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かくして道は開かれる  作者: 藤井 三打
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28話 スモウを追い越せ

 目指した時は城跡。たどり着いた時は城塞。そして今は、再び城の跡地――

 女戦士は、遠い丘から自分たちが捕らえられていた城を見ていた。


「どうした? やはり、ここに残るか?」


 パーティーメンバーである女騎士が、離れがたそうな様子を見せる女戦士に問いかける。牢に囚われていたところをヴィルマに救われた女戦士たちは、見事脱出に成功していた。もし、少しでも逃げ遅れていたら、シュンシュウの暴走による崩壊に飲み込まれていただろう。

 女戦士は、自身のパーティーメンバーを見渡した後、呆れた様子で話す。


「早急に装備に手を加えないと、いい加減鎧が弾けるぞ。先祖伝来の装備を改造するには、一度故郷に帰らないとな」


「な、何を言うか! 私は別に平気だぞ!」


「ずっと腰回りから、みちみちと限界な音が聞こえているのだが」


「べ、ベルトが多少きついだけだ! まだ大丈夫、まだ大丈夫だぞお!?」


 女騎士の反論には、まったく説得力がなかった。

 なにせ女騎士を始めとするパーティーメンバーは、全員若干丸くなっている。

 どうも、女戦士の予想よりも早い段階でチャンコの魅力に屈していたらしい。


「実際、チャンコの魅力……いやもうアレは、魔力だな。美味さも行き過ぎれば、魔法と変わらない。いくらでも食べられてしまう。なんなら、鍋一ついける。こんな、胃の限界を忘れたことを考えてしまう以上、もはや危険物だ」


 女戦士は、自身の露出した六つに割れた腹筋を撫でつつ、そんなことを言う。

 腹筋は未だ健在であったが、薄い脂肪の存在を指は感じ取っていた。


「だが、私はあの男がしようとしていることが認められない。いや、すぐに認めてはならないのだ」


 四百年前の戦いの後、封じられた魔王の元より逃げ出した高位魔族を狩るために生きてきた一族の末裔、それが女戦士だ。時代が人同士の争いに移り変わる中で、ただ魔との戦いに身を捧げる。これは、一族全員が、この場にいるパーティーメンバー全員が背負ってきた宿命である。


「力比べであるスモウで、魔物と分かり合い、不滅と思われていた高位魔族を葬る。我々が想像もしなかった成果を上げて見せたスモウ。素直に認めてしまっては、我々だけでなく先祖たちの生き様まで否定することになる……小さなことを言っていると思うか?」


「いや。間違ってないよ。このままここにいては、感動とチャンコで衝動的にスモウを認めてしまう、一度距離を取るのも間違ってない。考えることは、人の力の一つさ」


 女騎士の頷きと納得に、パーティーメンバーたちも続いた。


「どれだけチャンコが気に入ったんだ。しかし、分かり合うというのは難しいことだ。実際、魔物が敵であることを前提とした生業だってたくさんある。これから、リキシが挑むのは、もしかしたら魔王を倒すよりも難しい挑戦なのかもしれないな」


 踵を返し、立ち去ろうとする女戦士。

 その先にいたのは、義手のダークエルフであった。


「どうも」


 実に簡潔な挨拶をするヴィルマ。

 恩を着せる気などかけらもなく、ただ自然体でそこにいる。

 どことなく、ライデンたちと接している時とは違う雰囲気に見えた。

 女戦士は、パーティーを代表して頭を下げる。


「……礼を言う機会を逃すところだった、助けてくれてありがとう」


「そんなのは気にしなくていいよ、もともと、わたしのせいみたいなものだし」


「それは、どういうことだ」


「いったい誰が、あなたたちに魔王憑きの発生を知らせたと思ってたの?」


 女戦士たちは、魔王憑きを防ぎ高位魔族を狩るために、この地に派遣されてきた。

 指令自体は一族の長から受け取ったため詳細は知らなかったが、今回はとにかく出動が早かった。誰かの報せがあったと考える方が自然だ。

 その誰かは、今現在、パーティーの前に立っていた。


「エルダー・ゴブリンが魔王憑きにあったから、早く来て欲しい。まさか、あんな短い間にライデンが乗っ取られるとは思わなかったから、物事が予想以上に大変になったっていうか。正直、気にはしていたんだけどね」


「今の世の中、我ら一族の存在を知る者は少ない。通信手段を知っている者となれば、なおさら数は減る。いったい、あなたは何者なんだ」


 女戦士の疑問には答えず、ヴィルマはしたためておいた手紙を取り出す。

 少し考えたあと、ヴィルマは腰のダガーを外すと、手紙に添えた。


「里に帰ったら、一族の長にことの顛末を伝えた上で、この手紙とダガーを渡して欲しい。このダガーはいらなくなった。そう伝えてもらえれば、きっとわかるはずだから」


 ヴィルマが自身のスモウ殺法に使用し、使わずともお守りとして腰につけていたダガー。そのダガーと手紙を、ヴィルマは女戦士に託す。


「四百年前、当代の英雄をもってしても、高位魔族を滅ぼす手段は見つからなかった。でも、スモウは高位魔族を倒し……今までは無理だと思っていた、魔物とわかりあう手段になる可能性を秘めている。英雄の作った道をなぞるのでなく、英雄を超える機会が、ついに来たのかもしれない。このことを、忘れないで欲しい」


 ヴィルマの真剣な眼差しと真剣な言葉を向けられた女戦士は、こくりと頷き、ダガーと手紙を受け取った。


               ◇



 女戦士たちが立ち去った方向を、じっと目で追うヴィルマ。

 彼女たちは、得体のしれない自分の意志をひとまず受け止めてくれた。

 ヴィルマは真剣な面持ちのまま、様々な思いや考えを巡らせる。


「ふうん。なるほど。あんな連中もいたのか。なかなかにカラテの素質がありそうな連中だ。どうせならば、紹介してほしかったな」


「ひゃい!?」


 その結果、後ろにいたアギーハの存在に気づかず、妙な声を上げてしまった。


「ライデンも知らない付き合いか。なに、いくら同胞とはいえ、隠したいものもあるだろう。わたしは見て見ぬ振りをしよう」


『そう言われるのでしたら、急に声をかけるべきではなかったのでは』


「かと言って、挨拶もせずにそっと去るわけにはいかないだろう。気遣いとは、実に難しいな!」


『はい。主にとっては、特に』


 アギーハの隣には、応急処置のあとの痛々しさが残るマスタツが控えていた。

 決戦時、お互いの魂を入れ替え、アギーハMとマスタツAとなった二人だが、戦いを終えた今、魂と身体は正しい組み合わせに戻っている。

 ヴィルマは髪をくしゃりと撫で気を取り戻すと、改めて話しかける。


「二人とも、何処かに行くの?」


『ヴィルマ様、わたしは人ではございません。一体と数えてください』


「人とゴーレムの魂の細かい違いなんてわからないし、わたしにとって、あんたは人だから。細かいことはいいんじゃない? 立派な人間なはずなのに、一人と呼びたくないヤツなんて、ごまんといるしね」


『恐縮です』


 深々と頭を下げるマスタツ。その丁寧さからは、どことない喜びが感じられた。

 オホンとわかりやすい咳をするアギーハ。


「そろそろ、帰ろうかと思ってね」


「帰る? もう少し、ゆっくりしていけばいいのに」


「いや。止めておくよ。あのシュンシュウほどじゃないが、わたしもスモウに負けたようなものだ。いつまでもここにいても、虚しいだけさ」


「マスタツの身体をアンタが使えば、負けってほど、ライデンに劣っているとは思わないけど」


 ライデンと戦うとして、マスタツでは技術が足りず、アギーハでは体力が足りない。実際にマスタツはライデンに敗北している。だが、アギーハがマスタツの身体を使うアギーハMであれば、冷静に見てそこまで劣っているとは思えない。シュンシュウを追い詰めた実力も含め、カラテの最終兵器の異名は伊達ではない。


「そりゃ、わたしがマスタツの身体を使えば、負ける気はしないさ。でも、わたしがもしライデンをカラテで倒したとしても、それは勝ち方が違う。わたしが負けを感じたのは、そういうところではないからな」


 アギーハがライデンに負けたと言っているのは、単なる実力の話ではない。

 単なる力づくでも、話術でもなく、ただそのリキシとしてのあり方だけで、種族もルールも越え魔物たちをスモウに引き付けてみせた姿。同じように魔物にカラテを売り込もうとしていたアギーハにとって、ライデンの姿は一つの理想であり、一つの敗北であった。


「一度、家に帰って、自分を見つめ直したあと、わたしとマスタツは旅に出るつもりだ。山奥での修行は辛いものの、一人で好きなように鍛えるのが気楽だと甘えもあった。甘えを捨てて、自ら世界に乗り出さないと、カラテの発展は見込めない」


 ライデンに負けたと言っているものの、アギーハの顔は陰鬱な敗北者どころか、勝者にも思えるさわやかさがあった。彼女も同じように武の道を歩みつつも、歩き方が違うスモウと接したことで、なんらかの刺激を受けたのだろう。


「ああ、そうだ」


 ヴィルマはそう言うと、唐突にしめていた白帯をほどく。

 ビキニアーマーの上に、スモウのユカタとカラテの白帯。

 これが今のヴィルマのファッションであった。


「コレ、返すよ。カラテの教えは参考になったね。おかげで、わたしのツッパリも使えるようになったし。ありがとう、助かった」


「……いや。その帯は、そっちで使ってくれ」


 アギーハは差し出された白帯をヴィルマの手ごと己の手で包み、やんわりと返す。


「キミがカラテを学んだ証は、せっかくだから残して欲しい。カラテを学んだリキシがいたっていいだろう。これは、キミとカラテの絆で、わたしたちとの証だ」


 絆を無理に断ち切ることはない。

 アギーハの意図を察したヴィルマは、白帯を再びユカタに巻きつける。

 カラテとスモウの格好をしたオリエンタルなダークエルフは、こうして再誕した。

 ヴィルマが元の格好に戻ったのを見届けてから、アギーハはマスタツと共に歩き出す。その方角は、ヴィルマにとっても忘れがたい、アギーハのドウジョウがある方角であった。


「さらばだ! また必ず会おう!」


『再開を楽しみにしております』


「ええ、また!」


 旅立つ二人と、見送る一人。

 ヴィルマにとって今日は人の旅路の無事を、二度祈る日となった。


               ◇




 しばし歩き、ヴィルマの姿が見えなくなった頃、マスタツがアギーハに質問する。


『ヴィルマ様に白帯を預けたのは、単なる証ではないのでは?』


「友情を疑うのはよくないな! まあ、だが鋭い。どうせそのうち、ヴィルマは再び、カラテの門を叩くだろうからな。だったら、ずっと預けておいたほうがいい」


『叩くのでしょうか』


「叩くさ! 彼女はリキシに向いてないんだ。ドヒョウ上で他のリキシと素手で渡り合うのに必要なのがカラテであるのは証明された。なら、そのうちまた、カラテを必要とする日が来る。わたしは、ヴィルマをカラテに引き抜くことを諦めてないぞ!」


 ヴィルマとアギーハ。共にシュンシュウを倒すため、過酷な修行を積んだ二人の間には、確かに絆ができている。しかしながら、アギーハはヴィルマの資質を見抜きつつ、カラテに引き抜くことを忘れていなかった。情と打算は、両立するのだ。

 アギーハは、遠くを見つつ、今後を語る。


「それに、わたしはどうも、魔物たちにカラテをやらせるというのを、軽く考えすぎていた」


『私たちが想定していた魔物は、オークやゴブリンでしたからね』


「ああそうだな。我々には、世界への見識が足りなかった。ライデンも相当苦労するだろうな。もしあの場に居たら、手伝ってしまいそうだ。だからこそ、早く帰るぞ」


『ドウジョウに帰って……スモウ用のゴーレムも作りますか?』


「それは、錬金術師としては、興味があるな! だが、今のわたしはカラテカだ。まずは自分がカラテを極める。いや、お前とわたしで極めるぞ!」


 アギーハはそう言うと、軽くウラケンでマスタツを小突く。照れ隠しである

 マスタツはウラケンの響くような痛みを顔に出さず、ただ従順に主に従う。

 カラテカ兼錬金術師と、カラテゴーレム。

 カラテを奉じる二人の道行きには、朝日のようなまばゆさがあった。

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