103.父、己の後悔 ※エルネスト視点
――時はメディスンが倒れた後に遡る
「メディスン……帰ってこい!」
わしは必死にメディスンの手を握る。
人の心は死んだら、天に昇ると言われている。
まだ、体に温もりが残っており、たしかにメディスンはここにいる。
「兄さん、起きて!」
「しゅてらが、あそんであげりゅよ!」
メディスンを心配しているのはわしだけではない。
いつも一人でいたメディスンは、家族だけではなく、たくさんの人に好かれている。
「エドワード殿下が目を覚ました!」
その声にひとまずホッとする。
あのまま助からなければ、メディスンが疑われていたのかもしれない。
そもそもメディスンが犯人だったら、治療はしないし、自ら同じ毒で死にそうになるはずがない。
そんなことは小さな子どものノクスやステラだってわかっている。
貴族達は相当、宮廷薬師という王族と関わりが深い特別な地位に嫉妬しているのだろう。
大人気ない奴ばかりで、腹が立ってくる。
だから、わしは今も辺境地で暮らしているからな。
「少しだけエドワード殿下のところに行ってくる。ノクスとステラはメディスンを守るんだぞ!」
「「うん!」」
我が子に声をかけて、わしはエドワード殿下のもとへ向かった。
――トントン
「失礼する」
扉を開けると王族達とコンラッドがいた。
エドワードはベッドに腰掛けて、状況を確認しているようだ。
「お体は大丈夫ですか?」
「命の恩人の父だ。気軽に話してくれ」
「ああ、ならそうさせていただきます。……てめぇはバカか!」
わしはつい思っていたことが口に出てしまった。
だが、今も意識が戻らないメディスンの父として、言わなければいけない。
「てめぇの何も考えない性格のせいで、わしの大事な家族が死ぬかもしれないんだ。自分の行動がどれだけ周囲に迷惑をかけるか、ない頭で考えろ!」
「エルネスト……」
エドワードの父であるフィリクがわしを見つめる。
その視線すらイライラしてくる。
「お前もお前だ! 国王でありながら、父としての役目を果たせよ!」
そもそも息子を注意するのは父であるフィリクの役割だ。
「エルネスト、そこまでにしろ! 誰が見ているかわからないぞ!」
「ああ、不敬罪でもなんでもやれ!」
コンラッドがわしの肩を優しく叩く。
ああ、わしだってわかっている。
自分が一番、父としての役割も果たせなかったことに……。
「わしが守るって言っておきながら、何もできなかった……。息子を助けてくれよ……」
自分自身に対して、行き場のない気持ちをぶつけているだけだ。
悔しくて、悔しくて、どれだけ泣いても、メディスンはうんともすんとも言わない。
今はメディスンが帰ってくることを、ひたすら願うことしかできないのが現状だ。
――ガチャ!
突然、扉が開くとわし達は警戒を強めた。
「エド!」
「貴様、なぜここに来た!」
あいつの顔を見たら、今にも殺してしまいそうだ。
部屋に入ってきたのは、ノクスフォード公爵家の長男であるカイン。
あの時、わしは殺してしまわないよう、騎士にあいつを預けた。
「すまない、今はカインと話をさせてくれ」
エドワードはわし達を止めた。
きっとエドワードはメディスンの暗殺に巻き込まれた一人だろう。
毒物が入ったワインを飲むのをカインは止めようとしたらしいからな。
「エド、体はどうだ」
「ああ、無事だ。それにいつのまにか覚醒したようだからな」
どうやらエドワードはスキルが覚醒したらしい。
人は何かのタイミングでスキルが覚醒すると言われている。
それがエドワードの身にも起きたのだろう。
「そうか……。エド、私といつもいてくれてありがとう」
「何を言ってるんだ……? お前は俺と――」
エドワードは震える声でカインの腕を掴もうとしたが、すぐに振り払った。
床に座り込んで頭を下げるカインを、わし達は見下ろす。
「カインよせ! お前が悪いわけじゃ――」
「申し訳ありません。今回の事件は私達ノクスフォード公爵家……いや、薬師ギルドと錬金術師ギルドのギルド町であり、現当主の父が犯人です」
まさか自ら事件のことについて、話に来るとはな……。
その後、カインは事件の全貌について語り出した。
両ギルドは今回、宮廷薬師となる3人を危険視して、元々殺害することが決まっていた。
貧民街出身のルーカスとリシアに関しては、すでに殺害したと思っていたが、今になって生きていることが発覚したらしい。
だから今回はメディスンだけが、殺害対象になっていた。
「薬師ギルドと錬金術師ギルドは人体実験をして、様々な毒物を作っています。今回使った毒物もその一つです」
「チッ! それで薬はあるんだろうな?」
わしはカインの襟元を強く握る。
だが、カインは首を横に振ることしかできなかった。
毒物は作ることができても、それを治療する薬が作れていないようだ。
「本当にすみません」
「いや、カインが悪いわけではない。犯人はギルドの連中なんだろ?」
エドワードの言葉にカインは頷く。
カインが本当に犯人なら、わざわざここまで来るはずがない。
そう思えるくらいには、彼の表情には迷いがなかった。
「どうか父を止めてください。薬師ギルドと錬金術師ギルドをこの世から消してください」
カインは何度も何度も床に頭を擦り付けて、わし達に頼み込んでくる。
ひょっとしたら、止めたくても止められなかったのかもしれない。
それでも被害に遭った父としては許す気もない。
「悪事を証明したらノクスフォード公爵家は終わりだぞ?」
「私はそれを望んでいます」
顔を上げたカインの瞳には戸惑い一つない覚悟を決めた目をしていた。
「私は養子の身分なので、ただの道具にすぎません。せめて弟や妹を悪事に染まらないようにしてあげられたら、それでいいです」
その言葉に胸が締め付けられる。
もしメディスンが同じような立場なら、きっと同じことをするだろう。
環境や立場が違えど、弟妹達を思う気持ちは同じのようだ。
「わかった。今すぐに――」
「当主様、失礼します」
「うぉ!? お前どこから現れた」
急に目の前にメディスンの護衛騎士であるクラウディーが現れた。
一番メディスンに魅了されて、頭がおかしいやつという認識だ。
「勝手ながら薬師ギルドと錬金術師ギルドを調べさせていただきました」
「「「「「はぁん?」」」」」
クラウディーの言葉に耳を疑った。
それはわしだけではなく、ここにいる全員が思っていた。
カインすら気づいていなかったからな。
「なぜそんなことをしていたんだ?」
悪事をしているとわかっているやつらのギルドに忍び込むって相当すごいことだぞ。
「メディスン様が王都にいる孤児を救うために行っている、慈善活動の一環です。今回はその助けられた者でメディスン教を設立し、所属する者が両ギルドに侵入し、情報を集めて参りました」
何事もなかったかのように、クラウディーは言葉を並べていくが、全く理解できなかった。
まずメディスンは王都の孤児達に何をやらせていたんだ。
それにメディスン教を設立して、ギルドに忍び込む力があるって、普通に暗殺部隊のようなものが存在すると言っているようなものだ。
次第に驚きから、興味津々な顔しているぞ。
「僕もエルネスト教を作ろうかな……」
「メディスン教……俺も入ろうかな」
いや、この王族はただ単にバカだった。
わしは隅にいた第二王子に視線を向けたが、彼も目を輝かせていた。
「はぁー、この国は終わりだな」
わしが呟く前にコンラッドが呟いていた。
「それでその情報は?」
「こちらになります」
クラウディーはまとめた情報をわしに渡してきた。
そこには数々のギルドの悪事や犯罪行為が並べられていた。
それに毒物の実験結果や作り方まで書いてある紙を持っている。
それにわしが知っているポーションが、薄めて作られてあるとか、常識を変えるものまであるからな。
「お前はこれで何をする気だったんだ?」
「メディスン様の神聖な残り香がついたお召し物と交換する予定でした。できればパン……いえ、何もありません」
うん、何かはわからないが、深く聞かない方が良いような気がした。
真剣な表情をしているが、明らかにクラウディーの頭の中は邪な気持ちしかないだろう。
わしはすぐにコンラッドとフィリクに手渡す。
「本当にこんなことをしていたのか?」
フィリクはカインにも渡して確認させる。
カインは一つずつ目を通した後に頷いた。
「はい、全て父の命令通りだと思います。孤児や未亡人を実験台にしているのは私も見ていましす」
その言葉にフィリクの目は変わった。
いつもは小動物のようなフィリクも市民を守る国王だ。
「コンラッド、奴らを一人残らず逃がすな! 今すぐに薬師ギルドと錬金術師ギルドに属する者を拘束しろ!」
「はっ!」
フィリクの鋭い命令が部屋を震わせ、空気を一変させた。
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