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かくして道は開かれる  作者: 藤井 三打
六章
24/30

23話 賞賛なきカチナノリ

 アギーハMのセイケンヅキが、シュンシュウ目掛け放たれる。

 これは終わった。まだ当たってもいないのに、誰もが確信できる一撃。

 本物の一撃は、その予兆だけで見た者に結果を予測させるのだ――

 だが、シュンシュウの顔面は、ただ強烈な風を浴びただけで無事だった。

 シュンシュウの眼前でピタリととまった拳。

 アギーハMは、拳を寸止めしていた。

 相手の生命を奪わぬ寸止めも、カラテのあり方の一つである。


『足が出た。ここがドヒョウである以上、私の負けだ』


 アギーハMの言う通り、勢い余った左足が、ドヒョウからはみ出ていた。

 これで終わりだと、アギーハMはさっさとドヒョウを後にする。

 シュンシュウもアギーハMのあまりのあっけなさにより、追撃どころか無言で見送ってしまう。アギーハMはヴィルマとマスタツAの元に戻ると、そのまま立ち膝で座り込む。


『すまない。また、腕を壊してしまった。お前には、不便をかける』


「いえいえ。主の腕がもぎ取られるよりは、遥かにマシです」


 アギーハMとマスタツAの会話。魂が入れ替わったもの同士の会話は立場も代わり、ずいぶんとややこしい。

 マスタツAは、上品さを崩さぬまま、主に対応する。


「それに、治すのは主ですし」


『そういえばそうだったな……。あっさり治しているように見えるが、お前の腕を治すにも、素材も手間がかかってるんだぞ。治すのが私でなければ、一生の課題だ。いっそのこと、これは治さないでおいて、隻腕ならではのカラテを目指してみるか?』


「いや、こっちを見られても困るんだけど。あと、腕を治せるんなら、治しておいた方がいいから。先輩からのアドバイスだよ」


 左腕の義手をかばいながら、ヴィルマはアギーハMのパスを受け流した。

 和気あいあいにも似た、二人と一体(?)のやり取り。そのやり取りの呑気さが、ようやくシュンシュウに正気を取り戻させた。


「貴様ら、何をしている」


 再び放たれる、濃密な魔の気配。


『なにって、終わったから一休みさ。慣れないドヒョウでの戦いというのは、疲れるものだ』


 だが、アギーハMの返答は実に気安かった。

 そこにはシュンシュウへの恐怖も畏怖もない。


「誰が、終わりと言った。ここに戻れ、ゴーレムよ」


『嫌だね。師弟揃って、ドヒョウで不覚を取った以上、次にドヒョウに上がるとしたら、もっと対策を練ってからだ』


「身体で覚えた以上、おそらく対策は容易に練れるでしょう。カラテの可能性は無限なのですから。でも次は、カラテのフィールドにリキシが来てほしいものです」


『それもそうだ! こっちが乗ったんだから、次はリキシ側が乗るべきだな!』


 シュンシュウの申し出をあっさりと断り、アギーハMとマスタツAはマイペースな会話を続ける。


「言うことが……聞けないのか?」


 シュンシュウの口調が、自然と重くなる。

 ぞくりとするような圧力なのに変わりはない。

 だが、その威厳には、明らかな衰えがあった。


「無様だね」


 ヴィルマのはっきりとした言葉。聞こえていないはずはない。

 だが、この程度の人間に反応するつもりはない。

 シュンシュウは、自身の立ち居振る舞いを心得ていた。

 そんなシュンシュウの反応に構わず、ヴィルマは話し続ける。


「アンタはライデンの影響で、力自慢の魔物たちを集め、スモウをさせていた。でも、自分自身はスモウがなんだかわからなかった。だから、ドヒョウに上がって、純粋な力や技以外の能力を頼りにしてしまった」


 ドヒョウを作る石畳を操り、攻撃も移動も自由自在。

 最後にはアギーハMの腕をもぎ取り、武器として振るう。

 相手を突き出し投げる以外が許されず、足の裏以外を付いたら負けという自縄自縛を良しとするスモウの枠を、シュンシュウはあまりに無視しすぎた。

 アギーハMも、握った拳で殴りケタグリと呼べぬ軌道の蹴りを繰り出すと、スモウの枠からは外れていたが、彼女は徒手空拳への敬意を忘れず、最後はスモウのルールによる負けを素直に認めた。


「ちょっと、周りを見てみたほうがいいんじゃない?」


 周りとはいったい。シュンシュウの目がゆっくりと動く。


「うぐっ!」


 思わず息を呑むシュンシュウ。

 それは、高位魔族である彼にとって、初めての経験であった。

 このトリクミを見守っていたドラゴンやオークやエビルベアといった魔物たちが、シュンシュウを見てありありと落胆していた。高位魔族に無条件で従うはずの魔物が、このような態度を見せることは本来ありえない。

 魔物たちの中心に立つ、ヴィルマくらいの大きさのスライム・レギオン。アギーハMに吹き飛ばされ、現在再生中のスライムは、無垢な様子で声を発した。


「ナンデ?」


 なぜ、そんなことをするのか。あなたの教えてくれたスモウとは、そんなものではないだろう。スモウを学んだ魔物たちは、自身のリーダーたる魔族に落胆していた。


「アンタがアギーハに力で対抗していた時は盛り上がってたんだけどね。逆に言うと、その時以外、盛り上がっていなかった。アンタは魔物たちを失望させた。そんなヤツが、何になるつもりなの?」


 ヴィルマの追い打ちが更にシュンシュウの誇りに突き刺さる。

 魔物たちの原理は、あくまで弱肉強食の四文字。強さがすべてを言う世界だ。

 だが、スモウを知った彼らは、能力を駆使した上でスモウの枠から外れて勝利したシュンシュウを、弱い存在なのではと疑い始めていた。

 ライデンの信奉するスモウは、強弱を好む魔物にとってもあまりに魅力的で、信奉に値すべき存在だったのだ。


「う、う、ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 シュンシュウは頭を抱え、絶叫する。

 配下である魔物たちに見捨てられようとしている魔族。

 そんな存在が、王になれるはずがない。

 恐ろしく強い身体を手に入れて順風満帆と思っていたが、結果手に入れたのは自らの王としての素質を疑われる状況であった。

 いったい、何故こうなってしまったのか。

 シュンシュウは考え込み、即座に答えを出す。

 スモウだ。スモウのせいで、こうなってしまったのだ。

 こんな得体のしれないものが、呪いとなりこの身を蝕んでいる。

 このオーガ族の身体は最強だが、呪いのように魂にしがみついてくる以上、自殺してでも身体ごと捨てるしかない。順調な計画の頓挫、これもまた屈辱である。

 内から湧き上がるスモウへの衝動を憎悪で抑え、ドヒョウを降りようとするシュンシュウ。だが、その目の前、ドヒョウの対角線上にて堂々とシュンシュウを睨む女がいた。


「次の相手はわたしだよ」


 白帯を解きユカタを脱ぎ捨て、ビキニアーマーの姿でドヒョウに立つヴィルマ。

 相手が目の前にいる。シュンシュウはただ退くわけにはいかなくなった。ここで相手から背を向けてドヒョウから降りれば、もはやカリスマも魔の矜持も修復不可能な傷を負ってしまう。たとえ瞬殺できるような相手だとしても、相手をしてやらねばならない。


「お前が、我の相手をすると?」


「ドヒョウに居る二人。こうなったら、勝負でしょ」


 ここで始めて、シュンシュウはヴィルマをまじまじと見る。

 ダークエルフの見目麗しい女戦士。身のこなしには、戦士としての経験がある。

 ダークエルフと言えば、呪いに長けた種族ではあるが、ヴィルマから魔力は感じない。おそらく魔術は不得手なのだろう。

 左腕の金属製の義手は、シュンシュウからしてみれば容易く壊せる玩具である。

 総合して、ヴィルマがシュンシュウと対峙できる相手とは、到底思えなかった。

 ヴィルマはそんなシュンシュウに宣言する。


「わたしはこう見えて、スモウを生業にするリキシなんだ。まあ見習い以下だし、マワシも用意できてないんだけどね」


「……ほう」


 リキシと聞き、シュンシュウは始めてヴィルマに興味と殺意を持つ。

 ビリビリと身を刺すような殺気を感じつつ、ヴィルマは自らの両足に力を入れる。

 多少慣れたとはいえども、シュンシュウの魔族ならではの殺意は健在である。

 それが、目の前から発せられている。

 少しでも力を抜けば、膝から崩れ落ちそうになる。

 リキシを名乗ってしまった以上、膝はつけない。

 ヴィルマは矜持のみで、己を鼓舞していた。


「我は今、スモウに途方のない怒りを持っている。そして、怒りが我の内にてスモウを叫ぶ男を抑えている。女のリキシよ。言っておくが、お前を無残に殺すことで、我はスモウへの妄念を断つ」


「スモウで殺すのは無しだって……言ってたかな。直接言ってないけど、まあそんな感じだったかな。わたしはアンタを殺さない。ただこのドヒョウの上で、負けを認めさせる」


 睨み合う両者。そんな両者の間に割って入る位置に、アギーハMが戻ってきた。

 自然とヴィルマとシュンシュウの視線が、アギーハMに向けられる。


『止めやしないさ。でもね、ハッキヨイって合図する役目が必要だと思ってね。まさか、自分でやるわけにはいかないだろ?』


「任せるよ」


「好きにしろ。戻ってきた以上、次はまた貴様だ」


『そうだな。その娘がもし負けたら、わたしの出番だろうね。それじゃあ、いくぞ』


 アギーハMは土俵の外に立つと、中腰となり無事残っている左腕を下げる。

 もしここにまともなままライデンがいたら、ギョウジの存在と正しいやり方を口にしていただろう。だが幸い、アギーハMの身振りはだいたい合っていた。

 ドヒョウにて睨み合う両者。ヴィルマはライデンを真似て、たどたどしい様子でしゃがむが、シュンシュウは腕を組み仁王立ちである。たとえ何をしてこようと、かまわぬ。そんな自信にあふれている。


『ハッキヨイ……!』


 アギーハMが腕を上げた瞬間、ヴィルマが素早く立ち上がる。

 だがそれよりも、ドヒョウの外で石畳が隆起するほうが早かった。

 その数は複数。何をする気かわからぬが、数でヴィルマを嬲ろうとしているのは明白である。能力の行使に躊躇しない以上、もはやシュンシュウはスモウドウを歩くつもりは毛頭ないのだろう。

 カツンと、乾いた音が聞こえたのは、そんな時だった。

 突如、石畳の隆起が止まり、元に戻る。

 ドヒョウに訪れる静寂。

 いったいなにごとなのかと、見ている魔物たちもざわつき始める。

 シュンシュウは腕を組んだままじっと動かず、荒く息を吐き警戒するヴィルマを見下ろしていた。


『よし……!』


「……」


 ギョウジ役のアギーハMは小声で、ドヒョウの外のマスタツAは無言で。

 カラテの師弟は、成功を察しぐっと拳を握る。


「キゼツ……?」


 シュンシュウは、立ったまま意識を失っている。

 魔物の中で一番最初に気づいたのは、スライム・レギオンであった。合っていない目の焦点、あまりに微動だにしない態度、スライム・レギオンの疑念を皮切りに、巨躯の魔物たちの間に困惑と恐怖が伝播し始める。

 いったい、何が起こったのか。いや、あの女は何をしたのか。

 魔物たちの注目は、シュンシュウの目の前にいるヴィルマに集中した。

 両手を前に出して遊ばせるカラテ寄りの構えを取ったヴィルマは、動かぬシュンシュウへの注意を絶やさぬまま、自分のやったことが信じられぬような顔で驚いていた。

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