発売前記念SS 薬師、化学を教える
今日は俺の日課を紹介しよう。
まず、起きたらやることといえば――。
「ぐへへへ……今日もしっかり笑えてるな」
朝イチで笑顔の練習だ。
決してナルシストってわけではない。
笑顔の練習をしないと、表情筋が固まってノクスとステラに逃げられるからだ。
――ガチャ!
「兄さん、ちゃんと起き――」
「おにいしゃま――」
俺が振り返ると、そこにはノクスとステラがいた。
「ぐへ……」
――バタン!
挨拶をする前に扉を閉められてしまった。
いつも何時に部屋に来るかわからないため、朝イチでやらないといけないのもある。
俺は必死に手で顔の筋肉を動かして、元の表情に戻していく。
「どうする? 兄さんすごい顔をしていたぞ?」
「おにいしゃま、いつもきもちわりゅいよ?」
「違う。そうじゃなくて――」
扉を開けるとノクスとステラが小さな声で話し合いをしていた。
ステラに関しては、ほぼ悪口にしか聞こえない。
「いつまでそこにいるつもりだ?」
「「ヒィ!?」」
俺が顔だけ出したからか、二人は絶望したかのような顔をしていた。
いくらなんでもそこまで驚くことはない。
「兄さん、今の話聞いてた?」
「いや、俺の顔が気持ち悪いって話しか聞いてなかったぞ?」
俺の言葉にホッとしたのか、ノクスは安心したような顔をしていた。
「よきゃった」
俺としては全く良くないぞ。
顔が気持ち悪くて安心したってどういうことだろう。
「兄さん、今日は勉強するんだよね?」
「どきょにもいっちゃだめだよ」
ノクスとステラは俺の手を引っ張って椅子に座らせる。
何かあったのだろうか。
ノクスは普段よりもソワソワしているし、ステラは露骨にどこかに行かせないように、ベッタリとくっついている。
「今日は何かがあるのか?」
「んんっ!? そそそ……そんなことないよ!?」
「おにいしゃま、メッ!」
ノクスの反応からして、やはり何か隠し事があるのだろう。
探りを入れようかと思ったが、ステラに怒られてしまった。
「じゃあ、今日は魔法について学ぼうか」
「魔法!?」
「まふぉ!?」
俺が魔法の本を取り出すと、二人とも驚いた表情をしていた。
そんなに俺が魔法を教えることがおかしいのだろうか。
「兄さん、魔法使えるの?」
「あっ……そうだったな」
前世のゲーム知識もあり、魔法についてはある程度知っているが、俺自身は魔法が使えない。
だから、二人とも俺が魔法を学んでいるとは思わなかったのだろう。
「魔法は知識だけあるぞ!」
「しゅごーい!」
ステラは手をパチパチとしていた。
少しバカにされている気もするが、純粋に褒めているのだろう。
それなら俺のとっておきの情報を教えてあげよう。
「魔法強化を知っているか?」
「魔法強化?」
「まひょーきょーか?」
この世界の魔法は込める魔力の量で威力が左右される。
基本的には呪文をトリガーとして、魔力量が勝手に調整されるが、初級の魔法でも魔力が増えると強くなる。
ゲームの中でも後から追加されたものだ。
「それってステラができるやつじゃないか?」
「これきゃな?」
ステラはファイアーボールを発動させた。
さらに少しずつ魔力を込めていくと、ファイアーボールは大きくなっていく。
「おぉ、さすがステラだな」
賢者のスキルを持っているだけのことはある。
魔力のコントロールも上手だし、魔法の発動も早かった。
「ステラばっかりずるい」
隣を見ると、少し不服そうな顔をしたノクスがいた。
ノクスも魔法は使えるが、ステラの方が魔法の適性は高いからな。
「ノクスなら……知識でカバーした方がいいんじゃないか?」
「どうせ僕はステラより魔法が使えないよ」
ノクスの中で魔法はステラに勝てないと思っているのだろう。
ただ、俺が現代薬学の知識が使えたように、魔法にも科学が使えるはず。
俺は近くにあるロウソクとコップを持ってきた。
「ロウソクの火はどうやって灯っているか知っているか?」
「燃えているからじゃないの?」
「おにいしゃま、おかしくなったの?」
どうやらロウソクの火が灯る原理はわからないようだ。
聞いただけなのに、ステラからはおかしくなったのかと心配された。
「ロウが溶けて芯に上がり、気体になって酸素とくっつくと燃え続けるんだ」
「やっぱり兄さんおかしくなった?」
「むじゅかしい……」
化学を知らないと、言われただけだとわからないよな。
俺も自分で言いながら、わかりづらいと思っていた。
「じゃあ、ロウソクに火をつけてくれ」
俺はノクスに頼んで、ロウソクに火をつけてもらった。
ステラよりは小さなファイアーボールだが、魔法の発動は問題なくできている。
「火をつけたけど、これでいいの?」
「ありがとう」
俺はノクスを褒めると、少し嬉しそうな顔をしていた。
「じゃあ、二人に質問です。ロウソクにコップを被せるとどうなるでしょうか?」
俺がやるのは小学3〜4年生の時にする実験だ。
二人とも俺の質問をちゃんと考えている。
「そのままじゃないの?」
「しゅてらも!」
どうやら二人の回答は同じのようだ。
俺は二人の前でロウソクにコップを被せる。
すると、少しずつロウソクの火は弱まって消えた。
「兄さん! なんで消えたの!」
「どういうこと!?」
二人とも俺とロウソクを見比べる。
初めて俺も見た時は二人みたいに興味津々だったのをふと思い出した。
「ロウソクが燃える仕組みを伝えた時に、俺がなんて言ったか覚えている?」
「ロウが染み込んで、煙になって、酸素っていうやつにくっつくんだよね?」
ノクスはさっき俺が教えたことをそのまま答えていた。
まさか一回聞いただけで、頭に入っているとは思わず、俺の方がびっくりする羽目になった。
本当にノクスは知識でカバーできそうな気がする。
ステラは話について来れないのか、その場で首を傾げていた。
「コップを被せるとどうなるかな?」
「煙が溜まる?」
「そうだな! 酸素は空気中にあるんだけど、コップを被せると遮断されるんだ」
「ってことは……酸素がないから、燃え続けるものがないってこと?」
本当にノクスは俺の弟なんだろうか。
あまりの頭の良さにただ驚くしかできない。
まさか自分で答えを見つけ出すとは思いもしなかった。
「ファイアーボールに魔力を込めて大きくなるのは、その酸素が増えるのと似たような仕組みなんだ。じゃあ、ファイアーボールに魔力じゃなくて、周囲の酸素を取り込もうとしたらどうなる?」
ノクスは想像しながら、ファイアーボールを発動させた。
「魔力じゃなくて、酸素を取り込む……」
魔法はある程度想像することで、その現象に近づけることができる
想像をよりリアルにすることが、魔法の成長の第一歩となる。
「わぁー! あおいりょだ!」
次第にファイアボールは火の中心から青く光り、大きく鋭く揺れている。
ノクスも何が起きたのかと自分でびっくりしていた。
「これがメディスン方式の魔力強化だな! ノクスも知識でカバーできそうだろ?」
「兄さん、すごいね!」
「おにいしゃま、てんしゃい!」
さっきまで俺を心配しているような発言をしていたが、今では手のひら返しだ。
だが、ノクスが少しだけでも笑顔になってよかった。
これで一緒に勉強をした意味があっただろう。
「じゃあ、勉強はこの辺にして外にでも」
「だめ!」
「メッ!」
外に出ようとしたら、二人に止められてしまった。
さっきまでとは違う態度に、俺はさらに気になってきた。
この様子だと外で何かがあるのだろう。
だが、ノクスとステラが俺の行く道を塞ごうとして通してくれない。
しばらくは部屋に閉じこもっていないといけないようだ。
わーい、お久しぶりの更新です!
実はノベルが9月26日発売予定なんです!
ただ、公式がちゃんと公開していないので、正式かどうか……笑
ちゃんとした情報が出たら、また近況ページとかで表紙画像と共に宣伝させてもらいます!
ぜひ、今月末によろしくお願いします!
中々続刊が難しいレーベルなので、続刊したいよー| |д・)
それと新作も公開しましたので、そちらもよろしくお願いします!
【タイトル】
元英雄のおっさん、森で幼女を拾ったら未来の魔王でした〜田舎でスローライフをしていたのに、気づけば我が家が魔王城になっていた〜
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