57.薬師、人の家でも実験する
「うっ……ここは……」
俺は目を覚ますとベッドの上で寝ていたようだ。
だが、これはどういう状況だろうか。
「はぁ……はぁ……メディスン様」
「クレイディー? なぜお前が俺に膝枕をしているんだ?」
「これはメディスン様から頼まれ――」
「俺が言うと思うか?」
俺は目を細めてクレイディーを問い詰める。
「そんなに穴が開くまで見つめられたら、体を差し出しても足りない――」
「遠慮しておく」
また変なことを言う前に断っておく。
話を合わせると止まらなくなりそうだからな。
「ぬぬぬぬ……」
俺は体を起こそうとするが、言うことを全く聞かない。
「メディスン様、まだ起き上がれないほど弱っているじゃないですか」
本当に俺は弱っているのだろうか。
チラッとクレイディーから視線をずらす。
「おい、お前肩を掴んでいないか?」
「いえ、そんなことは……」
もう一度体を起こそうとすると、クレイディーが肩に触れて押さえつけてくる。
これだと物理的に起き上がれないからな。
相変わらず若手騎士とは思えないほど、力が強い。
回復タブレットを訓練の合間に飲ませたのが間違いだったようだ。
「そんなに押したら痛い……」
「はぁ!?」
実際は全くもって痛くはないが、すぐに自分の非に気づいたのだろう。
俺を放り投げて、床に座り込んだ。
クレイディーは、自身の額が地面にめり込むほど擦りつけている。
「メディスン様、どうか私に処罰を与えてください。剣で胸をおもいっきり一突き……いや、それだと足りないから、指を一本ずつ切り落とした方が――」
そんなに言われると、俺もあまりの恐怖に戸惑ってしまう。
ただ、よーく顔を見ると、クレイディーが何を考えているのかわかる。
ニヤニヤと笑う口元が隠せていないぞ。
ここで俺が処罰を与えたら、クレイディーの思惑通りになるだろう。
「寝不足で倒れたところをクレイディーが運んでくれたのか? 記憶が曖昧でな……」
「記憶がないですと!?」
俺が思い通りに動くはずがない。
それに言ったことは間違いではない。
朝食を食べていたら、賢者のエレンドラが来たところまでは覚えている。
だが、その先の記憶は全く残っていない。
きっと寝不足でそのまま寝落ちしてしまったのだろう。
「記憶がないなら柱に括り付けて、神として祀り上げてしまえばいいな」
チラッとクレイディーは狂気じみた笑みを浮かべながら、独り言のように呟いていた。
「誰にも触れさせない、誰にも奪わせない。神が望む望まないは関係ない。メディスン様が永遠に私のものになるなら、それでいい」
何を言っているのか聞こえづらいが、ブツブツと呟くのは止まらない。
「クレイディー?」
「はい、なんでしょうか!」
名前を呼ぶと目をキラキラと輝かせて、近寄ってきた。
まるで尻尾を振っている大型犬に見えてくる。
「俺は罰を与えるつもりはないからな」
「チッ!」
俺の言葉に露骨に嫌な顔をされていた。
普通は罰を与えられる方が嫌だけどな……。
「それで今何時だ?」
「はあああああ、メディスン様が私を頼ってくださってる……」
うん……。自分で確認した方が早そうだ。
俺が時計を見ると、すでにお昼前になっていた。
チラッと視線を戻すが、クレイディーはさっきまで顔を上げていたのに、今度は頬を地面にスリスリとして祈りを捧げていた。
あまり強く擦り付けると、頬が傷だらけになりそうだ。
「回復タブレットでも食べて、早く傷を治せよ」
「ああ……もう私は後悔などありません」
回復タブレットを渡すと、今度は回復タブレットに向けて頭を下げていた。
ここまでくると、誰もクレイディーを止められないだろう。
「そういえば、ノクスとステラはどこに行ったんだろう?」
周囲を見渡しても姿が見えない。
ラナもいないなら、一緒に何かをしているのだろう。
「俺も何か実験でもしていようかな」
ちょうどサプリメントを作ろうかと思っていたから、時間的にもちょうど良い。
特にやることもないし、引きこもりの俺が外に出る理由が特にないからな。
「カルシウムとビタミンDは骨を強くするのに欲しいし、貧血予防のために鉄分も……いや、オークの肉で栄養は確保できていそうだからな」
いざサプリメントを作ろうと思ったが、過剰摂取による問題が発生することに気づいた。
鉄分だと排泄機能が未熟な子どもだと、鉄剤を飲むと過剰摂取しやすくなることもある。
急性鉄中毒や鉄が臓器に溜まるヘモクロマトーシスも起こるかもしれない。
この世界の食べ物の栄養素が同じなら問題。
知らない状態でサプリメントを飲むのはリスクがある。
本当に足りない時にだけ、必要な分だけを摂取できるようにしよう。
「さっきからどうしたんだ?」
「メディスン様の神秘的な佇まいに心を奪われておりました」
クレイディーはずっと隣で祈りを捧げながら眺めていた。
こんなところを見て、何が面白いのだろうか。
「あっ、メディスン様に奉納するために、これを預かっておりました」
急にクレイディーは立ち上がると、突然思い出したかのように、鞄から何かを取り出した。
その手には魔石が握られていた。
「おー、忙しかったから助かったよ」
討伐した時に出た魔石を譲ってもらう約束をしていたが、オーク討伐後から忙しくて忘れていた。
その後、そのまま王都にきたため、クレイディーが代わりに預かってくれたのだろう。
「オークジェネラルの魔石を用意いたしましたと聞いています」
オークキングは俺が姿形が残らないほど、消滅させてしまった。
次に価値が高いのはオークジェネラルだ。
以前ステラから魔石をもらった魔石を抽出した時に、ランクがあることが気になっていた。
回復タブレットが下級なのもあり、元の魔力粉にもランクがあれば、さらに高能である回復タブレットができるかもしれない。
俺は早速もらった魔石を抽出することにした。
【抽出結果】
Bランク魔石→中級魔力粉+クラッシュエッセンス
予想していたことが的中した。
魔石のランクが上がることで、中級魔力粉を抽出することができた。
だが、もう一つのエッセンスが気になった。
「クレイディー、クラッシュエッセンスって知ってるか?」
「申し訳ありません。何もお手伝いできない私の爪を今すぐに一枚ずつ剥ぎ取ってください」
嬉しそうに指を差し出してくるクレイディーに背中がゾクゾクとする。
こいつはどこまで狂ってしまうのだろうか。
すでに俺はお腹パンパンだ。
「いや、知らないなら問題ない」
とりあえず、クラッシュエッセンスは瓶の中に入れておくことにした。
俺の予想が正しければ、これは薬じゃない違うところで使うことになるはず。
ゲームの中でも、錬金釜の素材の中にクラッシュ系というものが存在していた。
いくつも種類はあったが、簡単にいえば特殊武器を作るのに必要な素材だ。
魔法武器や闘気武器を錬金する時に使う。
その中でも闘気武器でもあるクラッシュ系は、破壊の特殊能力が付いていた。
ただ、俺には必要ないものだから、このままお蔵入りになるだろう。
「新しい回復タブレットも作ってみるか」
俺は早速回復タブレットで使う魔力粉を中級魔力粉に変えて作ることにした。
【製成結果】
(エーテルエキス+中級魔力粉)+ゼラチン
製成物:中級ライフタブレット
効果:魔力を筋骨格に働きかけ、体力を回復させる。自然回復力も上がり、耐久力を底上げさせる。
「んっ? 違いがわからないな……」
製成物が中級に変わったのはすぐにわかったが、効果の変化が同じような気がする。
俺は初級ライフタブレットを製成し、見比べることにした。
【製成結果】
(エーテルエキス+魔力粉)+ゼラチン
製成物:初級ライフタブレット
効果:魔力を筋骨格に働きかけ、体力を回復させる。少しだけ自然回復力も上がり、耐久力を底上げさせる。
「あー、少しだけじゃなくて、普通に自然回復力と耐久力が上がったのか」
そのまま口に入れてみたが、寝不足で重たかった体もスッキリしていく。
前よりも疲れが取れやすくなった気がする。
同じようにマナタブレットも製成していく。
【合成結果】
(マナエッセンス+中級魔力粉)+ゼラチン
製成物:中級マナタブレット
効果:魔力の生成に働きかけ、魔力を回復させる。魔力の器を広げる。
やはりマナタブレットの方でも、〝少しだけ〟という表記が消えていた。
完全に上位互換のものができてしまったようだ。
「ぐへへへへ」
これには俺も笑いが止まらない。
ここにはクレイディーしかいないから問題ないだろう。
――ピコン!
『スキル【薬師】が覚醒して、スキル【薬師……ん?】になりました』
突然聞こえてきた声に俺は周囲を見渡す。
「メディスン様、どうされましたか?」
「いや、今何か話したか?」
「いえ、私はメディスン様の光輝く微笑みに目を奪われておりました」
どうやらクレイディーには聞こえなかったようだ。
その後も俺にしか聞こえない声が語りかけてきた。
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