発売前記念SS 薬師、両親に見られる
「よし、今がチャンスだな」
クレイディーの遺体……いや、亡骸を外に放置した俺はそのまま部屋から出ることにした。
ノクスやステラがやけに俺を部屋から出さないようにしていたのが気になった。
初めはあまりにも気持ち悪い今日の顔を人に見せるべきではないと思っていた。
ただ、クレイディーの反応からして、普段と変わりないのだろう。
俺は周囲を確認しながら、屋敷の中を歩いていく。
「そっちの準備は終わったかしら?」
「飾りつけがまだ終わってない」
使用人たちが忙しそうにバタバタと走り回っている。
誰かこの屋敷に遊びに来るのだろうか。
それなら俺が住む別館ではなく、本館に案内するはずだ。
「それにしても誰も気づかないのか」
さっきから使用人たちが横を通り過ぎているのに、俺の存在に気づいていない。
使用人が忙しいからか、持ち前の影の薄さが相まっているのか……いや、そこは考えないようにしよう。
きっと後者の可能性が高いからな。
「あの感じだと……広間で何かをするのか?」
使用人の様子を見ていると、全員が広間の中に入っていく。
何か手伝おうかと思ったが、俺が言っても悲鳴が鳴り響いて邪魔をするだけだろう。
少しだけ覗いて帰ろうかと思い、柱の隙間から体を出すと、何かにぶつかった。
「痛っ……」
「メディスンどこにいくんだ?」
腹の底に落ちるような低音ボイスに背筋がゾクッとする。
なぜこの人が俺のいる別館にいるのか。
ただ、それが一番に思ったことだ。
「父様!?」
父は柱の裏に隠れていた。
ってことは柱を挟んで俺は父に見られていたことになる。
「申し訳ありま――」
父は俺の口を大きな手で封じた。
鼻も抑えつけられているため、俺を殺す気だろうか。
少しずつ息が苦しくなり、俺は父の手を何度も叩く。
「ははは、そんなにわしといることが嬉しいのか」
「……!?」
聞こえた声に俺は耳を疑った。
まさか父は俺と遊んでいるつもりだろうか。
伊達に悪役薬師の父親ではないな。
俺も今さっきクレイディーを処分したばかりだからな。
ただ、命懸けの遊びって何だろう。
段々と意識もぼーっとしてきた。
「ムムッ!」
俺はその場で暴れるが、父は広間の方を見て俺と目が合っていない。
暴れているのにも気づかないのか!
少し鍛えただけの体では、まだまだ父には敵わなかった。
そんな中、コツンコツンと軽やかなヒールの音が近づいてきた。
「あら! こんなところで二人にして何やって……ちょっとずるいわよ!」
俺は突然引っ張られ、そのまま姿勢を崩す。
「プハッ!」
息ができなかった俺は大きく息を吸う。
ただ、俺ではぴくりともしなかった父を引き剥がすとはさすがだ。
顔面凶器の父と結婚しただけのことはある。
もしかして、我が家の中で一番強いのは母かもしれない。
「おい、わしだってメディスンと仲良くしたいんだ!」
「さっきまでメディスンに触れてたじゃないの!」
「うっ……わしはメディスンを一日観察して、今触れたばかりだぞ!」
「私だって抱きついているだけよ!」
あれ……?
父っていつから俺を見張っていたんだ?
話からして、朝から見られていたことになるぞ。
「ムムム!」
俺は母を何度も叩く。
今度は母に抱きつかれて息ができないでいた。
この二人は限度というものを知らないのだろうか。
「わしもメディスンと戯れる時間をくれ! みんなばかりずるいじゃないか!」
「あなたがこの領主だから仕方ないじゃない!」
「仕事なんかやめてやる!」
うん、父よ……。
領主はしっかり仕事をした方がいいぞ。
まだオークに町が破壊された復興の見通しもできていないはずだぞ?
それになぜか夫婦喧嘩になりつつあるぞ?
俺の存在を忘れていないか……?
「何かありましたか……?」
あまりにも声が大きいため、使用人たちが俺たちの存在に気づき始めている。
せっかく隠れて部屋から出てきたのに台無しだ。
ただ、俺が手を伸ばしても、助けてくれる素振りはない。
(ウニョ……出てこい……)
俺は毒の塊を製成した。
やつなら俺を助けてくれるだろう。
『ウニォォォオオオオオ!』
大きな鳴き声とともにウニョウニョした毒の塊が現れた。
だが、俺と目が合うと触手を伸ばして巻きついてくる。
何かが溶けるような音が聞こえてくるが、俺はそれどころじゃない。
(引っ張ってくれ!)
俺は必死にウニョに信号を送る。
『ウニョ……? ウニォォォ!』
ただ、ウニョに伝わっているのかわからない。
ウニョも首を傾げていた。
『ウーン、ニョニョ……?』
ウニョはやっと気づいたのか俺を引き寄せて抱きしめる。
ふっと息が通い、全身から力が抜けていく。
俺のスキルで製成されたウニョには声で伝えなくても伝わるようだ。
「助かった!」
『ウニョ!』
俺は優しく褒めるとウニョを撫でる。
全身にまとわりついて、少し気持ち悪いが仕方ない。
ただ、両親の視線は俺……いや、少し下を向いている気がする。
「あらあら、メディスンも大きくなったわね」
「わしに似て立派だな」
俺は視線を下げる。
「ぬあああああ!?」
俺は急いで腰を曲げ、股を閉じる。
せっかく抜け出せたのに、なぜか俺は――全裸だった。
きっと服が毒に溶かされたのだろう。
まとわりついたウニョが半透明で黒色のため、少しモザイク加工がされていた。
――ガチャ!
「おにいしゃま……?」
「兄さん……?」
近くの部屋にいたステラやノクスも廊下に出てくる。
さすがに兄の全裸なんて見せられるものじゃない。
それにクレイディーも近くにいないから、服を奪えるやつもいない。
俺はその場から逃げようとしたが、ウニョがまとわりついて歩けなさそうだ。
「くっ……俺は変態じゃないからな!」
俺はウニョを分解した。
『ウニョオオオオオオオ!』
ウニョの怒ったような声が響いていたが、俺の声はみんなに届いただろうか。
俺は前を隠すように部屋に走った。
みんなが大好きラッキースケベです!
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クレイディーこんなにイケメンだったのか……。
ってなるかと思います笑
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