14話 天才 天災 テンサイ?
アギーハがゴーレムとともに歩む、カラテの道。
その道にあるのは、総本山となるべきドウジョウである。
ドウジョウで技を学び、心身ともに鍛え、やがて人はカラテカとなる。
アギーハがそう謳っていたドウジョウは、なんとも奇妙な建物であった。
がけ崩れを恐れない、崖に面した挑戦的な立地。
なんというか、全体が歪んでいるように見える、木造りの四角形の建物。
なだらかな三角形の屋根には、やけに平べったいレンガが規則正しく沢山並べられている。あんな四角くて薄いレンガ、見たことない。
そんな奇妙な建物の周りには、太い杭が沢山打ち込まれており、その回りには布でできた人と同サイズの大きな人形が散らばっている。杭には血がついた痕があり、人形はどれも五体満足でなく、中の綿がはみ出ている。
ドウジョウから漂っているのは、わけのわからぬ妖気、そして殺気である。
「どうどう……」
馬車に乗るヴィルマは、恐怖でいななき震え始めた馬たちをなだめる。
というか、馬と一緒にこのまま帰ってしまいたい。
『大変申し訳ありません』
荷台のマスタツは、馬と主たるアギーハの制御に苦しんでるヴィルマに謝った。
アギーハのドウジョウとは、正真正銘未知の怪しげスポットであった。
「さて、まずはマスタツを室内に運ばねばな」
パチィーン! と指を鳴らすアギーハ。
その途端、目の前のドウジョウがカタカタと震え始めた。
徐々に大きくなっていく振動と共に、入り口の大きな引き戸が開き始める。
ドウジョウから出てきたのは、小さなマスタツであった。
着ているドウギも含め、巨人から並の人間サイズになったマスタツに似たゴーレムである。マスタツとの大きな違いは、巻いている帯が茶色ではなく白色であることだろうか。
「ソエノ。マスタツを作業台に運んでくれ」
『オス!』
アギーハにソエノと呼ばれたゴーレムは、やけに気合の入った返事をする。
引き戸を完全に開け放つソエノ。するとドウジョウから、今度は小動物サイズのマスタツがわらわらとたくさん出てきた。サイズダウンしているものの、しっかり白帯を締めドウギを着ている。その数、およそ数十。奴らは群れでやってくる。
アギーハは迫りくるゴーレムの群れを前に、得意げに解説をする。
「ふふふ、マスタツのカラテ型ゴーレムとしての完成度の高さ。それは、マスタツを基礎として多種多様なバリエーションを用意できることに価値がある! 小型ゴーレムのシロオビは数による単純作業を担当! そしてコイツは中型ゴーレムのソエノ! アシハラやオオハラといった同型機と共にシロオビを統括する親機だ。今は単純な命令しか聞けないが、やがて彼らが各地に――」
ブルルルルルルル! ヒヒーン!!
迫りくるゴーレムを前に、遂に限界を迎えた馬は元来た道を逆走し始めた。
「待って、怖いのはわかるけど待って……あー……」
『主、もう少し慎重な生き方をー……』
馬車のヴィルマと荷台のマスタツも、馬に引きずられ連れて行かれてしまう。
その声は、あっという間にか細くなった。
「ん? 移動されてしまっては、修理ができないじゃないか! ソエノ!」
『オス!』
アギーハはソエノに飛び乗り背に乗ると、そのまま多数のゴーレムと共に馬車を猛追する。この天才の即断即決により、ヴィルマたちは馬の体力が切れるまで山の中で追いかけっこをするはめになった。
◇
山での馬車とゴーレムの追いかけっこ、そして疲れ果てた馬たちの餌やりと寝床を用意したところで、ヴィルマはようやく一息つく。
ヴィルマは、少し離れたところで多数のシロオビと共に周囲を警戒しているソエノに命令する。
「あんたたちは、絶対馬に近づかないでね」
『オス!』
いつも返事がオス! で本当に聞いているのかどうか不安になるものの、ソエノもシロオビも、言われたとおり馬の回りから一定の距離を保つようになった。
アギーハが多少調整したとはいえ、今日会ったばかりのヴィルマのおおざっぱな命令をちゃんと咀嚼し実行している。アギーハは単純な命令しか聞けないと言っていたが、単純な命令でこれだけ動けるのだから、もはや一級品のゴーレムである。
馬の落ち着きとゴーレムが命令を聞いたことを確認し、ヴィルマはアギーハとマスタツのいるドウジョウへと向かう。すでに多数のシロオビの数の力により、マスタツの巨体はドウジョウの中へと運び込まれていた。
「入りたくないなあ……」
ドウジョウ入口の前で、思わず呟くヴィルマ。
こんな怪しげな建物に入りたくはないが、馬が落ち着いたらドウジョウに来いと言われている以上、逃げるわけにはいかない。
ヴィルマは深呼吸してから、ドウジョウの中へと入る。
床も天井もすべて板敷きのドウジョウ。殺風景なドウジョウの最奥の壁には、見たことのない形式で何やら書物が祀られている。垂れ下がった巻物に書いてある文字は、見たことのない文字である。カラテの神を祀る祭壇か何かだろうか。
ドウジョウのあちこちには、本の塔がいくつも積み上がっており、様々なマジックアイテムが乱雑に転がっている。この辺りは、魔術師や錬金術師の工房らしく、そこまで驚きと違和感はない。
ヴィルマは、つい蹴ってしまったこぶし大のアクセサリーを脇に寄せる。このアクセサリーに似た品を街で見たことがあるが、あの時はアクセサリーに恐ろしいまでの価格が書かれた値札がついていた。まあ、そんなものが無造作に転がっているわけもないので、別物か偽物だろう。
未知のカラテと、既知の魔導。ドウジョウの中にあったのは、アギーハという人物を構成するそのものであった
「おお、来たか!」
『お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません』
アギーハとマスタツが、ドウジョウに入ってきたヴィルマの存在に気がつく。
ドウジョウの中央、台の上にて寝るマスタツと、道具を手に傍らに立つアギーハ。
よく見れば、台の正体は規則正しく並んだシロオビたちであった。
隊列を組んでマスタツを運び、そのまま作業台になる。効率的だ。
アギーハがマスタツに触っただけで、積み上げてある本が揺れる。
石の巨体と木造のドウジョウ。これからマスタツの修復作業が始まるわけだが、作業終了まで果たしてドウジョウは持つのだろうか。
振動でどさどさと崩れた本の塔を、ヴィルマは本能的に支えた。
「ここに積んである本はもう読み尽くしたものだから、気を使わなくていいぞ」
本の主のアギーハは無頓着であった。
しかし本の数は、ざっと数えても百を越えているのだが、本当にこの分厚い本をすべて読み尽くしたのだろうか。
『ヴィルマ様、本が崩れることはお気になさらず。私がこの部屋にいる以上、それは避け得ぬ運命なのです』
「他人に気を使うな、怪我人! いや、怪我ゴーレム!」
紳士的にヴィルマに話しかけるマスタツの腹をパーン! と叩くアギーハ。
アギーハはまず、マスタツの各所の傷を、ピンク色の粘土で補強していく。
見たことのない物体とやり方を見て、思わずヴィルマはたずねる。
「それって?」
「複数の生物の死肉、それにマスタツの破片と様々な素材を混ぜ合わせたものだ。まずはこれで補強して、身体の強度を戻す。人で言う薬のようなものだ」
「……ゴーレムって、そうやって直すものなの? 昔見た時は、もっと石工が総掛かりで直しているような感じだったけど」
「一般的なゴーレムを直すのなら、それが普通だろうな。このやり方も素材もわたしのオリジナルだ。なにせマスタツの関節部や筋肉の一部には、人間や魔物の生きた素材を使っている。だからこうして、生物と非生物の素材を使って補修する必要があるのだ!」
普通のゴーレムを直す光景が石工の作業なら、アギーハがマスタツを直す光景は魔女の儀式のようだ。マスタツに塗られた薬はヒビから内部に浸透し、そのヒビを埋めていく。マスタツがとんでもない速度で回復しているのは、見てわかった。
そしてマスタツが、ヴィルマの知識では理解できない画期的な技術で作られていることも、改めて理解した。もしかしたら、自分は今、とんでもないものを目撃しているのかもしれない。
奇妙な物体を塗り終え、細かな部分を補修したアギーハは、錬金術師の顔でマスタツの容態と修復過程、そして今後の治療計画を述べる。
「これでいい。全身に歪みがある以上、あとは自然治癒がイチバンだ。もげた腕はスペアを繋いで、素材もないことだし、両足に何か埋め込むのは諦めるとして……治った後の経過観察も含めて、十日で完治だ。このスケジュールで治すぞ」
『十日も動けないのですか』
「不満か?」
『主は、私がお世話せず、十日間、一人で生活できるのでしょうか』
「お前を作るまで、わたしがどう生きていたと思ってるんだ!」
まるで、親子のようなやりとりをする、アギーハとマスタツ。
この造物主と創造物のやりとりは、もはや人と変わらぬ域に達している。
軽い笑みを浮かべ、ヴィルマが仲裁に入る。
「諦めなよ。腕がないってのは、想像以上に大変なんだから。大人しくしておきな。動くと逆に、仕事を増やすよ?」
『かしこまりました』
「なんという説得力か……」
ヴィルマは義手である自身の左腕を指し、隻腕の先輩としてマスタツにアドバイスをする。アギーハもマスタツも、その説得力の前に納得するしかなかった。
「さて。手のかかる怪我ゴーレムは寝ていてもらうとして……マスタツの治療に十日。つまり、十日ばかり余裕が出来たわけだ」
手を拭き、軽く柔軟をしたアギーハはドウジョウの奥へと向かっていく。
アギーハの向かう先は、壁。
いや、よく目を凝らせば、目立たぬ形で扉が作られていた。
アギーハはドウギの上に羽織っていたローブをぞんざいに壁にかけ、扉の両端を叩く。扉は内部から音を立て、ゆっくりと開いた。いわゆる隠し扉である。
ヴィルマが話す。
「悪いが、日課をおこないたい。こちらの部屋で、話をするとしよう」
「ここじゃダメなんだ?」
「このドウジョウは、マスタツの部屋だ。まあ、ちょっと空いているところに、本や発明品の中でも使わない私物を置かせてもらっているのだが」
ちょっと空いているところというか、むしろドウジョウ全体が本やマジックアイテムで埋まっているのだが、どうせツッコんでもしょうがないので放っておく。
「十日というのは、長いようで短い。早く来てくれよ」
そう言って、扉の向こうに消えるアギーハ。
ヴィルマはすぐにアギーハを追わず、じっとしているマスタツに話しかける。
「マスタツ、ちょっと聞いていいかな」
『答えられることならば』
「たしか、魔術師はローブの色と縁取りで位がわかるって言うけど、アギーハってどれくらいの地位なのかな」
先ほど脱いだアギーハの緑色に金縁のローブが、壁から出てた取っ手に引っ掛けられひらひらと舞っていた。
『ローブの話を知っておられましたか。魔術師以外は、意外と知らぬ話なのですが』
「わたしはあまり魔術を使わないけど、エルフの魔術師や研究者は多いからね」
『エルフは魔術に関して、優秀な種族ですね。別分野ではありますが、主と同じ最上位も複数人排出していると聞きます』
「最上位になるほどのエルフの魔術師なんて、曲者ばかりだけどね……ちょっと待って。今、なんて言ったの?」
「主と同じ最上位も複数人排出していると。ローブの緑が示すのは錬金術師、そして金縁は最上位です。既存の魔術を超える前衛的な発想、数十の一線級の論文……様々な学術的な関門を乗り越えることで、与えられるローブです。錬金術師の最上位該当者は、私の知識では主のみですね」
思わずヴィルマの目が丸くなるが、マスタツが間違ったことを言っているようには見えなかった。マスタツに嘘が吹き込まれている可能性も0ではないが、そもそもマスタツの性能が、アギーハが天才であることを証明していた。マスタツは性能も修復方法も、既存の魔術を超える前衛的な発想にて作られている。
魔術師の最上位と言えば簡単だが、その権威と権力は貴族を越え王に並ぶと言っても過言ではない。自分の名を冠した大学を建て、学長として派閥の長となり、大国に影響を与える。ヴィルマの知る最上位の魔術師は、そんな存在であった。
だが、そんな最上位の錬金術師がなぜこんな山奥で、未知のカラテドウを歩もうとしているのか。わけのわからなさでは、いきなりスモウのために自身のアイデンティティも武名も捨てたライデンに並ぶ。
『ここにある本も、半分は主の著作です。評価を依頼されたものの、つまらなすぎると言って枕にしている本もありますが。それと、先ほど、ヴィルマ様が蹴飛ばしたアクセサリーは国一つ買える唯一無二のオリジナルです。万が一壊れた場合、この山がまるごと吹き飛ぶのでお気をつけください』
「いろいろな意味で怖い! なんでそんな人が、こんな辺鄙な所に?」
『最上位魔術師の権威と権力でカラテの学校を作ろうとしたら、魔術師協会の皆様に怒られて、そのままケンカ別れとなりまして。なので、偉い魔術師になればなる以上、主の名前を聞いたらウェッとなります』
「ウェッとなるんだ……」
抽象的ではあるものの、わかりやすい表現である。
要は、鼻つまみ者といったところか。
この世界における最大最高の地位にいながら、わけのわからぬブドウと出会い、その地位を捨て、すべてを道を歩むために捧げる鼻つまみ者。
まるでアギーハは、ライデンではないか。
『ヴィルマ様。あの扉の先は、主の部屋です。この部屋には使わない私物を置いているといった主の発言は本当です。あの部屋には、主のすべてが収められている。それを重々承知の上、お進みください』
異形の天才とも言うべき存在の錬金術。
そしてそんな天才がすべてを捧げたカラテ。
アギーハの部屋で待つのは、このドウジョウを超えた未知。
だが不思議と、ドウジョウを初めて見た時とは違い、ヴィルマの心は落ち着いていた。むしろ、猛っていた。
失った左腕、義手がうずく。彼女を知りたいと。
ライデンと同じ不合理な道を歩もうとしている天才を、もっと知りたい。
『どうやら、大丈夫そうですね』
そんなヴィルマを見て、冷静沈着なゴーレムはこう判断した。




