森の中で
草木が生い茂り、月明かりの届かない鬱蒼とした夜の森の中。一人の青年が息を切らしながら何者かから逃げていた。
あいつは何なんだ。どうして振り切れない。
今まで生きてきて初めて感じた本物の恐怖、普通の人間が普通に生活している上で、まず感じることのない感覚。
命の危機、その感覚を僕は今感じている。
なぜこうなったのかは分からない。でも一つだけ分かることがある。僕を追いかけてくる人物(?)は僕を殺そうとしていること。
そいつはなんの疲れもみせず凄まじい勢いで追いかけて来る。信じ難いけどこの世の生き物とは思えない。
追手は僕がどれだけ速く走ろうと、獣道を無作為に進もうと関係ない。真っ直ぐこっちに向かってくる。一体何者なのだろうか、それにここは何処なのだろうか。
――うわっ!!
青年はとうとう疲労が最高にまで達し、木の根に足を引っ掛け思いきり地面に転けてしまった。
咄嗟に近くの草影に隠れ身を潜める。
ザッ……ザッ……ザッ……
追手はすぐそこまで来ている。
辺りは草木が生い茂り、月明かりの届かない鬱蒼とした夜の森の中。他の生き物の気配は全く感じられない。
誰かに助けを求めることはできない。
ならとれる行動は二つだ。
一つ目は、このまま身を潜め隠れ通すこと。
これだけ深い森だ。身を潜めていれば追手に気づかれずやり過ごすことができるかもしれない。
そして二つ目、これは正直賭けになる。
追手が僕より運動能力が上なのは間違いない。
でも、不意を突いて手元にある枯れ木の棒を追手に上手く突き刺してやれば優位な状況になるかもしれない。
しかし後者はあまりにも危険すぎる。なんせ追手は僕を殺そうとしているのだから。
もし失敗すれば確実にその場で殺されるだろう。
それならまだ前者の隠れるを選択した方が賢い。
でも、追手は普通じゃない。僕の常識が通用するとは思えない……
なら、今僕にできる最善策は……
――ヒュッ……ストンッ
……なんだ……?今、近くの木になにか……
――ヒュヒュヒュッ……ズドッ
何が起きた。何かが僕の背に刺さった?
青年は背中に痛みを感じ始め、それが致命傷であることを悟った。
うっ……ぐ……
ザッ……ザッ……ザッ……
追手が歩み寄ってくる。
もうとれる行動は一つしかない。
チャンスは一度だけ。草影に隠れている僕を追手が見つけた瞬間。
少し……あともう少し……
今だ!!!!!
青年は身を乗り出し、右手に持った武器を振りかざした
な……ん……で……だ……
青年は追手の姿を確認する間も無く、何をされたのかも分からず地面に崩れ落ちた。