50.薬師、攻防が始まる
あれからセリオスと我が家の攻防が始まった。
「かくかくしかじか……そういうわけで、私にメディスンをください!」
「きゃーーーーーっかッ!」
「そうよ! 私のメディスンをあげるわけにはいかないわ!」
「いや、母さんのもんでもないぞ?」
「いや、あの子は私をママと呼んでくれたわ!」
「なっ……なんだと!?」
両親がセリオスを追い払う勢いで、朝から言い合いをしている。
セリオスは両親に会うたびに、俺を連れていくと説得しているらしい。
「僕じゃなくて、兄さんが次期領主になればずっといるのかな?」
「ならしゅてらがおよめしゃんになる」
可愛い弟妹達も必死に止めているが、俺としては別に付いて行っても良いと思っている。
そもそも専属薬師と言っても、長期間いるわけではないらしい。
単に俺とセリオスに関わりがあることを証明するだけだ。
「そもそもあの回復薬がいけないんです!」
どうやら俺の回復薬が戦う者達にとって、優良なものだとセリオスは言っていた。
騎士達にとって王族を守るために、自らの命を差し出すのは当たり前の行為。
何かあった場合ポーションがあれば、すぐに回復させることができる。
ただ、ポーションを用意するまでに時間がかかってしまうのが現状だ。
例えば、剣で刺した傷であればポーションを傷口にかけて、すぐに口から服用しなければいけない。
そこに使うポーションの量はおよそ2リットル。
それを常時持ち歩くのは大変だし、邪魔になってしまう。
だが、俺の回復タブレットであれば数粒で治療ができる。
思っている以上に俺の作る回復タブレットの需要が高いようだ。
「回復薬の常識を変えることになるんですよ! ルミナス公爵家が後ろ盾になっていれば、薬師ギルドや錬金術師ギルドも手を出せません」
「それはわし達もわかっている」
ここまでセリオスが俺を一緒に連れて行きたいのは、単に自分のためだけではない。
ポーションなどの回復薬は基本的に薬師ギルドや錬金術師ギルドが製造・流通を管理している。
その両ギルドを代々管轄しているのが、エルクレム公爵家だ。
エルクレム公爵家は貴族派の代表で、貴族としての血筋を大事にしている。
薬師のスキルを使うのは、ほとんどがそのエルクレム公爵家の血が入ったものか、貴族派の人物になる。
そのため、俺の回復タブレットの存在を知ったら、エルクレム公爵家は黙っていないだろう。
俺を排除するのか、それとも中立派のルクシード辺境伯家を貴族派の派閥に入れるか。
回復タブレットの存在を知られたら、選択はどちらかになってしまう。
派閥のことも考慮して両親を説得している。
それにゲームの中でも、王子が勇者として旅をしている最中に貴族派の人達による暴動があった。
俺としても貴族派よりは中立派か王族派にいた方が安全になる。
「別に俺は一緒に行っても――」
「「「「ダメ!」」」」
さっきからずっとこんな感じで、話が全く進んでいない。
そもそも冬にポーションの数が足りないのは、貴族派による影響とエルクレム公爵家が販売数を制限しているかららしい。
まさか意図的にポーションの希少価値を上げているとは思わなかった。
俺がアセトアミノフェンを作れなかったから、この領地でも死人が出ていたかもしれない。
それを思うとここでこっそりと暮らしておくのも難しい気がする。
いつかはバレる時がくるだろう。
俺が処刑されなくても、殺される可能性は減らしておきたい。
「何か別の方法があれば……。ん? みんなで行けば良いんじゃないか?」
「「「「「えっ?」」」」」
俺の言葉にみんな驚いた表情をしている。
なぜ今まで気づかなかったのだろう。
別に長い時間滞在するわけじゃないなら、問題はないはず。
「家族旅行みたいで楽しそうだし」
「それはきゃっ――」
「「「賛成!」」」
「しゃんせい!」
「チッ!」
どうやらこれで今後の方向性は決まったようだ。
領主である父は一緒にいけないと思っていたが、代理の者がいれば問題ないらしい。
元々辺境地に問題が起こることは少なく、春の魔物討伐が済めばしばらく平穏の日々が続く。
大体の問題が魔物の進軍だから、それの対策ができていれば問題ない。
この間のオーク討伐で若手騎士達の実力も証明されたからな。
「兄さん、町の復興はどうするの?」
「「「あっ……」」」
「よしっ!」
俺と両親は町の復興のことを忘れていた。
流石に復興が終わっていない段階で、領主である両親が離れることは良くないだろう。
結局は俺一人で行くことになりそうだな。
絶望に沈んだ顔をしている両親を見て、どこか置いていくのが可哀想に見えてくる。
「兄さん、一人だと寂しいよね?」
「しゅてらもちゅいてく!」
「おー、それがいいな!」
「やっぱりメディスンを守ってくれる人がいないといけないものね」
俺はそこまで頼りないのだろうか。
弟妹に守られる兄って頼りないな。
弟妹の提案に両親は積極的に押していた。
まるで俺一人で行かせたくないようだ。
「ノクス、ステラありがとうー!」
一人じゃないのは寂しくないな。
俺はそんな弟妹を抱きしめて頬擦りをする。
二人も嫌がっていないから、これぐらいのスキンシップは問題ないはずだ。
「あー、わしもしてもらいたいな」
「ええ、羨ましいですわ」
「私もメディスンに――」
「「やっぽりきゃーーーっかッ!」」
どうやら行くことが決まっても、両親の反対はしばらく続きそうだ。
「中々子育てって難しいよな」
「知らない間に子ども達は成長していきますからね」
「やっぱりかっこいい姿を見せるべきか? 最近、騎士達がこぞって鍛えているらしいからな」
「あなたが鍛えてどうするんですか?」
「そりゃー、子ども達に〝きゃー、父様かっこいいです〟〝俺も父様みたいになりたい〟って言われたいに決まっている」
どうやら私の夫は想像以上に何か大事なものが抜け落ちているようだ。
今も服を脱いで、鍛え抜かれた体をどうやって見せるべきなのか確認している。
「それなら★とブクマを集めてきた方が喜ぶわよ?」
「えっ……そうなのか? 今すぐに捕まえてくる!」
それだけ言って、夫は服を着ずにどこかへ行ってしまった。
「★とブクマを持っている人はここにいる……あっ、みなさん背後には注意してくださいね」
ぜひ、背後に危険を感じたら今すぐに★とブクマの準備をしよう。