発売前記念SS 薬師、今日は大事な日でした
「うっ……どうせ俺なんていない方がいいんだ……」
俺は部屋の隅で縮こまるように座っていた。
あれからすぐに部屋に戻ってきたが、何か異変だと勘違いしたノクスやステラ、ラナたち使用人が俺を追いかけてきた。
そりゃー、急に全裸で走るやつがいたら何事かと思うだろう。
ただ、今は追いかける時じゃないからな。
「兄さん……足が遅いもんね……」
「しゅてら、あるいてたよ?」
ノクスやステラの言葉すら、胸に突き刺さる。
もちろん足が遅い俺が悪い。
部屋に戻った時には、使用人含めて全員に見られてしまった。
「メディスン様の裸ぐらい昔から見てますよ。気にしたらダメです!」
ラナはフォローしようとするが、それはそれで恥ずかしい。
さすがに全裸で堂々としていたら、変態じゃ収まらない。
「それはいいから早く出て行ってくれないか……」
全裸で部屋の四隅に追いやられている兄の気持ちも考えて欲しい。
俺が伝えると、みんなで顔を見合わせていた。
「みんな出ていくよ」
「おにいしゃま、はじゅかしがりだね」
ノクスやステラが部屋から出ていくと、次々と部屋から出ていき、ついに誰もいなくなった。
俺の言葉より次期領主であるノクスの言葉に従っていくのは仕方ない。
ただ、俺もルクシード辺境伯家の一員だからな。
「はぁー、さすがにおじさんでも恥ずかしいからな」
前世で30代のおじさんだったとしても、恥ずかしいことはある。
俺はクローゼットから服を出して着替えていく。
「やっぱりウニョとは日頃から遊ぶべきか」
ウニョに関しては、ピンチの時は助けてくれる。
ただ、久しぶりに会うと、加減がわからないのか服を溶かしていく。
俺の裸を見て喜ぶやつなんて……。
「ああ……尊き御身に服が触れる……! その布すら救われている……! くっ、羨ましい……布になりたい……!」
視線を感じて窓際に目を向けると、クレイディーがこちらを見ていた。
そういえば、あいつなら何でも喜びそうだな。
「はぁ……はぁ……メディスン様……」
「じゃあな!」
俺は窓際に近づくと、勢いよくカーテンを閉めた。
「あいつは何を考えているのかわからないな」
出会った当初からおかしなやつだと思ったが、最近になってまた一段とおかしくなった気がする。
魔力を抜き取った魔物の肉を大量に食べると、精神破壊をする作用でもあるのだろうか。
着替え終わった俺は部屋の外に出ると、ノクスとステラが立っていた。
「こんなところでどうしたんだ?」
てっきり広間に帰ったと思っていた。
だが、まるで俺を待っているような気がした。
いや、考えすぎか……。
「兄さん、着替えるの遅いよ?」
「しゅてらがいないとだめだめね」
どうやら本当に俺を待っていたようだ。
ノクスとステラは俺の手を引っ張って広間の方へ向かっていく。
さっきまで慌ただしかった使用人たちはそこにはおらず、屋敷内は静寂に包まれていた。
さっきまでドタバタしていたのが嘘みたいだ。
「これから誰か来るのか?」
「んっ? 誰も来ないよ?」
ノクスに聞いても首を傾げている。
では、何の為に広間にあれだけの人が出入りしていたのだろうか。
珍しく両親も別館に来ていたから、どこかの貴族でも来るのかと思った。
「おにいしゃまの――」
「ステラ!」
ノクスは大きな声でステラの名前を呼ぶと、ハッとした顔で口を押さえていた。
「そんなに声をあげてどうしたんだ?」
「何もない!」
「しりゃない!」
明らかにわかりやすい態度で、俺に隠し事をしている。
隠したいことの一つや二つはあるだろう。
ただ、俺以外が知っており、仲間はずれにされた気分がして悲しくなってくる。
「ににに、兄さん!?」
「おにいしゃまあああああ!」
俺はポタポタと流れ出る涙を手で拭う。
その姿にノクスとステラはあたふたとしていた。
やっとみんなと仲良くなれたと思ったのに、俺の心は弱かった。
築いた関係が崩れるのは一瞬だったな……。
それも俺には原因が全くわからないからどうしようもない。
「兄さん、早くいくよ!」
ノクスは俺を勢いよく引っ張っていく。
ステラが扉を開けると、俺は広間の中に押された。
「メディスン様!」
「「「お誕生日おめでとうございます!」」」
広間に響き渡る声に俺は唖然としていた。
一体何が起きているのだろうか。
長いテーブルには厚手の布がかけられ、たくさんの料理が並べられている。
壁には手作りのタペストリーや絵が飾られていた。
「兄さん、はやく!」
「こっち!」
ノクスとステラに手を引っ張られると、中央には大きなケーキが置いてあった。
白いクリームの上には、果実をふんだんに盛りつけ、色とりどりの花びらが飾られている。
蝋燭の火がゆらめき、甘い香りが広間いっぱいに漂っていた。
俺のために用意してくれたのだろうか。
その光景に息をのんでいると、父と母がゆっくりと近づいてきた。
「ひょっとして……誕生日を忘れたのか?」
父は厳格な顔つきのまま、どこか口元に笑みを浮かべていた。
「もっと早くやるべきだったのよ」
母は瞳を潤ませて俺を見つめている。
「そっか……俺の誕生日か……」
無意識のうちに俺はボソッと呟いていた。
本当にメディスンの口から出た言葉だった。
「ええ。あなたが小さかった頃から、ずっとしてあげたかったの。でも、私たち家族の在り方を間違えてたわ……」
その声は震えており、胸の奥に届く。
この家族って中々歪な関係だからな。
父もまた、真剣な眼差しを向けてきた。
「今年こそはお前のために、家族として祝ってやりたかった」
広間にいる皆の視線が俺へと集まる。
拍手が鳴り響き、花びらが舞うように散らされた。
「「おめでとう、メディスン!」」
幼いメディスンが夢見たことのある光景が、今目の前にあった。
こんな日が来るなんて、思ってもみなかった。
きっとメディスンなら、嬉しくて笑いを堪えきれないだろう。
「ぐへへ……」
俺は胸の奥が熱くなるのを抑えきれず、唇を強く噛む。
ここで俺が笑ったら、空気が台無しだからな。
「僕とステラで提案したんだ!」
「おにいしょま、うれしい?」
ノクスとステラが笑顔で俺に飛びついてくる。
父と母も、どこか照れくさそうに見守っていた。
「……ありがとう」
胸の奥が熱くなり、涙がこみ上げてくる。
こんな日が来るなんて、本当に思わなかった。
声はかすれていたが、それでも本当に心からメディスンの言葉だった。
だが、その余韻をぶち壊すように窓の外から、ガタリと音がした。
「はぁぁっ……! 尊き御身の吐息が! この空気ごと胸いっぱいに……吸いたい……!」
振り向けば、クレイディーが身を乗り出してこちらを凝視していた。
あいつはまだ外にいたのか。
「おい、なんでお前がそこにいるんだ!」
「メディスン様……私はそのケーキになりたいです!」
広間にいた全員の顔が固まる。
先ほどまでの感動的な空気はどこかへ吹き飛んでしまった。
けれど、きっとこれも俺らしい誕生日なんだろう。
「メディスン、祝ってもらえてよかったな」
俺は心の中にいるメディスンに呟いた。
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