76.薬師、引きこもりの実験結果
安全性を考慮して屋敷にこもること数日。
俺は優雅なスローライフを送っていた。
「ぐへへへ、エリクサーエッセンスは本当に万能だな」
「ぐふふふ、さすが兄貴ですね!」
ポイズンポーションやパラライズポーションを作ろうと思った時、同じような成分で製成してみたが、できるのはその毒にあった回復薬だけだった。
主成分が毒とライフエッセンスおよびマナエッセンスだが、薬というちゃんとした形にはなる。
ただ、何の毒にでも使える万能薬は完成しなかった。
そこで使ったのがエリクサーエッセンスだ。
毒は毒同士で掛け合わせても強い毒となる。
その結果、ウニョウニョしたあいつが現れるからな。
しかし、ライフエッセンスやマナエッセンスを追加して回復薬に使用しようとした瞬間、急に反応しなくなる。
まるで悪である毒と聖であるエッセンスが、拒否反応を起こしているようなイメージだ。
エリクサーエッセンスは万能な成分だと思ったが、ライフエッセンスやマナエッセンスとは少し違う立ち位置にあるのだろう。
ちなみにエリクサーエッセンスと魔力粉で回復タブレットを製成しようと思ったが、それも失敗に終わった。
本当に不思議な成分で、魔法と言われたらそれで納得しそうだ。
――コンコン!
「メディスン、今日は外に……すごい顔をしているわね」
扉を開けて入ってきたのはエレンドラだ。
実験をしている俺の顔を見て言ったのだろうが、俺からしたらエレンドラの方がすごい顔している。
「いや、そっちの方がレモンを食べたような顔をしているぞ?」
「だって……どうしようもないんだもん!」
目が開けにくいのか半目の状態で、鼻を何度も啜っている。
気温が暖かくなって、異世界にこの症状が現れるとは思いもしなかった。
――花粉症
現代社会でも春に近づくと花粉症で悩む人が多いだろう。
王都に住んでいる人達も花粉症のように、目を掻いたり、くしゃみをしたり、鼻水を垂らしている。
「何でメディスン達は平気なのよ!」
「あー、メディスン薬をくれ」
花粉症になっているのはエレンドラだけではない。
セリオスも花粉症に悩まされているその一人だ。
むしろ王都に住むほとんどの貴族が悩まされているそうだ。
花粉症には幼少期に花粉に暴露されることで、免疫システムが花粉に対して過敏に反応しないようになる〝曝露理論〟というものが存在している。
田舎に住む俺やノクスやステラはその影響か全く症状が出ていない。
それにあまり空気が綺麗なところではない平民街に住んでいた、ルーカスやリシアも特に症状は現れなかった。
反対に常に綺麗な空間にいるが、花粉が飛び散るほどの風邪もなく、高い建物が多い貴族街だけが困っていた。
それに美しさを気にして、そこら中に花や木が多く植えられている。
「あまり汚いものに触れる機会が少なく、免疫システムが反応しやすくなっているんだよ。体が勝手に拒絶して戦っている証拠だ」
「私達が聖国の聖女を嫌っているのに近いのね」
「えっ……そうなのか?」
セリオスとエレンドラは大きく頷いた。
二人にとって聖女はアレルゲンという扱いなんだろう。
俺はすぐに二人に薬を処方することにした。
「こっちはロラタジンでこっちがフェキソフェナジンだな。長く効くのはロラタジンだが、速効性があるのはフェキソフェナジンだが、どっちが……なんだ?」
俺は薬の説明をしているが、二人とも花粉症の影響かぼーっとしている。
「変な呪文を唱えているけど、どういうことだ?」
「私にもわからないわよ」
いや、単純に何を言っているのか理解できていないようだ。
聞いたことのない成分名をペラペラ話されても、呪文にしか聞こえないだろう。
花粉症には抗ヒスタミン薬が使用される。
その中でもロラタジンはクラリチン、フェキソフェナジンはアレグラとも呼ばれているため、日本ではコマーシャルを見て知っている人も多いだろう。
どちらも眠くなりにくく、副作用が少ない特徴がある。
「それにしても、なぜ今までメディスンは外に出てこなかったんだ?」
「こんな優秀な人を見つけられなかったって、学園の恥だわ」
「ぐへへへ、それでどっちに……はよ、選べよ!」
不意に褒められて笑ってしまった。
一緒にいる機会も増えて、距離感も近づいた気もしたが嘘のようだ。
気づいた時には物理的に距離が取られて、俺がアレルゲンのような扱いをされていた。
まぁ、二人を実験台にしているから仕方ないよな。
どちらの薬剤も分子レベルまで成分を抽出できるようになったことで、簡単に作ることができた。
ただ、人に使うのも怖いから未だに実験段階でもある。
それを本人達にも伝えたが、二つ返事で協力してくれた。
むしろそれだけ花粉症に困っているのと、なぜか俺との信頼関係ができていた。
薬が欲しい時にその都度製成し、状態を確認するため今日も二人で訪れている。
「僕も治験したかったです……」
「なら、ルーカスは毒でも飲んでみるか?」
「メディスン様のお役に立てるなら、毒でも飲んで見せましょう。排泄物でも大歓迎です!」
「あっ……それは遠慮しておきます」
ルーカスは胸を張って答えるが、俺はすぐにルーカスから離れる。
「なんでですか!? 僕はメディスンのことを思って……って離れないでくださいよ!」
一緒に実験する時間が長いからか、ルーカスはクレイディーと似たようで違う怖さを感じるようになった。
トイレに行こうとした時も、ひっそりとついてきたり、手で受け止めましょうかと言って手を準備しているからな。
全てが冗談だと思うが、本気に聞こえてくるのが、さらに怖いところだ。
「メディスン様、待ってくださいよ!」
俺が笑った時にみんなが逃げる感覚をいつのまにか、俺が経験するとは思いもしなかった。
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