105.薬師、事件の話を聞く
「……ってなことがあってだな」
簡潔に話すと言っていたはずなのに、父の説明は濃厚でハードな内容だった。
脳が情報の処理を拒否している。
要するに薬師ギルドと錬金術師ギルドの不正を暴き、壊滅させたってことだろう。
「で、新しい薬師ギルドと錬金術師ギルドを作ることになった」
コンラッドはどこか楽しそうに俺を見ている。
だが、その微笑みの裏にある悪魔的な策略を俺は見抜いていた。
あの人、見た目は優しそうだが、父よりも恐ろしい。
普段は穏やかだからこそ、それが表に出てこないだけだ。
「はぁー……それをまとめる仕事を頼むってことですね……」
「ははは、さすがわかってるね」
コンラッドは嬉しそうに、俺の背中をバシバシと叩く。
どうせ俺に全部押し付けるつもりだろう。
怠惰な生活がどんどん遠ざかっていく。
聖女が羨ましいよ。
「うっ……エルネスト、そんなに睨むなよ」
「メディスンは病人だ」
さすが父は俺のことをよくわかってる。
さっきまで毒で倒れていたんだからな。
だが、コンラッドが叩いた背中を父が怪しい笑みを浮かべながら撫でていた。
父なりに優しくしてくれているのは気づいているが、ずっと身震いが止まらない。
きっと体が命の危険を感じているのだろう。
そんな俺たちを見て、コンラッドはまた楽しそうに笑っていた。
「あー、ちなみに薬師ギルド長はルーカス、錬金術師ギルド長はリシアが引き受けることになったぞ」
笑っていたコンラッドは、思い出したかのように付け加える。
「はぁん!? あいつらまだ子ども……って、そういうことか!」
二人がギルド長になれば、必然的に俺がサポートしなければならなくなる。
つまり俺が逃げられないように、まとめ役になる環境が仕組まれていた。
まんまとコンラッドの掌の上で転がされている気がする。
「さすがメディスンだな。将来は次期宰相――」
「それだけは絶対嫌です!」
本当にコンラッドは何を考えているのかわからない。
俺が宰相になったら、この国は終わる。
なのにエドワードがキラキラした目で俺を見てくる。
いや、命の恩人だからって、それだけで宰相のポジションを押し付けるのはやめてほしい。
宰相なんて、めんどくさい仕事しかないんだからな。
「ふぁふぁふぁ、将来は明るいねー」
一方、国王は相変わらず呑気そうだ。
「あとは爵位や領地については準備ができ次第伝えることにしよう」
「はぁん!? 領地!?」
そんな爆弾発言を残して、コンラッド達はさっさと帰っていった。
とりあえず、俺の顔を見に来て、ついでに大きな荷物を押し付けていったってことか。
「はぁー、もう頭が痛くなる」
考えれば考えるほど、頭が痛くなる。
回復タブレットをすぐに食べたが、精神的な負荷は回復しないようだ。
「そういえば、ノクスフォード公爵家はなくなるんですよね? カインはどうなるんですか?」
俺は部屋に残っている父に尋ねた。
話の中でノクスフォード公爵家の爵位剥奪が決まったと言っていた。
たとえカインが直接の犯人でなくとも、一家ごと処刑される可能性もあるはずだ。
「ああ、それについてメディスンに相談があるんだが……クラウディー!」
「はっ!」
またどこからともなくクラウディーが現れた。
本当にいつもどこにいるのかわからないな。
そして、彼の隣には見知った人物がいた。
「カイン……?」
「そうでございます」
まさかカインがクラウディーと一緒にいるとは思わなかった。
それにしても、黒装束が異様に似合っている。
むしろクラウディーよりもしっくりくるくらいだ。
まあ、クラウディーは俺の騎士だからな。
そんなことを口にしたら、喜んで泣き叫びそうだから絶対に言うつもりはない。
「これからカインには、クラウディーとともに働いてもらう」
「えっ……?」
クラウディーと働くってことは、騎士になるのか?
いや、まさか俺を狙っていたギルド長の息子が俺を守る側になるなんてな。
「今回の毒殺事件にカインは関わっていない」
「それは気づいているから大丈夫です。カインって想像以上に演技が下手くそだったもんね」
あの毒殺現場にいたカインの言葉一つ一つは大根役者のようだった。
まるで内容を知らされておらず、アドリブで乗り切ろうとしていた感じが出ていた。
それに俺が毒を飲んだのか、ジーッとワイングラスと俺を交互に見ていたからな。
臨機応変に対応しようと、俺をエドワード殺害の犯人にさせるなら、もう少しやり方があっただろう。
「くっ……メディスン教の教義に則り、ここで自害させていただきます」
「「おいおい、何やってるんだ!」」
短剣を取り出し、腹に刺そうとしたタイミングで俺と父は急いで止める。
メディスン教の教義ってなんだよ。
俺はクラウディーを睨みつけるが、まるで飼い主に褒められるのを待つ犬のような顔で見てきた。
とりあえず、その額にデコピンを打ち込んでおいた。
「はぁはぁ、メディスンの愛情が伝わると」
それすらも嬉しそうに額を押さえて、俺をキラキラした目で見つめてくる。
一番は気にしない方が良いのだろうが、〝放置プレイ〟だと思われるのもめんどくさいな。
「話は戻るが、ノクスフォード公爵家の領地は王族に返還された。そこでカインをはじめとするノクスフォード公爵家の者達は罪人の子となる。それを回避するためにも我が家で預かるつもりだ」
やはり、父の考えはどこか違った。
この先の子ども達の将来をしっかり考えているのだろう。
それは俺達だけではなく、ノクスフォード公爵家の子どもが、今後どう思われるかも含まれているようだ。
最悪、処刑か奴隷になるぐらいなら、平民の方がいいからね。
「まあ、正確に言えば、メディスンが預かるんだけどな?」
「ああ……もう何も考えないぞ……」
どうせ父の言う「相談」なんて、すでに決まったことを一方的に告げるだけだ。
きっとこれもコンラッドが考えたやつだろう。
まるで上司に逆らえない社畜じゃないか。
前世では田舎でのんびり暮らすはずが、気づけば社畜になっていた。
だが、今回も似たような展開になっている気がする。
「メディスン様、精一杯働かせていただきます。だから、弟と妹をよろしくお願いします」
「弟妹がいるのか?」
どうやらカインは俺と同じ境遇らしい。
「ギルドを壊滅させるのを頼んだのはカインだ。弟妹を守るためにな」
弟妹を守るために助けを求めてきたってことか。
かっこいい兄ちゃんじゃないか。
「同じ兄として頑張ろう!」
俺はカインの肩をポンと叩いた。
同じ兄という立場に俺は仲間意識を感じた。
彼は将来、勇者パーティーの一員になる予定だ。
一緒にいて損はないしな。
「カイン、殺す!」
カインを応援したら、隣から痛いほど視線が向けられる。
ああ、クラウディーには関わらないからな。
「ありがとうございます。弟妹を立派な薬剤師と錬金術師にしてください」
その言葉に俺は耳を疑った。
まさか、ここで人員を確保できるとは。
今回の事件で薬師ギルドと錬金術師ギルドの人員はほぼ全滅したと聞いた。
新しいギルドは名ばかりの状態らしい。
一から育てるなら、素直な子どものほうが扱いやすいからな。
ルーカスとリシアなら年齢も近いし、やりやすいだろう。
まだ気絶していた時に何があったのか、聞かなければいけない話がありそう。
だが、何年後かに起こる予定のエドワード毒殺事件は幕を閉じたようだ。
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