49.薬師、プロポーズされる
「メディスン、ケガはしていないか? 誰かに襲われていないか?」
父は周囲を警戒していた。
俺を襲ってくる魔物は、だいぶ前に討伐を終えている。
変わり果てた父の姿に俺だけではなく、ノクスとステラも戸惑っていた。
魔物討伐をしていたら、精神魔法を使う魔物に会ったのだろうか。
アンデット系の魔物の中にも精神に対して、攻撃をする者もいる。
まるで別人になるとゲームでも説明されていたが、間近で見ると本当に別人のように感じる。
「父様、大丈夫ですよ。父様も大丈夫でしたか?」
「くっ……メディスンがわしのことを心配している……。ああ……わしは今日死ぬのか」
その場で天に召されたかのように、穏やかな顔をしている。
やはり精神魔法にかけられているようだ。
父が帰ってきて怒られるかと思ったが、逆にこれはこれで怖い。
精神魔法を解除するには、教会で回復魔法を使わなければいけない。
回復タブレットでは治療ができず、しばらくは精神魔法で呪われた状態が続くのだろう。
「あら、あなた帰ってくるのが早かったわね」
「町の方から煙が見えていたからな。それで何かあったんだ?」
「東の森からオークが大量発生して、冒険者を先頭に町を守っていましたが、オークジェネラルとオークキングの出現に――」
「なんだって!? オークの上位種がいたのか?」
父はすぐに現状の確認作業に入った。
精神魔法にかかっていても、領主としての役割をしっかり果たしている。
普通ならクレイディーのように狂っているはずだが、さすがルクシード辺境伯の当主と言われるだけのことはある。
想像以上の精神力を持っているようだ。
「ああ、メディスン様! 私に下僕という名を与えくださいませ……」
クレイディーは今も酔っ払いながら、何かに祈りを捧げている。
あいつはあれでも精神魔法にかかっていない通常の状態だ。
酔っ払うことで、抑制されていた部分が出てきているけどな。
「はい。ただ、オークキングはその場で消滅してしまったので、素材が残らず――」
父は突然俺の服を捲ると、ジーッと体中を見つめてくる。
時折俺をクルクル回して、何かを確認しているようだ。
「メディスンさまああああ! ははーっ!」
遠くにいるクレイディーが、今度は正座して三拝をしていた。
あいつは一体何がしたいのかわからない。
「ああ、本当に無事でよかった」
父は再び俺に抱きついてきた。
どうやら俺に傷がないか、自分の目で確認しないと気が済まないのだろう。
大きなケガをしていたら、こんなに元気でいられるわけがない。
「ノクスとステラも大丈夫だったか?」
「「あっ……うん……」」
そのまま離れると、今度はノクスとステラに抱きつく。
二人ともどうすれば良いのかわからず、あたふたとしている。
俺に助けを求めているのか、視線を向けてくるがただ頷くことしかできない。
実際、俺だってどうしたら良いのかわからない。
これだけ別人になるほどのよほど強い精神魔法だと、聖女ぐらいしか解呪できないだろう。
「そういえば、セリオス様や騎士団はどうしたんですか?」
今ここには父の姿しかいない。
一緒にセリオスや騎士団と魔物の討伐に向かったが、どこにも姿が見えない。
「ああ……置いてきた!」
キリッとした顔で言われても困る。
セリオスってあれでも有名な次期公爵様だ。
そんな人を勝手に置いてきて、問題にはならないのだろうか。
「まずはみんなを出迎える必要がありますね」
「あいつの嫁には絶対させないからな!」
魔物討伐に協力してくれた人だから、せめて出迎える必要はある気がする。
なぜか父にセリオス達を迎えに行くのを止められてしまった。
それにしても嫁とはどういうことだろうか。
どちらかといえば、俺は嫁ではなく婿だと思う。
「嫁ですって!? そんなの私も許しませんわ!」
「兄さんはどこにも渡さない!」
「しゅてらのおにいしゃまだもん!」
いつのまにか家族が一致団結しているが、俺は嫁に行くつもりもない。
ただ、そろそろ婚約者を探さないといけない年頃ではある。
記憶の中には学園に通ってる時に婚約者らしい人はいたけど、メディスンは実験することを第一優先にしていた。
卒業パーティーすら、ずっと実験して参加していない。
そんなやつに婚約者がいるはずもない。
「お前ら、メディスンはわし達が守るぞ!」
「「「おー!」」」
この領地のために働いてくれたセリオスや騎士を敵だと認識しているのだろうか。
この後帰ってくる人達を出迎えるために、町に向かったが家族からの警戒心が強かった。
前衛に父とノクス、後衛に母とステラがいる。
これで冒険していたら、明らかに俺が戦力外で追放されるやつだろう。
しばらく町の入り口で待っていると、セリオスや騎士達が帰ってきた。
今にも倒れそうなほど、疲れた姿をしている。
「セリオス様、ご無事で何よりです」
「メディスン――」
「おいおい、わしの息子に近づくんじゃないぞ!」
「「「そうだそうだ!」」」
馬から降りてきたセリオスとの間に家族四人が壁のように入り込む。
なぜ、そこまでしてセリオスを警戒しているのか俺にはわからない。
見た目からして、明らかに無理して帰ってきたのが伝わってくる。
父も町から聞こえてきた鐘の音を聞いて急いで帰ってきた。
途中から煙を見て、セリオス達を置いてきたらしい。
ああ、煙ってバーベキューの時に出ていた煙だけどな。
「私はメディスンに話が――」
セリオスが俺に話があるようだ。
だが、家族が邪魔で何を言っているのか全く聞こえない。
「みんなちょっとあっちで待ってて」
俺は少しだけ席を外すように伝えた。
「くっ……息子が反抗期になったのか……」
「成長の喜びだけど、ママ悲しいわ」
「兄さん、僕のこと嫌いなのかな……」
「しゅてら、さみちい……」
四人は寂しそうに俺から離れていく。
チラチラと振り返り、俺のことを見ているが知らないふりをする。
ああやってみると、ノクスとステラがあの二人から生まれてきたのがすぐにわかるほど似ている。
「君は家族に好かれているんだね」
「あー、いつのまにかこんなことになっていましたね」
俺もまさかこんな関係になるとは思ってもいなかった。
弟妹に関しては少なからず嫌われていないとは思っていたが、母はどこか抜けているし、父は精神魔法にかかっておかしくなっている。
今も物陰から顔を出して様子を伺う家族を見て、ついクスッと笑ってしまう。
ちゃんと離れてはいるが、何をしているのか見守っているところが、まるで番犬に見えてくる。
「君にお願いがあるんだ」
「お願いですか?」
突然、セリオスは俺の肩を掴んだ。
「私とともに来てくれないか!」
「セリオス様とですか?」
――ガラン!
「父さん、あいつやっちゃいましょう」
「ああ、息子よ。わしと気が合うな」
「まま、しゅてらとまほーしょうぶしよ?」
「私達って魔法のコントロールが苦手だもんね」
番犬みたいに見えると思ったが、あいつらは狂犬の間違いだな。
ジリジリと近づいてくる家族が危ない存在にしか見えない。
「何かあるんですか?」
「ぜひ、ルミナス公爵家……いや、私の専属薬師になってくれないか?」
どうやら俺を有名公爵家の専属薬師として雇いたいようだ。
「中々子育てって難しいよな」
「知らない間に子ども達は成長していきますからね」
「やっぱりかっこいい姿を見せるべきか? 最近、騎士達がこぞって鍛えているらしいからな」
「あなたが鍛えてどうするんですか?」
「そりゃー、子ども達に〝きゃー、父様かっこいいです〟〝俺も父様みたいになりたい〟って言われたいに決まっている」
どうやら私の夫は想像以上に何か大事なものが抜け落ちているようだ。
今も服を脱いで、鍛え抜かれた体をどうやって見せるべきなのか確認している。
「それなら★とブクマを集めてきた方が喜ぶわよ?」
「えっ……そうなのか? 今すぐに捕まえてくる!」
それだけ言って、夫は服を着ずにどこかへ行ってしまった。
「★とブクマを持っている人はここにいる……あっ、みなさん背後には注意してくださいね」
ぜひ、背後に危険を感じたら今すぐに★とブクマの準備をしよう。