67.薬師、ビンタをする ※一部第三者視点
「セリオス様、助けてください」
俺はセリオスに助けを求める。
クレイディーが俺の上に倒れてきたら、必然的に腕に抱えていたルーカスとリシアも落ちてきた。
今度は俺が人に圧迫されて逃げられないでいた。
「本当に世話が焼けるやつだな。さっきも血の匂いがしないとわかれば、誰も死んでいないってわかっただろ?」
「そんな戦闘狂みたいなことあなたにしかわからないわよ」
それなのにセリオスとエレンドラは笑いながら話している。
二人とも俺に嫌がらせでもしたいのだろうか。
「呑気に話していないで助けてくださいよー!」
段々と息もしづらくなってきた。
「メディスン、ここにサインをしてくれたらいいわよ」
こんな状況でエレンドラが紙を渡してきた。
そこには〝婚姻届〟と書かれている。
こんな状況でも、しっかりと欲望のまま動くエレンドラを尊敬はできるが、今はそれどころではない。
「ダメだ……」
「私は何度でも諦めないわよ!」
「いや……俺が死にそうだ……」
「うぇっ!?」
段々と血の気が引いて、顔色も悪くなっているだろう。
異変に気づいたエレンドラはすぐに俺を救助しようとする。
それでも女性一人では無理だろう。
「いくわよ!」
エレンドラが声を上げると、俺の腕を掴み勢いよく引っ張り出す。
「へっ?」
今度は俺が驚いてしまった。
俺の上に三人も乗っているのに、エレンドラは平気な顔をして俺を引っ張り上げた。
ひょっとして頭だけではなく、力も強いのだろうか。
「メディスン大丈夫? 死んでない? 死んでたら遺体を保存魔法で腐らないようにして一緒に暮らして……いや、死霊魔法を開発してアンデットにしたらずっと一生に――」
「まだ生きてますよ!」
どうやら俺はエレンドラより長生きしないと、死んでも執着されそうだ。
無事に人の圧迫から逃れた俺は体を起こす。
「二人は!?」
すぐにルーカスとリシアの状態を確認する。
しっかりと脈拍は感じ、息はしているため、一時的に気絶しているだけだろう。
クレイディーの方は――。
「ああ……なんと神々しくて尊いのだろうか……。ああ……メディスン様……」
クレイディーはあれで気絶しているんだよな?
寝言みたいなことを言っているから、特に問題はないようだ。
それよりも、鼻の穴に回復タブレットが詰まっていることの方が気になる。
新しい治療方法でも思いついたのか?
俺も今度やってみよう。
「うっ……」
ルーカスは薄っすらと目を開けると、次第に視線が合う。
「大丈夫か?」
「メディスンさん……」
少しぼーっとしてはいるが、反応はしっかりしているから問題はなさそうだ。
「あっ、家が……!」
ルーカスはすぐに体を起こすと、ふらつきながらも周囲を見渡す。
瓦礫の山になっている家を見て、ルーカスの瞳から涙が溢れ落ちていく。
「母さんが唯一残してくれたものなのに……」
座り込むルーカスに俺は声をかけることができなかった。
今は現状を受け止めるためにも、そのままにしておいた方が良いだろう。
誰がこの現状をやったのかはわからない。
だが、この場からすぐに離れた方が良い気がする。
「セリオス、リシアを頼む」
俺はセリオスにリシアを背負ってもらうと、クレイディーを起こすことにした。
「あー、メディスン様……こんな私に処罰を……」
近づくとクレイディーは口元をニヤニヤとさせていた。
まぶたもわずかにピクピクとしている。
「お前、いつまで寝てるんだ?」
クレイディーの頬を強く叩くと、目を大きく見開いた。
「ああ、この痛み……いや、これは祝福だ。私の魂が浄化される……」
「途中から起きてただろ?」
チラチラと視線を感じていたが、やはり起きていたようだ。
目を覚ましたのに、俺に起こしてもらおうと算段していたのだろう。
強めにビンタをしたはずなのに、とろけそうな顔で見つめてくるクレイディーは無視だ。
「ルーカス、今は身の安全が第一優先だ」
「うん……」
泣き止んだルーカスの肩をそっと叩き、セリオス達と共にルミナス公爵家の屋敷に戻ることにした。
♢
「ちゃんと孤児は始末できたのか?」
「はい! ご命令通り孤児の兄妹を処分しました」
「そうか」
ある屋敷で男は、貧民街にいる孤児をすぐに処分してこいと部下に命令を下していた。
なんでも孤児がポーションを作っているという情報が入った。
「ポーションは薬師ギルドが管理しているからな」
男の手には孤児が作ったと思われる小瓶を持っていた。
純度が高く、輝くポーションに男は笑みを浮かべる。
中に入っている液体を口に入れる。
男はゆっくりと液体を喉に流し込み、その味と効果を確かめるように目を細めた。
「純度が高いだけじゃない。効果も即効性も申し分ない。これが売られていたら、薬師ギルドのポーションが売れないな」
口の中に広がるほのかな甘みと、喉を通る際に感じる爽やかな冷たさ。
さらに体の内側から湧き上がるような回復の感覚。
それは薬師ギルドで生産されるどのポーションよりも優れていることを、男に確信させた。
「これが孤児の手作りだなんて皮肉な話だな。だが……」
男はふと笑みを消し、小瓶をじっと見つめる。
「これが広まれば、薬師ギルドの存在価値そのものが脅かされる。たとえ誰が作ったにせよ、消さなければならない」
このポーションの製法を奪うべきか、それとも、孤児たちの手から奪い去り、存在そのものを闇に葬るべきか。
選択したのは全てをないものにすることだった。
「孤児達にチャンスを与える義理なんてない。全てはギルドのため……いや、この国のためだ」
男の目が冷たく光り、再び笑みが浮かぶ。
その笑みにはどこか、計算された悪意が宿っていた。
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