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迷人戦記  作者: すわっこ
5/9

脱走

……やけに静かだな。


まあ気にしても仕方ない。とりあえず出口に向かうか。


……


出口付近。


このまま出られれば……


出口の扉に手をかけたその時。


あら、どこに行こうというのかしら。


……っち。見つかったか。


羽を生やした女が姿を現す。


随分と虚仮にしてくれたわね。


まずいな。


言っておくけど、どう足掻いても逃れる術は無いわよ。


その通りでございますわ。


メイドが姿を現す。


お前無事だったのか。


これは本当にまずいな……魔法使いが来てくれても戦力差が歴然だ。


万事休すか……


爆発する音と共に魔法使いが物凄い勢いでこちらに飛んでくる。


お待たせ!蓄えてた魔力を解き放って封印魔法をぶち破ってきたわ!


とりあえずここは私が抑えるから先に行って!


でもお前……


大丈夫、これが初めてじゃないわ。私が地下室に捕まっていたのは私の魔法に利用価値があると思っての事だから捕まってもまた戻されるだけ。心配しないで。


ごめん……


迷人は扉を開け、闇夜へと消えていった。


そうはさせないわ。


お前達の相手は私よ!


迷人の背後から激しい戦いの音が鳴り響く。


今は逃げて、逃げて逃げて。戦う術を身につけて必ずお前を助けに戻る。


……


ここまでこれば……


館は迷いの森の中に建っており、館を出た迷人は真っ直ぐ森を進み少し開けた場所に出る。


あそこで休憩しよう。


……


ふう。


月が、星が……綺麗だな。館の中からじゃこんな景色見れなかったもんな。見る余裕がなかった、か……


この世界、実は結構良いとこなんじゃないかな。この景色を見てるとなんだかそんな気がしてきた。


……メイド女が言っていたけど俺の世界からこの世界に人間が迷い込んでくることはそう珍しくないらしい。だけどその殆どが飢えて死ぬか、魔物に食われて死ぬ。俺の様に捕まって奴隷になる人間や上手くやって生き伸びていく人間もいる。


なんか不思議だなあ。そんな事向こうの世界の人間は誰も知らないっていうのに。


……さーて、そろそろ行くか。いつまでもこんなとこで休んでても魔物に食われちまうもんな。


よっと。


迷人は立ち上がり森を抜けるべく更に奥へと進むのだった。


……


それにしても暗い森だなあ。はあ嫌だ。こんな夜中に一人森の中。しかも人食いの魔物まで出るなんて。


怖すぎるわあ。


ってもそんなにうじゃうじゃはいないだろ。


出くわしたら運が悪かったなあくらいで。


でも森の中は遭遇率高そうだよな……


……さっさと抜けよう。


……あいつ、大丈夫かな。


まああの魔法見る限り相当強いだろうから平気か。石壁のアレ、相当な破壊力だったし。


もし負けてもまたあの部屋に閉じ込められるだけ……


いや、だめだ。あいつは利用される為に捕まってるんだ。もしかしたら酷い事をされるかもしれない。


それに今回こんな大騒ぎが起きたんだ。封印の力も強化されてもう抜け出す事が容易じゃ無くなるはず。


僕の為に蓄えていた魔力を使ってしまったし、次それだけ蓄えるのにどれだけ時間がかかるか……。待っててくれ、絶対に助けに行く。


……でもどうやって。あんな桁外れに強くて魔法まで使う相手に。しくじれば殺されるか運が良くてまたあの奴隷生活に逆戻りだ。


しかも次は脱走のチャンスなんて二度と無いだろうな。


……ま、そんな事考えてても何も始まらないか。とにかく先に進もう。


怪我を治せるとこも探さないと。


流石に今晩このまま野宿なんてすれば魔物もそうだけど体がもたない。


誰か怪我の手当てをしてくれる人を見つけないと……


うっ……


ゲホッゲホッ……ゲボッ……ドボボボボ


迷人の口から大量の血が噴き出す。


治癒魔法の効力が切れ……た?何故……


と……にかく。前に……ま……えに。


うっ……


ゲホッゲホッ


ハァ……ハァ……


苦しい、それに眩暈がする。血を吐きすぎたか。


くっ、そ……メ……イド……女め……


その時草が揺れる音が辺りを響かせた。


あら、私がどうかしたかしら?


メイド服の女性が笑みを浮かべ姿を現す。


!?


メ……メイド女……どうして……ここに……


流石にかなり手こずらされましたわ。主がかなりの深傷を負わされてしまいました。にしてもあの子も不憫ね、自分一人だけなら逃げる事くらいできたのに。


え……


あの子が逃げれば次に標的になるのはお前。一人だけで私と主を倒しお前と合流する事は叶わないと分かって最後の力を振り絞って私達を足止めし力尽きたわ。


さあお前の唯一の希望は断たれた。今度こそ観念しなさい。


ごめん……


……もう……ここまでか……


諦めなさい。お前の未来はどう足掻いても絶望だけよ。


なんでだ……なんで……僕が何をしたっていうんだ。


僕は、僕の世界で普通に暮らしていた。そしたら偶然この世界に迷い込んできてしまって、直後お前に連れ去られ奴隷にされた。


なんで好きでここに来た訳じゃ無いのに!いきなりお前ら赤の他人の奴隷にならなくちゃいけないんだ!


そんなの簡単な事ですわ。お前の様なのはこの世界では虫ケラ同然。だから奴隷にしようが殺そうが私達の勝手なのよ。


……イカれてやがる。


何とでも言いなさい。


くっ……


さあ、暴れるんじゃないわよ。


……いつの間に。


瞬く間にメイドは迷人の後ろに回りスリーパーフォールドをかけていた。


落ちなさい。


やばい……このままじゃ……


落ちる……意識が朦朧としだした絶望の状況の最中、背中にあたる柔らかい感触に意識がいく。


禁欲生活の日々と地下室での出来事のせいか、それが引き金となり咄嗟に思いついたその作戦は即実行に移された。


以前急に背中にのしかかってくる男友達がいた。そいつの事が鬱陶しく思い引き摺り下ろす為に編み出した男女共に効く背後を取られた時の裏技。


手を下から後ろに回し背後の人間の股間をイジる技、その名も股間掴み。


メイド女は普段発しないであろう女らしい声をあげ、身を逸らした。


今だ。


迷人はメイドの方へ振り返り思い切り腹を蹴飛ばす。メイドはその場から人一人分程吹き飛び地面に倒れ込む。


やっぱりな、お前の化物じみた力と速さは魔法で強化していたからだったんだ。恐らく防御も同じ原理で固くできる。でも不意打ちには無防備だったようだな。


っく……下衆な真似を……


お前にだけは言われたくねえよ……


じゃあな。


……ま……待ちなさい……



……



メイドを撃退した迷人は森を更に進み大きな川へと差し掛かっていた。


ここまでこれば……


ったく……どこまで追ってくんだ。


未来から来た殺人ロボットかよ。


でも流石にもう追ってこないだろ。


……それにしてもまさか道の終わりが激流とはな。


はあ……どうするかなあ……


突然地面が揺れる。


激流の川の音で掻き消されながらも微かに確実に森の中から地響きの音が近づいてくる。


……ん?何だ、何の音だ。


地響きは更に大きくなりその正体が森の中から姿を現す。特徴はその大きな口に鋭い牙。体の大きさは象程あり、立派な立髪を持ち両腕両足はゴリラのように逞しく爪は熊の様に鋭い。


……ぁ……あ……


川を背に追い詰められた迷人は魔物の鋭い爪に切り裂かれ激流の川へと投げ飛ばされた。

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