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かくして道は開かれる  作者: 藤井 三打
六章
22/30

21話 防げ! 血染めのオオズモウ

 ライデンは、高位魔族のシュンシュウに身体を完全に乗っ取られた。

 そう思い込んでいた。

 思えばそれは、ライデンを安く見積もりすぎていたのだろう。

 配下の魔物たちがこぞって相撲をとっていた時から疑っていたが、下半身が涼しげファッションのマワシのままであることで、ヴィルマたちは確信した。

 ライデンは、シュンシュウに完全に乗っ取られていないと。


〝目を覚まして、ライデン!〟


 本当ならば、目をうるませこんな台詞を言うべきなのだろうが、誰もそんな甘いことは口にしなかった。


「マワシ……マワシか……なるほど、この衣装はマワシと呼ぶのか」


 上半身は仰々しい鎧、下半身はマワシ一丁。そんなトンチキな格好にツッコミを入れられたのに、シュンシュウの威厳も偉容もまったく崩れていなかった。あの時は、初見の勢い任せで叫べたが、今はもう同じことは言えない。

 シュンシュウの身体から放たれている魔の気配。

 この気を浴びてしまっては、甘ったるく都合のいい台詞を口にする気など到底起きない。


『名前も知らない衣装を着続けていたのか? 古の魔族のファッションセンスは、理解できないな』


 ならば、現実を認めた上で、敵意や負けん気で立ち向かうしかない。

 口火を切ったのは、カラテゴーレムの身体を借りた錬金術師アギーハMであった。


「マワシ、スモウ、リキシ。我はそれを良しとする、いや、せざるを得ない。この身体が、排他することを拒むのだ。我はこの体の主に、心を蝕まれている。だから我は、下が履けない。身体が拒絶し、心がそもそも動かぬのだ」


「ど、どんだけ……」


 シュンシュウの物言いを聞き、唖然とするヴィルマ。

 いけしゃあしゃあとシュンシュウは言っているが、つまりはライデンの身体を乗っ取ったのはいいものの、逆にライデンのスモウを愛する心に侵食され、魔族とリキシの間で呻いているのだ。

 ライデンは身体だけでなく、心もリキシであった。

 魔の力により、思いもよらず証明された事実。

 ヴィルマの呆れには、感嘆や喜びも混じっていた。


「この身体の主は、我が知る中でも最高の頑強さを持っており、心も負けじと頑強である。この頑強さが許すことに値する以上、我はこの男を許す。許した上で一つとなる。我は、この世界をスモウで染めよう」


 世界をスモウで染める。

 つまり、ドーゼン大陸のすべてを、魔の力を持ってスモウで制する。スモウを普及するというのは、ライデンの目的であり、世界がスモウを知れば、それはライデンの夢が叶ったと言えるだろう。

 だが、この夢には、邪悪を謳う存在紛れ込んでしまっている。


『偉大なる魔族にお聞きしよう。スモウの定義とは?』


「スモウとは力比べである。その有り様は、魔族や魔物にも好まれる面がある。この大陸の支配の基盤となるべきだ」


『ドヒョウの定義は?』


「ドヒョウとは場である。スモウで競うに辺り必要な場であり、勝敗を定める境界線だ。ドヒョウを際限なく広げれば、この大陸はすべてドヒョウとなる」


『なるほど。自分の知識の混濁や不足を、別の知識や本能で埋めてしまう。あまり、褒められた答えではないな』


 アギーハMの質問により、シュンシュウの考えるスモウの姿が明け透けとなる。

 スモウとは弱肉強食であり、ドヒョウとは弱肉強食のルールを円滑にするフィールドである。シュンシュウは断片的なスモウへの知識を、自身に都合の良い魔のルールで埋めるを選んだ。そして出来上がった形は、ライが好み、ライデンが忌避していた、単なる力と暴力が物を言う血染めのオオズモウである。


「そんなもの、スモウじゃない……!」


 歯ぎしりするような悔しさを、シュンシュウにぶつけるヴィルマ。

 今のシュンシュウの有り方は、スモウに関わる者、すべてに対する侮蔑であった。


「勘違いするな。スモウを決めるのは、我だ。それともお前は、正しいスモウを知っているのか?」


 シュンシュウの興味が初めてヴィルマに向く。

 魔の者に向けられる興味とは、暴風である。身を切るような重圧により、ヴィルマの近くで倒れていた魔物たちは怯え、アギーハの身体を借りたマスタツAですら足が微かに震えている。ゴーレムの心ですら、おののく圧である。


「少なくとも、アンタよりはね」


 だが、ヴィルマは前に歩き出した。

 向かう先は、同じく歩み始めたシュンシュウである。

 ヴィルマはライを恐れ、ライデンに鬱屈とした現状を変えてくれる希望を見た。

 そしてシュンシュウは、その希望を汚してみせた。とうてい許せるわけがない。

 どんな状況でも、前に進もうとすること。

 これこそが弱さを言い訳にせぬ人間の強さであり、リキシの理想形に届く歩みであった。


『チェストォ!』


 だが、この場に居る人間は、ヴィルマだけではなかった。

 宙を撃ったアギーハMのセイケンヅキが、空気を揺らす。

 広場に伝播したのは、威圧ではなく清廉。

 シュンシュウの登場で淀んだ空気を清めるような、鮮烈の一撃であった。


『キミもわたしも同じ切り札、先に切った以上、わたしが先に行かせてもらう』


 ドヒョウに仁王立ちし、シュンシュウを睨みつけるアギーハM。

 ドヒョウに立とうとしているヴィルマと、既に立っているアギーハM。シュンシュウはアギーハMの待つドヒョウに悠然と足を踏み入れた。

 ドヒョウに立ち入れるのは、二人のみだ。二対一は認められない。


「……しょうがないね」


 しぶしぶと退くヴィルマ。


「ありがとうございます」


「別に、喜んで譲ったわけじゃないから」


 マスタツAが主に代わり礼を述べるものの、ヴィルマは不機嫌であった。

 ドヒョウの上でにらみ合うアギーハMとシュンシュウ。

 その構図は、一見マスタツ対ライデンと同じである。

 だがしかし、身体は同じでも魂が違う。

 マスタツはアギーハの魂が入ることにより、間違いなく強くなっている。

 だがそれは、予想できる強さだ。マスタツMは、カラテカとして強くなっている。

 一方、ライデンの身体を乗っ取ったシュンシュウの実力は未知である。

 強靭たるライデンの身体に、とびっきりの魔。

 弱いわけがないが、その強さは未知数である。

 そしておそらくそれは、リキシとしてのまっとうな強さではない。


『まったく、変な形で弟子のリベンジとなってしまったな。出来ることなら、さっさとその身体から出ていってくれると助かる。私は、こう見えてまともな形が好きなんだ』


「我と似たような状態で、よくもそんな台詞が吐けるものだ。その身体、借り物だな。人の体から、無機物へと魂を移す。我の時代でも研究はされていたが、脆弱なる人の魂は転位に耐えられず発狂していた。愚かなことよ」


『なるほどね。そちらにとっては愚かなのだろう。だが、そんな愚かな人々が残した研究の成果をかき集めることにより、私はこの奇跡を実現した。人間は、愚かを積み重ねられる生物なのさ。でも、愚かと言われてちょっとカチンと来たかな』


 ハッケヨイとヴィルマが叫ぶのも間に合わない速度で、アギーハMのつま先がシュンシュウの股間めがけ蹴り出される。

 つま先で相手を穿つソクセンゲリと呼ばれる技だ。

 アギーハMの容赦ない一撃は、対象を完璧に蹴り砕いた。


「去勢ルート!?」


「いえ、アレは……」


 のちのち、ライデンの意識が戻ってきたとして、股間の惨状をどう説明すべきか悩むヴィルマ。一方、マスタツAの目は、自身の体を使う主の困惑を見抜いていた。


「なるほど、こうも容易く砕くか」


 シュンシュウの股間は無事であった。ノーダメージである。

 突如地面より突き出た石畳が、アギーハMのソクセンゲリの盾となっていた。


『チッ!』


 舌打ちに似た声を出すアギーハMの足元の石畳が、砂と化し突如崩れる。

 バランスを崩し、思わず手を付きそうになるアギーハM。

 だが、慌てて手を引っ込め、両足でバランスを取る。


「スモウ……確か本来、手をついたら負けだったな」


 シュンシュウは両手を合わせ腕を振りかぶると、一気にそのままアギーハMめがけ叩き下ろす。アギーハMの頭部をかすめた一撃は、岩の体の一部を勢いのまま削った。ハリテに比べ、粗雑で力任せの一撃だが、ライデンの腕力で出した以上、その効果は馬鹿にできない威力である。


『カラテカにスモウを教わるようじゃ、おしまいだぞ!』


 アギーハMは怯むことなくシュンシュウにシュトウを叩き込む。

 即座にバランスを取り戻しての一撃は、シュンシュウの左肩に太いアザを作った。

 辺りを震わす一撃と、その一撃に耐えうる肉体。

 それぞれ一撃ずつの応酬を見た魔物たちが歓声に近い咆哮を上げる。

 巨躯同士のファーストコンタクトには、力を頼みとする魔物の心を震わせる力があった。そして単純な力による攻防は、誰もを熱くさせる


「力や体力は、ライデンと差があるようにはみえないね。でもおそらく、スモウの技は知らない」


 頬を紅潮させつつ、冷静な分析に務めるヴィルマ。

 強大な力は、人を惹き付ける。


「ええ。あの両手の一撃は、単なる力任せです。ライデン様があの程度の相手だったら、私も楽だったのですが」


 ライデンと戦った記憶のあるマスタツAもまた、冷静に状況を分析する。

 眼鏡をかけなおし、ただ冷徹に見極めようとする姿に興奮はない。

 この城内でもっとも冷静な存在だ。そしてマスタツAは、更に意見を述べる。


「問題は、やはりあの力でしょう。高位魔族の力は、まるで情報操作があったかのように、具体的に何が出来たのか伝わっていない。ただ、強大である。理解や法則を超えている。そうとしか、伝わってないのです」


「わたしも別の高位魔族を知ってるけど、たぶん今ここでそいつの能力を口で説明しても、信じてもらえないと思う。それぐらい、魔族っておかしな存在だから」


「何か高位魔族について知っているのですか?」


「ん? ああ。昔のことだよ。昔過ぎて、きっと、参考にもならない」


 ヴィルマはこれ以上何も言わず、目の前のドヒョウを見ることに集中する。

 アギーハMの攻撃と防御を、硬軟分けて阻害した石畳。

 あの石畳への干渉は、間違いなくシュンシュウの意志によるものだ。

 当然、ドヒョウ上のアギーハMも石畳の怪異を警戒しており、シュトウを放った後、自ら攻め込むことはなかった。シュンシュウも大きな動きを見せておらず、常に両者が動き回る本来のスモウではありえない停滞状態となっている。

 この状況にしびれを切らしたのは、シュンシュウであった。


「このまま、睨み合っていても仕方あるまい。我が技を教えてやろう」


『ずいぶんと、余裕を見せるな。この拳、ライデンの身体だって砕くぞ』


「いやなに、それぐらいの差があると思ってほしいだけだ。そもそも、君の攻撃はもう届かんよ」


 パチィン! と、小気味よく指を鳴らすシュンシュウ。

 瞬間、シュンシュウとアギーハMの間に、二人の背丈ほどの高さと重厚な厚みを持つ石の壁が出現した。


『ふん!』


 即座に石壁を破壊するアギーハM。

 だが、アギーハMが腕を戻すより早く、新たな壁が次々と出現していく。一枚壊せば二枚、二枚壊せば三枚、石壁の出現はアギーハMの粉砕速度を徐々に超え始めた。

 そんな中、突如、壁の出現が止まる。手を止めたアギーハMが目撃したのは、得意げな顔をして、ライデンが折ったはずの角を額に生やしたシュンシュウであった。


「高位魔族には、それぞれ固有能力がある」


 自らの額にある、立派な一本角を撫でるシュンシュウ。

 その角は、城壁と同じように黒光りしていた。


「我が能力は創造! 破壊のみの魔族を支える存在! 王に届く力、ここにあり!」


 創造。この城が砦跡、おそらくかつてのシュンシュウの城の跡地に突如出現したのも、城の一部が意思を持ってアギーハMに襲いかかってきたのも、ライデンが失った角を即座に石で作り上げてみせたのも、この力によるものだ。輝かしき神の力に等しい能力ではあるが、その使い方はどこまでも禍々しい。


『……ちょっとしたアドバイスだが、スモウにその力を持ち込まないほうがいいぞ』


「それは、我が決めることだ! 我は今日ここで、スモウを従えてみせる!」


 自らの力を誇示し、内なるライデンが叫ぶスモウ魂を抑え込んで見せる。

 スモウをするのではなく、スモウを支配する。

 傲慢たる高位魔族の魔力が暴威となり、異種たる舞台であるドヒョウに誇りを持って立つカラテカを襲った。

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