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かくして道は開かれる  作者: 藤井 三打
二章
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4話 一日の始まりはアサゲイコから

 オークと呼ばれる種族がいる。

 顔は豚面で、おしなべて大柄。

 一文字違いのオーガが筋骨隆々ならば、オークは肥満体である。

 だがオークとオーガのもっとも大きな違いは、理性と常識の有無だろう。オーガは乱暴だが、一応は常識の範疇に住む人類である。かたやオークは乱暴であり、かつては魔王に頭を垂れた魔物である。村を集団で襲い暴力と略奪を繰り返すオークは、ゴブリンやコボルトと同じく冒険者の討伐対象であった。

 巨漢に見合ったタフネスと棍棒程度の武器を使う知性は厄介であり、数十の群れになれば、軍隊が包囲殲滅しなければいけない脅威である。

 そんなオークの群れが、たった一体のゴーレムにより全滅していた。

 全員が地面に倒れ伏し、それはまるでゴーレムに平伏しているようである。

 オークより一回り大きいサイズのゴーレムに、小柄な少女が声をかけた。


「ふむ。せっかく穴蔵から出てきたのに、この程度か。オークが思ったより弱かったのか、キミの完成度が想定以上だったのか、さてどちらだろうな?」


『後者でしょう』


 ゴーレムは率直に簡潔に、図々しく返答した。


「ふふふ……それでいい、それで! この天才が作り、天才が鍛え上げたキミならば、それぐらいは言う権利がある!」


 図々しい創造物の主もまた、それ以上に図々しかった。


「ならば我らの才能に相応しい相手を、もう少し探してみようか」


『かしこまりました』


 ゴーレムと少女は、そのまま何処かへと立ち去ろうとする。

 だが、ゴーレムの足がピタリと止まる。


『少々お待ちを。このまま乱雑に死体を放置していては、環境に悪影響を与えてしまいます。埋めますので、しばしお待ちを』


「細かいことを気にするなあ」


『主が大雑把である以上、主の隙間を埋める私はこれぐらいでいいのです』


 ゴーレムはそう言うと、片足で地面を素早く蹴りつける。

 その一撃にて、地面に大きな穴が空いた


               ◇


 まだ日の昇る前、朝一番にライデンのケイコは始まる。

 まず探すのは、開けた場所である。

 これは昨晩のうちに、ひと気のない街道から外れた空き地にキャンプを張っておいたので問題ない。この場所は、ライデンが求める最良の条件を満たしていた。

 ユカタを脱いで、マワシ姿となった後、まず始めるのはシコである。ボルグたち獣人部隊を退け、街を守る兵士たちを力づけたシコ。これを何度も踏むことで、足と腰を鍛える。ライデンがシコを踏むたびに地面が揺れ、遠くの森から鳥の群れが飛び立っていく。

 その後、足を上げず、ずっとすって移動するスリアシで辺りを何周もする。ただ移動するのではなく、中腰で物を押すことを意識し続ける。そうすることで、全身に力が入り、一歩一歩の重さが変わってくる。

 スモウの鍛錬は、足腰の強さを重視する。相手を押し出すこと、投げることにおいて、しっかりした土台となるのが足腰だ。足腰の鍛錬こそが、リキシの肝である。

 続けては、大岩に向かって何度もハリテを打ち込む。何度もハリテを出すことで、フォームを調整し、手のひらを固くして、更に心肺機能も強化する。これぞ、テッポウと呼ばれるケイコだ。ライデンのテッポウは、岩にヒビが入ったところで終わった。

 ライデンの身体に、ようやくうっすら浮かぶ汗。その体力は、尋常でない。

 ふうと一息吐き出した後、ライデンは自分のテントの隣りにある、もう一つのテントの前に移動した。


「フン!」


 気合一発、今までのシコよりひときわ力強いシコが、辺りを、いや、近くに見える山ごと揺らす。地震の如き振動により、今まで微動だにしていなかったテントが、もぞもぞと動き始めた。


「う~~ん……」


 寝ぼけ眼のヴィルマが、目をこすりながらテントから出てくる。

 パチパチと瞬きしてライデンを見たヴィルマは、再びテントの中に戻っていった。


「いや起きろよ!」


 ライデンの怒号が、再びテントを震わせた。


               ◇




 テントの外に作られた焚き火の上にあるのは、鉄鍋である。

 鶏肉入りのチャンコを、ライデンはぐるぐるとかき混ぜている。

 今日の鍋の味はショウユである。

 オヤカタから聞いた製法を元に再現した、豆が原材料の調味料だ。この芳しさと塩っけある味は、どんな食材とも相性がいい。オヤカタのおかげで、特産品が暴力しか無かったオーガの村に、光明が差し込もうとしていた。


「おいしい……」


 そんなチャンコを食べながら、ヴィルマが率直な感想を述べる。

 自らもチャンコをよそった器を手にし、ライデンはそんなヴィルマに話しかける。


「お前なあ、リキシのケイコは朝からだぞ?」


「まだ、飲んだくれてた頃のクセが抜けなくて。今のわたしは、昼起きて朝寝ると調子がいいんだ」


「かと言ってお前、夜に働いているわけじゃないんだろ? いくら調子が良くても、人として破綻してるぞ、それは」


「ん。治すよう、善処する」


 ヴィルマ本人はこう言ったものの、これはどうにも、なかなか治りそうにない。

 ライデンは鉄鍋を片手でつかみ、中身のチャンコを食うというより飲み干す勢いでいただくと、空の鍋を置いて立ち上がった。


「まあそもそも、リキシのケイコは朝から晩までだ。腹も膨れたところでやるぞ!」


 ライデンは自分で地面に書いたドヒョウの上にデンと立つ。

 ヴィルマはユカタを脱ぎ捨て、昔から使っていたビキニアーマーの姿でドヒョウに上がった。ブラ、パンツ、手と足のパーツ、それに僅かなアクセサリーのみの、エルフ族の戦士が着る伝統衣装である。左腕の義手は、鈍く光っていた。


「おい、それ……」


 ライデンが指差すのは、ヴィルマの腰についている、鞘入りのダガーであった。

 ヴィルマが逆に問い返す。


「ダメかな」


「ダメだろ。スモウは無手が基本だ」


「昔から持っている、お守りみたいなものなんだけど。使わないで、腰につけておくだけだから」


「うーむ。どうせその長さのダガーじゃ、俺の肉は貫けねえか。よし、つけてていいぞ!」


「自分で頼んでおいてなんだけど、その判断基準はどうかと思う」


 そう言いつつ、ヴィルマは大事そうに腰のダガーを軽く叩く。

 リキシにこのダガーが不必要であったとしても、この鎧とダガーは、戦いから一線を退く時も捨てられなかった愛用品だ。未知の分野に飛び出すのだから、これぐらいの安心は欲しい。

 相撲を知っていれば、なかなかに前衛的なリキシとして初めてドヒョウを踏んだヴィルマだが、この土地がドーゼン大陸である以上、この前衛さを咎める者はいなかった。

 ライデンは自らのマワシをパン!と軽く手で叩く。


「本当だったら、お前用のマワシを用意しなきゃいけないんだが……」


「次の街で買えるんじゃない?」


 ヴィルマはそう言うものの、ライデンは首を横に振る。


「これ、履けるパンツじゃなくて、長い一枚布を巻きつけてるんだぞ?」


「ふうん……それは無理かも」


「長いだけでなく、リキシの力に耐える丈夫さが必要だ。マワシのことはおいおい考えるにしても、マワシが無いといかんせん押すケイコも投げるケイコもままならん。だからひとまず、マワシがなくても出来ることをするしかないな」


 ライデンは大きく手を広げ、その圧のある大胸筋をぐいっと前に突き出す。


「さあ来い!」


 さあ来いと言われても。戸惑うヴィルマ。

 あの、岩をも砕きそうな頑強な身体に、まっすぐ突っ込めというのか。


「お前にマワシがなくても、俺が壁になる分には問題ない! だったら、ひとまずぶつかってみるしかないだろ!」


 戸惑うヴィルマに説明するライデン。

 いやまあ、説明があっても結局戸惑うことに代わりはないのだが。


「思いっきりぶつかってこい! 俺を信じろ! 一歩踏み出せ! ハッケヨイ!」


 ライデンは仁王立ちのままヴィルマを鼓舞する。

 ライデンを信じるかどうかはともかく、一歩踏み出せと言われたのは、心に刺さった。元々、先行きの無さをどうにかするために、ライデンについてきたのだ。ならば、踏み出せと言われた以上、やってやるしかない。

 ヴィルマは王都でのライデンを思い出しつつ、ソンキョの姿勢を取る。

 このまま、一息で頭から突進する。それが、スモウのタチアイだ。

 ライデンを思い出し、頭から突っ込むヴィルマ。待ち構えているライデンの肉体に近づけば近づくほど、頭から当たることへの恐怖がわいてくる。考えてみれば、頭とは重要な部分である。少しぶつければクラクラするし、首に怪我を負えば身体全体に影響するし、身体から離れればどんな生物でも死ぬ。

 そんな大事な部分で突っ込む。いや、リキシ同士ならば、おそらく頭をぶつけ合うのだ。なんて恐ろしいことをするのか。ヴィルマは思わず、肩を先に出しそうになるものの、なんとか頭からライデンめがけ突っ込む。目標は、腹だ。

 目をつむり、半ばやけでライデンにぶつかるヴィルマ。ガチガチの肉体に突っ込んだはずなのに、頭から伝わってくる感触は柔らかかった。柔らかに受け止められ、そのまま優しく弾き返される。当然、ヴィルマの頭にも首にも、痛みなど無かった。


「おっと」


 弾かれ、よろめくヴィルマの腕をライデンが捕まえる。


「頭から突っ込むのは勇気がいることだ。オーガ族でも、最初はビビって、おもわず肩でぶつかっちまうのに……やるな、お前」


 ライデンは嬉しそうにニヤリと笑う。そんなライデンの腹を、信じられないようにさするヴィルマ。当然、ライデンは不思議そうな顔をした。


「何しやがる」


「いや、もっと固いと思ってたから」


「おいおい。そう思ってたのに、頭から突っ込んだのかよ!? お前、スゲエな! 軽いのが気になるが、なあに、何度もこっちにぶつかっているうちに、正しいタチアイも覚えられるし、額も俺みたいに丈夫に……」


 ヴィルマを絶賛するライデンであったが、その声のトーンが一気に落ちる。ヴィルマを見るその顔には、間違いなく戸惑いがあった。


「どうしたの?」


 下から見るようにして、ライデンにたずねるヴィルマ。ライデンはむむむと何やら言いたい様子をみせるものの、その口が開くことはなかった。


「よし!」


 答えぬまま、ライデンは何かを仕切り直すように息を吐いた。

 ライデンはドヒョウから出ると、ズカズカと大股歩きでどこかへ向かう。


「ちょ、ちょっと待ってよ」


 あわてて追うヴィルマ。

 歩幅のあるライデンに追いつくため、思わず小走りになる。

 ライデンが止まったのは、キャンプの近くにあった森の前。立派な木が並ぶ、薄暗い森の入り口であった。

 ライデンは、自分の胴回りぐらいありそうな太い幹の前に立つ。


「今から、お前に合った技を教えてやる」


 ライデンの口調は、やけに重くなっていた。


「タチアイは?」


「アレは、お前に向いていない」


「……はい?」


 思わずヴィルマは聞き返す。

 確かに、ヴィルマはオーガ族に比べれば軽量だ。

 骨だって細いし、肉だって少ない。ああやって突っ込むこと自体が向いていない。

 だが、あれだけ勇気があると絶賛していたのは、なんだったのか。教える側が見せた喜びは、なんだったのか。


「ちょっと見ていろ」


 聞こえているのかいないのか、ライデンはヴィルマに返事をしないまま、幹の前に立つ。ライデンがそこから繰り出した技は、そんなヴィルマの不満を驚嘆に替えてしまう技だった。




               ◇



 大木が根本から折れていた。

 一本だけではない。森でまるで巨竜が暴れたかのように、周囲の大木が軒並みへし折られている。木を容易く小枝のように折ってみせたのは、一人のリキシであった。


「この技を、これから練習する」


 ライデンがそう言い、ヴィルマの方を向くものの、ヴィルマの顔は驚きで固まっていた。


「俺が考えるに、このスモウの技が、最もお前に、エルフの体格に適した技だと思っている。コツを覚えるまで、しばらくこの場所に居座るぞ」


「いやその……」


 何か言いたげなヴィルマ。その顔は、驚きから困惑に塗り替わっている。

 ライデンは厳しい様子で、その困惑に相対する。


「もし自分には出来ないと思ったのなら、スモウに関わるのは諦めたほうがいい。おそらくこの技が、今一番お前にとって有効で使える技であって」


「そういう真面目な話じゃなくて。わたし、一応、ダークエルフなんだけど……」


「いや。それはわかってるが。だからこうして」


「エルフって、森の民だからね?」


「……やべっ」


 ライデンは周りに散らばる木を見て、やっちまったと気づく。

 エルフとは、森に住み、森を愛する一族である。

 森を無用に傷つける者には、決して容赦しない。

 この大木が無残にへし折られている光景は、おそらくエルフ的には一族抹殺レベルの大罪である。

 ヴィルマの顔は、冷徹そのものの顔、今でもナイフを手に飛びかかってきそうな顔になっていた。

 ライデンは気まずそうに頬をポリポリとかいてから、ヴィルマに問いかける。


「怒ったか?」


 そんなライデンの顔をヴィルマはじっと見た後、


「ふふふ、ははは!」


 楽しそうに笑った。あまりの変わりように、今度はライデンが困惑してしまう。

 笑いつつ、ヴィルマはライデンに話す。



「他のエルフはともかく、ダークエルフはそこまで自然派じゃないから。更にわたしは、随分昔に一族から出た身だし。もったいないって気持ちはあるけど、別に怒ってないよ」



「そうか……そうなのか?」


「うん。折った木はまとめておいて、あとで近くの村に売りに行こう。折った以上、最後まで役立てるのは義務だよ」



 過剰な反応はしないものの、どう木を役立てるかを考え、自然を尊重している。やはりダークエルフも、エルフの風習や血族に連なる一族である。

 ヴィルマは微笑みながら、ライデンに話しかける。


「タチアイの時、何があったかはわたしにはわからないけど、とにかく、そんなに固くならないでよ。そんなんじゃ、わたしもそっちも、両方疲れるから。わたしはライデンというリキシを信じている。だから従うし、路線変更への不満はないよ」


 ヴィルマにこう言われ、ドヒョウを降りてからライデンにあった硬さが、すうっと抜けていく。教師は弟子を育て、弟子は生徒を育てる。そんな言葉を実感できる、ヴィルマの優しさであった。


「よし。わかった。お前がそう言うなら、俺もお前を信じよう。チャンコを作った鍋を洗ってくるから、少しここで待っててくれ。その後、ちゃんとコツを教えよう」


 そう言って、ライデンは一度テントの方に戻っていく。その足取りは普段どおりの自然な足取りに戻っていた。

 残されたヴィルマは、先ほどのライデンが見せた技の型を真似してみる。

 そうした後、ある事実を痛感する。


「わたしに、この木が折れるのかな」


 いくら鍛えても、ライデンのように、容易く木をへし折る域まではたどり着けないのでは。骨格や体格の違いから、ヴィルマはそう思ってしまった。

 だが、この技を、ライデンは最もエルフに適した技と呼んでいた。ならば、しっかりと練習すれば、ライデンを超える域にいけるはずだ。いや、きっと、たぶん。

 ヴィルマの練習に、熱が籠もり始めた。

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