手で寡黙なゼクトが空気を壊す。
ルミナス公爵家の現当主にして騎士団長の彼もまた、エルネストのことを熱く信頼していた一人だろう。
私とイグニスとは違って、意図したわけでもなく、無自覚に嫌われやすい接点を待っているからな。
春の訪れとともに予定されている辺境の魔物討伐にも、ゼクトはどこか嬉しそうに向かっていたくらいだ。
誰もが死地と呼ぶ魔境へ進んで行きたがる者など、本来いるはずもないというのに。
今年は自分の娘が行くことになって、しばらく騎士団が魔境になっていたという報告が上がっていたな。
ゼクトは娘にまで口下手だから、娘のやることに何も言えないらしい。
男装してわざわざ騎士団に入団するのが、本人の希望だとゼクトは思っていそうだしな……。
「あっ、そういえばさっきエレンドラから回復薬みたいなのをもらったぞ?」
イグニスはポケットから白い回復薬を取り出した。
さっき見た回復タブレットと呼ばれていたものに似ている。
そもそもポーションを固形にして、持ち運びしやすくする方法を考えついたのも驚きだ。
「エルネストの息子がこの時期に起こるくしゃみや鼻水、目の痒みはアレルギーという反応だからこれを飲めば――」
私は考えることもせずに、すぐに一粒手に取り口に入れた。
「あっ、僕が一番がよかったのにね!」
「陛下、毒味は必要です」
これも陛下のためにした毒味だからな。
同じ症状で悩んでいるのはゼクトだけではない。
貴族達はみんな仕事に支障が出るほど、鼻水やくしゃみに苦しんでいる。
最悪寝込んで動けなくなる人もいるぐらいだ。
「そもそもあの回復薬じゃなくて、これで宮廷薬師になれないのか?」
「「「はぁ!?」」」
滅多に話さないゼクトが声を上げた。
確かにさっき見せてもらった回復薬も凄かったが、ポーションでは全く効果がないと有名なこの症状を緩和できるだけでも、宮廷薬師と呼ばれてもおかしくない。
「陛下、今すぐに動きましょう」
「よしエルネストの息子、メディスンを宮廷薬師にしよう!」
すぐに私達はエルネストの息子を宮廷薬師にする準備を進めることにした。
謁見の間から出る時に、何者かの気配を感じた。
「すごいことを聞いたな……。面白いからカインにも教え……」
「誰かいるのか?」
再び謁見の間を確認したが、誰の姿も見えない。
どうやら私の勘違いだったようだ。
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