66.薬師、孤児について学ぶ
翌日、セリオスとエレンドラを連れてルーカスが住む家に向かうことにした。
「孤児が少ないな……」
「普段なら子ども達が物乞いしていることが多いのに不思議ね」
路地裏に入っていくと、昨日はチラホラと見かけた子ども達の姿がない。
辺りは静けさが漂っており、反対側にある商店街からの声だけが響いている。
「王都に孤児が多いのは何か理由があるんですか?」
「ごほん! ここは妻の私が教えてあげますわ」
エレンドラは強引に詰め寄ってきて。
すでに俺の妻になっているようだ。
「あっ……いや、妻ではないので遠慮……」
「教えてあげますわね!」
「あっ……はい……。あと、近いです」
俺とエレンドラの距離はわずか数センチメートル。
「あわわわ、あなたがホイホイと人を寄せ付けるのがいけないのよ!」
それに気づいたエレンドラはすぐに俺から距離を取る。
まるで台所にいるあいつらを集める商品のような言いようだ。
別に俺が集めているわけではないからな。
エレンドラは離れたところでジーッと俺を見つめながら説明を続ける。
「王都は都市だから人口の流入が激しいのよ。他の領地から仕事を求めてきても、他の領地に比べて税率が高いから、王都に残っていけないことが多いわ」
どうやら商店街で働いている人達は優秀な人なんだろう。
「それなら自分の領地に……」
「ええ、ある程度お金があり、元気な人は生まれ故郷に帰れるでしょう。ただ、過酷な労働条件で働いていたところに、病魔の流行が重なればどうなるかはわかるわよね?」
「ポーションが手に入らないから、亡くなる人が多いのか。それに子どもだけ生き残っても、孤児として生きるしかないのか」
俺の言葉に二人は頷いていた。
そもそも王都の平民は全体的に死亡率が高いらしい。
ルーカスの作ったポーションが、まさかこんな形で関わっているとは本人も思っていないだろう。
「これに関しては政策を立てても貴族派が反発するから、うまくいかないことが多い」
「結局はポーションの値段を薬師ギルドが決めているのがいけないわね」
貴族派に属する薬師ギルドがポーションの供給に制限をかけている。
作っても貴族優先に売っていれば、平民の手にポーションが渡るわけがない。
それにポーションの効能も低ければ、少しだけ手に入れても変わらないだろう。
大量に入手することができる貴族だけが生き残れるというわけだ。
そうやって貴族派は薬師ギルドを利用して、資金を稼いでいるのだろう。
「聞いてて胸糞悪いな」
薬を使ってお金を稼ぐこと自体は悪いことではない。
それで生活が成り立っているのもある。
ただ、本来薬はすべての人に公平に与えられるものだ。
それを支えるために薬師が存在している。
助けられるものを手放して、金を稼ぐのは間違っているだろう。
考えれば考えるほどイライラして、歩くスピードが速くなってしまう。
「なんかメディスン怒ってないか?」
「ふふふ、それがメディスンの良いところなのよ」
気づいた頃にはセリオスとエレンドラは、かなり後ろの方に歩いていた。
「もうそろそろ家が……」
俺は異変に気づきルーカスの家に駆け寄る。
孤児が少ないのは、裏でクレイディーが関係していると思っていた。
だが、この現状を見て、別の問題が起きているような気がした。
「本当にここに家があったのか?」
「こんなところに誰も住めないわよ?」
遅れてきた二人もその光景に首を傾げていた。
昨日まで目の前にあった家が崩れて、ただの瓦礫の山になっていた。
「ルーカス! リシア!」
俺は瓦礫の山に向かい声をかける。
反応がないことに気づき、必死に瓦礫退かしていく。
ここにルーカスとリシアがいなければ良い。
ただ、二人が帰る家はここにしかないだろう。
昨日来た時には、屋根は一部分だけなかったが簡単に崩れるような見た目はしていなかった。
明らかに人の手が加えられているのは一目瞭然だ。
昨日の時点で無理やりにでも連れて行けばよかった。
そんな後悔の念が押し寄せてくる。
「つっ……いるなら返事をしてくれ!」
手に痛みが走る。
手元を見ると、瓦礫で切れたのか血が流れ落ちていく。
それでも今は助けることが第一優先だ。
俺には回復タブレットですぐに治せるからな。
その後も気にせずに瓦礫をどかしていく。
死んでしまったら、治せるものも治せない。
手が血だらけになりながらも二人を探す。
「メディスン、本当に彼らはここにいるのか? あまり血の臭いはしないが……」
「そうよ……。いくらいたとしても、こんなところで下敷きになっていたら――」
俺はセリオスとエレンドラに止められた。
二人は一度落ち着けと言いたいのだろう。
「二十四時間以内であれば、生きている可能性が高いんだ!」
瓦礫の中で圧迫されている場合、血流が遮断されて壊死やクラッシュ症候群を引き起こす。
クラッシュ症候群は圧迫された筋肉が壊死することで、体に必要な成分や物質が有害物質として働いてしまう状況のことをいう。
有害物質が働き高カリウム血症になれば、心臓が痙攣して最悪の場合、心停止する。
圧迫されている時間が少なければ少ないほど、生きている可能性が高い。
「それに新しく作った回復タブレットなら、前のやつよりも回復力が高いし、他の薬でどうにかなるかもしれない」
幸い分子レベルで抽出できるようになった今では、様々な薬が作れるようになった。
この世界なら回復タブレットもあるために、治る可能性も捨てられない。
それでも必要な輸血もないし、治療する人物がいないため、より速く救助するしか方法がない。
「メディスン様?」
瓦礫を取り除いていると、どこからか声が聞こえてきた。
「ふぇ……?」
路地裏の奥の方に目を向けると、クレイディーが歩いていた。
その腕には誰かが抱え込まれている。
「ルーカスとリシア……か?」
「ええ、彼らなら無事――」
「うわええええええん、クレイディーよくやった!」
俺はそのままクレイディーに勢いよく抱きつく。
ルーカスとリシアはぐったりとしているが、どこも怪我はしていなさそうだ。
「メメメメメディスン様!? それ以上は浄化されちゃ……」
「あー、よかったー! これで……おい、クレイディー……おい!?」
ルーカスとリシアは無事だったが、クレイディーはそのまま俺に倒れてくるように気絶した。
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