48.薬師、両親に困惑する
「兄さん、これ食べた?」
「おっ、ありがとう」
ノクスは俺の口に肉を入れる。
やけに隙間もないぐらいくっついて、今ではノクスも俺にべったりだ。
「のくしゅ、じゅるい!」
「んっ、ちょっと……待ってね」
ステラはさらに俺に詰め寄り、肉を口元に近づけた。
今さっき大きい肉を口の中に入れたばかりだから、食べ切るのに時間がかかってしまう。
急いで食べきると、再び口を開ける。
「おにいしゃま、あーん!」
「んん、そこまで脂っこくなくて美味しいな」
「しゅてらがやいたもん!」
ステラは嬉しそうにニコニコ笑っている。
ノクスとステラに挟まれて、俺も嬉しくなる。
こんな関係になるとは、誰も思っていなかっただろう。
ただ、問題なのは目の前にいる人だ。
「やっぱり一番はママの火で焼いたやつよね?」
「えーっと……そうだね……」
母が黒焦げになった肉を問答無用で突き出してくる。
きっとあの渦を巻いた炎で焼いたのだろう。
早く口に入れろとツンツンと串先で突き刺してくるが、俺の口はそう簡単には開かないぞ。
エルサが肉を持ってくるのを見ていたのか、ノクス、ステラ、母が我先にと肉を持ってきた。
初めは微笑ましい光景だなと楽観的になっていた。
だが、次第に誰が焼いた肉が美味しいのか競い合っている。
反応の通り、俺は一度母が焼いた肉を食べている。
見た目通り肉が焦げすぎて、想像以上に苦かった。
俺も作業の合間で食べられるのに、わざわざ食べさせようとするこの状況に戸惑うばかり。
「どれも美味しいけど、せっかくだからみんなも食べなよ」
「「うん!」」
「私はいらないわ」
あれだけ俺に食べさせようとしていた真っ黒な肉を母は食べないようだ。
それを見ていた弟妹と目が合う。
「「「ぐへへへへ」」」
俺達は母から真っ黒な肉を奪い取ると、母の口元に近づける。
「ママのが一番なんだよね?」
「まま、あーん!」
「俺の狩った肉が食べられないんですか?」
「うっ……」
恐る恐る母は口に肉を入れる。
その様子をドキドキしながら三人で見守る。
ノクスとステラも食べるように言われていたが、俺に食べさせるのを優先してやんわりと断っていた。
本人達も体の危機を感じたのだろう。
「やっぱりママは料理の才能もあるわ。とても美味しいわよ?」
別に強がっているような様子はなく、平然としていた。
我が家の母はまさかの味覚音痴だった。
あまり美味しくないとは口では言えないため、実際に食べてもらい、わかってもらうはずが失敗に終わったようだ。
「ほらほら、あなた達も食べなさい」
今まで関わってこなかった母が、初めて楽しそうにしている姿を見る。
嬉しそうに肉を持ってくる母に俺達三人は、断っても良いのかと考えてしまう。
子どもに拒否されたら、母って悲しくなるもんだ。
前世で大人の記憶がある俺としては、胸が締め付けられる思いだ。
「兄さん、どうする?」
「おにいしゃま……」
可愛い弟妹も心配と不安を感じているようだ。
ここは兄の出番だろう。
「俺が食べるぞ」
母から受け取った肉を口に入れようとした瞬間、町の方から大きな音が聞こえてきた。
「なんだ今のは!?」
屋敷にいた人達は突然の音に身構える。
「今すぐに一ヶ所に集まってください! 冒険者と若手騎士は剣を……」
「めでしゅんしゃま……」
「へんたいにいちゃんどうしたんだぁー」
いざ、指示を出そうと周囲を見渡すが、すでに冒険者と若手騎士達は酔っ払っていた。
クレイディーなんて呂律も回らない状態で、俺に向かってずっと祈りを捧げていた。
やっぱりあいつはクレイジー野郎だな。
酔っ払って音に気づいていないのだろう。
「ノクスとステラはみんなを誘導して!」
「わかった!」
「はーい!」
あと頼れるのは魔法が使える母だけだろう。
だが、母はあまり気にしていないのか、いまだに渦巻いた炎で肉を焼いている。
さっきよりも炎の色が漆黒のように黒くなってるが、あの人は何をやっているのだろうか。
「母様!」
ママと呼ばないと気づかないのだろうか。
「ママ!」
「メディスン、どうしたのかしら?」
母はすぐに気づき、呑気に肉を持って走ってきた。
肉を食べたいと勘違いしたのか、肉を口元にツンツンと押し当ててくる。
そんな母の手を握り、急いで移動する。
「あら、メディスンは強引なのね。そういうところもパパにそっくりね」
本当にこの人の性格がいまいち掴めない。
ただの天然で抜けている人なのか。
いや、あの父の妻になるだけの女性だから、そんなはずはない。
「兄さん、これで大丈夫だと思う」
「二人ともありがとう」
大体は一ヶ所に集めることができただろう。
異変を感じた領民が酔っ払ってる冒険者や若手騎士の誘導を手伝ってくれた。
これからはあいつらに酒の提供を禁止しないといけないな。
ちなみにクレイディーは祈り続けているから、そのまま放置することにした。
「こんどはしゅてらがまもりゅ!」
「僕も!」
俺、ノクス、ステラの三人でみんなを守るために武器を構える。
いつオークが侵入してきても、俺達が守れば良いからな。
――バン!
屋敷の門扉を勢いよく開くと、やつは入ってきた。
「お前ら大丈夫か!?」
「「「えっ……」」」
屋敷に入ってきたのは馬に跨った父だった。
今まで一度も見たことない焦ったような表情に、明らかに取り乱しているような気がした。
「父様だったのか……」
どうやらオークだと思っていたのは、父が帰ってきた音だったらしい。
一体町で何をしてきたのだろうか。
「なんだ……」
「よかったね」
ノクスとステラは安心しているが、俺は正反対の気持ちだ。
俺はまだオークが町にやってきた方が良かった。
「お前ら……」
ほらほら、あれは明らかに怒っている時の顔だぞ。
目が鋭く見開かれ、眉が寄り、歯をむき出しにして、唇を引き裂いたような恐ろしい表情をしている。
俺は後ろを振り返る。
領民が父の顔を見て、ヘビに睨まれた小動物みたいに震えている。
ここは覚悟を決めないといけないのだろう。
宴をやっても良いと言ったのは俺だからな。
それに町はボロボロだからな。
俺は覚悟を決めて一歩前に出る。
思いっきり叩かれるかもしれない。
強い父の一撃なら、一瞬であの世にいけるだろう。
そう思うと勝手に体がこわばってくる。
「無事で良かった……」
だが、父の反応は違っていた。
俺を優しく引き寄せて、強く抱きしめた。
その体は震えており、全身が汗ばんでいるようだ。
父は心配していたのだろう。
俺はゆっくりと視線を合わす。
「父さ――」
「ぐへへへへ」
父はこの世とも思えぬような顔で笑っていた。
ああ、これが気持ち悪くて怖いという言葉の意味なんだと、俺は学ぶことができた。
「中々子育てって難しいよな」
「知らない間に子ども達は成長していきますからね」
「やっぱりかっこいい姿を見せるべきか? 最近、騎士達がこぞって鍛えているらしいからな」
「あなたが鍛えてどうするんですか?」
「そりゃー、子ども達に〝きゃー、父様かっこいいです〟〝俺も父様みたいになりたい〟って言われたいに決まっている」
どうやら私の夫は想像以上に何か大事なものが抜け落ちているようだ。
今も服を脱いで、鍛え抜かれた体をどうやって見せるべきなのか確認している。
「それなら★とブクマを集めてきた方が喜ぶわよ?」
「えっ……そうなのか? 今すぐに捕まえてくる!」
それだけ言って、夫は服を着ずにどこかへ行ってしまった。
「★とブクマを持っている人はここにいる……あっ、みなさん背後には注意してくださいね」
ぜひ、背後に危険を感じたら今すぐに★とブクマの準備をしよう。