71.薬師、聖女に会う
「兄さん、起きて!」
「おにいしゃま、ちんでるの?」
「兄貴ー!」
「まだ串焼きもらってないよおおおお!」
朝からベッドの周囲でワイワイとする声が聞こえてくる。
それに地震かと思うほど、誰かが俺を揺らしている。
「お前らいい加減にしろおおおおお!」
俺は堪えきれず怒鳴りつけた。
だけど、4人はニヤニヤした顔でこっちを見ている。
ルーカスとリシアが追加されたら、想像以上に朝から賑やかになった。
「起きたばかりなのに、なんで眠たそうなの?」
基本朝は低血圧なのか寝起きが悪いからな。
それでも起きなかった俺をノクスは心配そうに顔を覗いていた。
「いや、夜中に起こされてね……」
俺はルーカスをジーッと見つめるが、中々目を合わせようとしない。
ルーカスに起こされてから、中々寝付けなかった。
なぜか人の視線をずっと感じ、まるで監視されているような気がした。
クレイディーは近場にいないし、監視する人はいないはず。
みんなに掴まれて金縛りだと勘違いしていたものが、本当に金縛りだとは思わなかった。
一度セリオスにも幽霊がいないか、確認した方が良いだろう。
「兄さん、今日は何をするの?」
「しゅてらもいっしょだよ?」
「兄さん、すぐ僕達を置いていくもんね」
昨日は弟妹達と別行動をしていた。
そのため、今日は離さないと言いたげな表情をして、ぎゅーっと腕を掴んでくる。
ああ、今日も弟妹達は可愛いな。
ただ、今日はすでにやることは決まっている。
「今日は教会に行くぞ!」
父が王都に来た時のために、教会との繋がりを深めるつもりだ。
それにセリオスの話では、聖国の聖女が王都にしばらく滞在しているらしい。
聖国の聖女といえば、勇者パーティーのメインヒロインであるあの人だろう。
女性キャラクターの中では、エレンドラとヒロインの座を争うぐらい人気だ。
「あとはルーカスのポーション作りに協力するつもりだ」
「兄貴、一緒にやってくれるんですか?」
「ああ、夜中に約束したからな」
「ふふふ、兄貴と共同作業か。ひょっとしたらあんなことやこんなこと――」
どこかクレイディーと被るルーカスはずっとブツブツと何かを呟いていた。
ルーカスをそのまま放置して、俺達は先に朝食を食べにいくことにした。
「それで……なぜエレンドラさんがいるんですか?」
「私がいちゃいけない理由はないわよね?」
「いや、毎日来られても私も困……いやいや、毎日来てくれ」
いざ、広間に行くと帰ったはずのエレンドラがいた。
朝からセリオスに会いにきたのかと思ったが、セリオスも知らなかったらしい。
「それに教会に行くんでしょ? さすがにメディスンだけじゃ心配だからね?」
「心配って……」
「ははは……私は教会に行きたくないな。聖国の聖女って癖が強いんだ」
「私も一度会った時は驚いたぐらいだからね」
かなり癖のあるエレンドラが驚くほどの癖が強い聖女って……。
本当にゲームの世界にいる聖女と同一人物だろうか?
いつもニコニコして、勇者の一歩後ろから常にサポートしていた可憐な女性。
それが聖女のイメージだ。
ただ、ゲームの舞台である魔王復活は何年後かと想定すると、ゲームの中の性格に変わる何かが今後起きるのかもしれない。
少し不安に思いながらも、食事を終えた俺達はすぐに聖女がいる教会に向かった。
「ここが教会……なのか?」
「あー、聖女の好みで色を変えたらしい」
教会といえば青と白がベースの色に、所々に黄色や金を散りばめた色合いが多い。
そのため、教会も真っ白で純真をイメージしてあったりするが、目の前にあるのはピンクを中心とした、まるで大人のホテルを連想する見た目をしていた。
「ノクス達は屋敷に戻った方が……」
「なんで? 僕達だけ仲間はずれ?」
「おにいしゃま、ひどい……」
「ああ、ごめんごめん!」
ノクスとステラは泣きそうになりながら、チラチラと俺を見つめてくる。
可愛い弟妹達にそんなことをされたら、一緒に行かないという選択肢はない。
ただ、変なものを見たらすぐに目を塞ぐ準備はできている。
「ひょっとしたら私も小さくなったら婚約してもらえるのかしら? それなら魔法を使えば使うほど、メディスンの好みになるわね。幸い胸はそのままだから、メディスンも好きに――」
あっ、すでに目の前に変なやつがいた。
エレンドラが不吉なことを言っているが、今回も無視だ。
ルーカスやエレンドラといい、クレイディーと似ているやつらばかり、俺の周りには集まってくる。
類は友を呼ぶってやつか。
ん?
それなら俺もおかしい奴ってことか?
気を取り直して、俺達はゆっくり教会と扉を開けて中に入っていく。
「「わぁー」」
ノクスとステラは教会の中を見て楽しそうにしていた。
ただ、前世の記憶がある俺からしたら、やはり二人を連れてくるのを間違えた気がした。
礼拝堂の壁や天井は淡いピンク色で統一されており、窓のステンドグラスには女性の絵が描かれていた。
外から光が反射すると、部屋全体が濃いピンク色に染まり、まるで愛の空間に包まれているような気がする。
それに天井のシャンデリアには、ハートの装飾品がいくつも付いていた。
「内観もラブホチックかよ!」
つい言葉に出てしまった。
メルヘンチックと言われれば、そうかもしれないが、明らかにいやらしいムードを感じる。
しかも、奥には輝かしくピンクの光に照らされる大きなベッドがあった。
明らかに危ない雰囲気に、ノクスとステラの手を掴もうとするが、すでに二人はいなかった。
「ふかふかなソファーだね」
「でもみんなしゅわれないよ?」
教会にあるはずのベンチはなく、そこには二人掛けのソファーしかなかった。
ソファーの上に座り、楽しそうに飛んではしゃいでいる。
まるでカップルシートばかり並べられた教会に恐怖を覚える。
ああ、前世の俺は独身、彼女なしの独り身だったからな。
だから、この世界に来ても前世のことを気にしなくてもよかった。
「ようこそ、百合の園においでくださいましたね」
ベッドの上には女性が足を組んで座っていた。
スラッと伸びた綺麗な脚にきっと世の男性は鼻を伸ばして……いや、ルーカスはなぜか俺を凝視している。
女性はベッドから立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。
淡いピンクとクリーム色を基調としたローブに襟元や袖口には金色の刺繍が施してある。
胸元にはローブに似た色の百合の花が添えられている。
誰がみてもあれが噂の聖女だとわかる。
それぐらい教会の中で輝いて見えた。
「ぎゅふふふ、愛しの推しカップリングが……」
だが、どこか聖女の様子がおかしい。
「ヒィ!?」
「メディスン助けて!」
聖女が近づくと同時にセリオスとエレンドラは俺の後ろに隠れた。
まるで聖女を怖がっているようだ。
「あなたの名前はなんですか?」
「俺ですか? メディスンと言います」
目の前に来た聖女はやはり儚く消えそうな白い肌に白に近い金髪が特徴的な女性だった。
そこはゲームの中の聖女と変わらないようだ。
「チッ、邪魔なやつが出てきたか」
いや、ゲームの中の聖女とは全く異なっていた。
それになぜか聖女は露骨に俺のことを嫌っていた。
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