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不可逆性推理ゲーム  作者: せきね
5/7

解決編は遠く

 たった今、教授が言った言葉に引っかかりを覚えた。

 自分の中の何かが、違和感を訴えている。


「……今、なんて言いました?」

 思わず僕は教授に訊き返していた。

 何か、解決の糸口がここにある。そんな確信があったのだ。


「なんだ急に。ピザが届くのが遅いなと、そう言っただけだが」

「いや、その後です」

「せっかくのピザが冷めてしまう……」



 ……それだ。


 これがすべての謎を解くカギになっている。

 ということは……なるほど。説明がつく。

 これも、これも当てはまる。

 

 頭の中でパズルのピースが綺麗にハマっていく。

 間違いない。間違いない。間違いない。

 これで全てつじつまが合う。

 これしかない。


 と、内線が鳴った。

 教授が出ようと席を立つ。


「教授。真相がわかりました」

 僕の言葉に教授は相好を崩す。


「またまた。最後の足掻きかね?そこまでしてチキンを食べたいのなら良いぞ、桐生君も文句は言うまい」

「違います。本当に分かったんです」

 僕の表情を見て冗談ではないと悟ったのか、教授は表情を変えた。

「そうか……ま、とりあえずピザを取りに行かせてくれ。帰ってきて、そこで正解を見せてくれたのなら君の勝ちとしよう。条件は、ピザが届く前に真相にたどり着くことだからね」


 証明はその後でも構わない、と教授は付け足す。

「ピザは僕が……」

 立ち上がろうとする僕を教授は片手を突き出して制する。

「いやいや、君は座っていてくれたまえ。君の見つけた真相、それが正しい事の証明の準備をしていると良い」

 言ってコートを引っ掛け、研究室から出て行った。


 頭の中でもう一度検算をする。間違いない。これが正解だ。

 僕は部屋の隅にあった石油ストーブを引きずりながら部屋の中央へと移動させる。

 エアコンは切っておこう。

 ピッ、という小気味良い音を立てて温風が切れた。




「いやぁ、いい匂いだ。ピザを抱えて廊下を歩いていると、すれ違う人皆に声を掛けられて困る」

 ほくほくしながら教授は部屋に入ってきた。


「……ストーブをつけたのか。なるほどな」

 ピザを机の上に置き、コートを脱いで教授は座った。


「鉄の球と、ホワイトボードの磁石お借りしましたよ」

 教授は頷く。

「では話を聞かせてくれ。私はピザを食べながら聞こう」

 言いながらピザの蓋を取る。

 めっちゃおいしそう。

 クワトロチーズとイベリコ豚のハーフアンドハーフ。

 これがおごりだって言うのだからすごい。最高。

 もう説明責任を放棄して今すぐにでもかぶりつきたいくらいだ。

 教授は君も取り給えと先輩に促すが、先輩は動く様子が無い。


 教授が遠慮なくピザにかぶりつくのを横目に、一度深呼吸してから口を開く。

「僕はこの殺人とガラスを割った犯人が同一人物だという考えを曲げるつもりはありません。つまり、犯人は離れた場所にいながらも、深夜十三時に殺人現場のガラス窓を割ったことになります」

「遠くにいながらもこの部屋のガラスを割る方法を見つけた、という事か。しかし、遠くからガラスを割るのは良いが、窓の下にあったナイフと手袋についてはどう説明するつもりだ?」

 予想通りの質問が来た。


「これは簡単です。丁度画家の上に位置する部屋……二階の一番奥の部屋は空き部屋でしたからね。ここの窓から落とせば良いのです」

 言葉を聞いて、先輩がうつむいたまま反論をする。


「しかし外は雨が降っていたでしょう。二階の窓を開けたとなると、音が響くのではないですか?」

 その疑問はもっともだ。実際小説家が二階の窓を開けた時には、部屋の中で寝ていた妻が目を覚ますほどの音が鳴っている。

 しかし。


「それは問題ないです。それをやったのは雨の強くなる十一時前だったと考えればいいんですよ」

 ふっと先輩が鼻で笑う。


「また重要な証言を忘れているようですね。画家の妻の証言です。あの人の証言によって、十一時以前に犯行が行われた可能性は消されているのですからそれはあり得ません」

「先輩の言う通りです。例の空き部屋に近い実業家の妻が上の階に上がったのも十一時頃ですから、もしそれより後に窓を開けたとなると音が聞こえてこないということは無いと思います」

 先輩は怪訝そうな表情だ。思いのほか僕があっさりと自説を曲げたからだろう。

 しかし今はそれでいい。


「とりあえずここの議論は一度おいておきましょう。犯行の手口が分かればおのずとこの矛盾は解けますからね」

 ここからは、どうやって犯人が遠くにいながらも画家の部屋の内側から窓ガラスを割ったかを考えていけばいい。


「これまでの調査で、このガラス窓を割ったものというのがすでに判明しています。これですね」

 パチンコ玉と言うには少し大きめの黒い鉄の球を教授と先輩に見えるように掲げる。

「犯人は、窓ガラスを割るためになぜこれを使ったのか?どこにでもあるような石を使えば、現場に証拠品を残さずに割ることができたというのになぜわざわざこれを?ふとした思い付きではありましたが、僕はガウス加速器でこの球を飛ばすためだと考えました」


「ガウス加速器……ですか」

 教授はもちろん、同じ学科の先輩が知らない訳が無いのだが……一応説明をする。

「お見せします。ここに、先ほど教授からお借りしたネオジム磁石が三つと鉄球が四つありますね?」

 ネオジム磁石は強力な磁石なので、何もしなくても勝手に三つが繋がっている。

 そこに、四つの鉄球の内の三つをネオジム磁石の片側にくっつけて机の上に置く。


「これで準備は完了です。ここに、余った一つの鉄球を近づけてやります」

「ちょっと待て。一応怖いからそっちにティッシュ箱を置いてくれ」

 教授は言いながらティッシュ箱を、加速器の三つの鉄球が付いている方に立てて置いた。

 確かにこのままでは少し危なかったな。

 

 いきますと宣言してから、ネオジム磁石の三つの鉄球が付いていない方に少しずつ近づける。

 そしてある程度近づくと……

 パチン、と言う子気味良い音と共に三つ繋がっていた鉄球のうち一つが勢いよく飛んで行った。

 ティッシュ箱にあたったものの、ティッシュ箱は大きく押されて机から落ちてしまった。

 磁石三つでこの威力だ。


「おそらく実際には、鉄球の代わりに磁石を近づけてより威力を増すようにしたのでしょうが……これでも十分な威力が出ます」

「なるほど。これならばこの小さな球といえどもガラスを割ることは容易だろうが……しかしだ。これだけでは依然、犯人のアリバイを崩すことが出来ないのではないかな?」


「その通りですね。このガウス加速器を動かすには、一つきっかけが必要になります。それは、反対側から磁石に向けて鉄球を近づけてやるという動きです」

 銃を打つには引き金を引く必要があるように、ガウス加速器もまたその引き金を引く人が必要なのだ。


「では、そのトリガーは何だったのか。もちろんそれは人間の手ではなく……暖炉の火だったのだと僕は考えます。事件発生直後に探偵が駆け付けた時、暖炉の火はどういう状態でしたっけ?」

「まだ少し暖かく、消えたばかり……だった」

「そうです。それがまさに引き金となってガウス加速器を発射させたのです」


「言葉が足りんな。減点するぞ」

腕を組んで教授は言う。

「そうですね。すみません」

これも順番に説明していく必要がありそうだ。


「まず、僕が暖炉に目を付けたのは外に落ちていた鉄球の位置が不思議だったからです」

 手元の資料を教授に突き出す。

「教授が描いたこの資料には鉄球の位置が窓から見て左斜め前にあることが分かります。これって結構不思議な位置ですよね?始め僕は、窓ガラスを鉄球で割った理由を離れた位置で割ることでガラスの破片を体に付けないためだと推測していました」

「それなら普通、窓からは極力離れた位置から球を飛ばすのが理想になるな」


「その通りです。ましてやこんな、斜めに飛ばしたとしか思えない位置に球が落ちているのは不思議で仕方ありません。しかし、これにも何か理由があるはずだと考えたんです。そこで画家の部屋の見取り図と照らし合わせてみると、どうやら部屋の右側の壁についている暖炉が怪しいということになります」

「ここで暖炉か」

 先輩つぶやくのが聞こえる。


 ここから先は……実際に見せる必要がありそうだ。

 僕は立ち上がり、鉄球と磁石を持ってストーブの方へと近づく。

 磁石にくっついた球をぶら下げながら、ガウス加速器をストーブの天板に近づける。


 ガチンという音と共に加速器はストーブくっついた。

 変な焦げ臭いにおいがするが、まぁ大したことは無いだろう。

 しばらく待つと、先ほどまでは綺麗に一列に並んでいた鉄球たちが、急に行き場を失ったようにばらばらになってしまった。


「教授も先輩もご存じでしょうが、キーワードは減磁です。磁石などの磁性を持つものは、自身の温度によって磁力が減衰し、ある一定の温度に達すると磁性を失う性質があることが知られています。そして、その磁性を失う一定の温度の事をキュリー温度と呼びます。強力な磁石で知られるネオジム磁石ですが、その数少ない欠点の一つに、キュリー温度が低い事、つまり熱に弱い事があげられます」


 ネオジム磁石のキュリー温度は約300度。一般的なストーブの上であれば、完全に磁性を失うことなく、減磁を起こすことが出来る。

 正直この説明は釈迦に説法だが。


 一度ストーブの炎を消す。

 するとしばらくたってからまた鉄球は磁石に吸い寄せられるように動き始める。

 磁石の温度が下がり、磁石本来の性質を取り戻したせいだ。

「おそらく、犯人はこれを利用してガウス加速器を発射させたのです。暖炉の火が消えたときに磁石に磁性が戻り、球を発射する装置ですね」

 言ってから二人の表情を伺う。


「素人意見で恐縮なのだが……」

 とぼけた顔で教授は口をはさんできた。

 あんたは専門家だろというつっこみをぐっと抑える。


「可逆減磁で温度が戻った時に磁性が戻り、それをトリガーにして装置が動くというのは理解できる。が、それだと威力に問題があるのではないかな?」

 その通りだ。


 専門的な話にはなるが、この装置は磁石の作る磁場のポテンシャルエネルギーがエネルギーの源になっている。それを弱めることで装置が発動しないように制御するのであれば、炎が消えた時、磁場は弱まったままぎりぎりで均衡が崩れた時に装置が動く事になる。

 つまりこのままでは、エネルギーが弱い状態で発射されることになってしまうのだ。

 だがそれも少し考えれば解決可能。


「それについては問題ないと思います。加速器本体は炎の外に出しておき、加速器にくっつける磁石のみを炎の中に入れておけばいいんです。多少は本体の磁石も減磁するでしょうが、機能に問題はないと思われます。市販のネオジムでは都合が悪いというのであれば、ジスプロシウムの添加量を調整するなどして保持力を挙げてやればいいんです」


 教授は黙って頷いた。教授がこれを知らない訳が無い。おそらくただの確認だろう。

 これ以上何かを言うそぶりが無いので、僕は話を続ける。


「装置の具体的な形については良く分かりませんが、想像する限り不可能ではなさそうです。例えば暖炉の中にある二つのレンガを使ってその隙間をレール代わりにし、それを窓に向けて斜めにしておくことで無理なく実現できるでしょう。球が黒かったのは炭の中でも目立たないようにするためだと考えられます」


ここで、先輩が初めて口をはさんできた。

「……ここまでは分かりました。その場にいなくても、暖炉の火が自然に消えるのをただ待てば勝手にガラスを割ってくれるわけですから。しかしこのトリックを使えば誰でも犯人になりえるとも言えるのではないですか?アリバイがないのは等しく全員同じということになると思うのですが」


「ところがそうではないのです。そこで出てくるのが、暖炉で見つかった紙の断片です」

「というと?」

 教授は律義に反応してくれた。


「思い出すべきは、その時の状況です。もう一度何があったかを説明してもらえますか?」

「探偵が窓を調べていた時、背後から声が上がった。振り返ると、画家の息子が暖炉の前で屈んでいるのが見える。どうしたのかと声を掛けると、一枚のメモを渡されるわけだ」

これでいいかと教授は言う。


「画家の息子は他の人間が窓や死体の状況を見ている中で一人だけ暖炉に目を付け、そこでメモを見つけるわけですが……そこで彼がその場に残った磁石を回収しているとすればどうでしょう?ネオジム磁石は非常に小さいため、隠し持つことは容易です。しかし、何もないはずの暖炉にいきなり屈みこんでごそごそしているのでは怪しまれます。そこでメモを置いておくことで、それを見つけたと主張して不自然さを消したわけですね」


「理由もなく暖炉の中にある磁石や黒い鉄の球を回収しているところを見られると不都合だから、その理由が必要だったという事か」

「また、このメモの内容はあたかもこのガラスを割ったのが犯人であるという状況証拠をより強固にするものでもあります。画家先生が深夜に誰かと会う約束をしていたとなれば、捜査の目をそちらへ向かうでしょうからね」

犯人にとって不都合だから燃やされたのだ、というミスリードを利用して自身を犯人像から遠ざけることが出来る。


「……そこのストーリーに矛盾はありません。しかし彼がいつ父を殺せたというのですか?十分ほど席を外すことがあったという話がありましたが、今の仕掛けを作るとなると十分では難しいでしょう」

アリバイか。それなら問題は無い。


「帰納的にはなりますが、一応説明はつきます。犯人が息子なら、その母親が偽の証言をしたということは十分に考えられるでしょう。つまり、画家は十一時より前に殺されていたんです」

もう一度犯人の行動を洗い出す必要がありそうだ。

考えをまとめてから口を開く。


「被害者の画家と妻は、十時ごろに自室に帰っています。そのすぐ後に追うように息子は部屋に戻り、そこで殺害を行っているのです。そして彼は焦ることなく暖炉に仕掛けを施し、そして凶器と手袋を持った状態で二階へ上がります。そして画家の部屋の上の空き部屋へ侵入し、窓を開けて真下に落とします。その時はまだ十一時前なので二階に人はおらず、また雨も強くないので窓を開けたとしても何も問題は無いわけです」


これで犯人のしたことは以上。

その後は何食わぬ顔でロビーへ行き、アリバイを証明してもらえばいいわけだ。



どのタイミングで母に犯行がバレたのかは流石に分からないが、十一時時点ではまだ生きていたという証言をすることで息子のアリバイはほぼ完璧になる。


「なるほど。それが君の結論なのかね?」

僕は頷く。これ以外は考えられない。



しばしの沈黙の後、教授は口を開いた。

「正解だ、と言いたいところなのだがね」


不穏な切り出し方だ。隣に座る先輩がおもむろに顔を上げたのが視界の端に見えた。



「この事件、実はまだ解決していないのだよ。現在、この物語上の実業家の妻にあたる人物が容疑者として警察に拘束されている」


「……は?」

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