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かくして道は開かれる  作者: 藤井 三打
四章
14/30

13話 カラテの道は、山道へ

 ヴィルマとアギーハにより砦跡より逃された、近隣の村の人々。

 彼らは安全な丘の上にまで逃げたところで、異変を目撃することとなった。


「砦跡が、とんでもねえことになっとる……」


 唖然とした様子の壮年の男性が呟く。

 困惑と絶望と祈り、この場にいる誰もが砦跡に突如出現した城塞を見て、激しい反応を見せていた。いったい、自分たちは何の近くに住んでいて、何に囚われていたのか。恐れが身体を震わせ、足を止める。


「キャァァァァァァァ!」


「な、なんだアレは!?」


 初めに気づいた女性の悲鳴を聞き、目の良い若者が悲鳴の原因に気づく。

 変貌を続けている城から、何か大砲の弾のような物体が射出された。

 弾は爆炎と煙を吐きつつ、丘の上にいた村人たち目掛けて突っ込んでくる。

 逃げる間もなく、村人たちの近くに着弾する物体。

 物体は爆発することなく、そのまま地面を削り取って止まる。

 動けぬ村人たちに、被害は無かった。


『無事着地、とはいきませんが、私のボディ以外の被害は無いようです』


 物体の正体は、マスタツであった。

 砦跡から離れた丘の上に、突如降ってきたマスタツ。

 その両足は、太ももから先が消え、何やら傷跡から炎の残りカスが吹き出ている。

 ライデンにもがれた腕に、全身のヒビ。

 たしかに無事とは言えないが、マスタツはまだ動いていた。

 そんなマスタツの片腕に抱かれていたのは、ヴィルマとアギーハであった。


「これは……なんなの?」


「万が一の時に備え、マスタツに仕込んでおいた緊急脱出装置だ。脚部に仕込んでおいた炎の核を破裂させ、その勢いで上空に脱出する。ぶっつけ本番だが、上手くいったぞ!」


 煤けた顔のヴィルマとアギーハが、マスタツの腕の中から出てくる。

 ヴィルマは困惑、アギーハは得意満面とその表情は真逆であったが、両者ともに無事であった。ヴィルマは呆れた様子でアギーハに話しかける。


「炎の核って、火竜を百匹倒しても、入手できるかどうかわからないシロモノでしょ? まさか、そんな貴重品をゴーレムに組み込んで、そんな使い方をするだなんて。しかもその足で蹴りを使うだなんて、自爆一歩手前じゃない」


「思いもよらぬ使い方をするから、いざという時に役に立つ。それに、自爆しないようしっかり処置は施しておいた。マスタツも上手くやったな。翼なき飛行としては、前人未到の満点だ!」


『ありがとうございます。正直、この機能を組み込まれた時は、正気でないと思いましたが、流石は主です』


「ふ……創造主を褒めそやす機能はつけていなかったはずだがな」


 微妙に褒めていない気がするが、言われた当人が満足げな以上、それでいいのだ。

 顔のすすをはらったヴィルマとアギーハは、先程脱出してきた砦跡改め謎の城を観察しようとする。だが二人の目にまず入ったのは、頭を垂れる村人たちだった。

 壮年の男性が、代表してヴィルマたちに礼を述べる。


「ありがとうございます! あなた方が助けてくださらなかったら、今頃、どうなっていたことか……」


 村人たちの直球の感謝を前にして、ヴィルマは照れくさそうに手を振り、アギーハは無い胸を張る。


「ああ、うん。そんなに気にしなくていいから」


「うむ。わたしが好きでやったことだからな! まあ、恩を着せるつもりはないが、キミたちを助けたのはカラテを愛するカラテカというところだけはよく覚えておいて欲しい!」


「恩を着せるつもりはない……?」


 正々堂々矛盾を押し通そうとするアギーハを見て、ヴィルマは首をひねる。

 しかしまあ、こういう貪欲さがスモウにも必要なんだろうか。

 ふとそう思ったところで、ヴィルマの頭に変貌したライデンの姿がよぎる。

 丘から、再び城を見下ろすヴィルマ。

 あの突如出現した城の存在は、まったく頭に入ってなかった。

 そして魔王憑きの根源たる存在“シュンシュウ”は、本来やらなくてはならない過程を数段飛ばして最強の肉体を手に入れた。

 最良どころか最悪の結果と導いてしまった以上、とにかく、再びあの城に戻らねばならない。それはおそらく、知りつつこの状況に直面してしまった人間の、ヴィルマにとっての義務だ。

 だがそれは、今ではない。

 辺りから聞こえてきた魔物たちの咆哮が、村人たちの身をすくませる。


「魔王憑きは、段階を重ねて強靭な肉体を得るほど、多くの魔物を惹き付ける……」


「なるほど。ライデンの身体を手に入れたのであれば、世界中の魔物がこの城に集いかねないか。おい誰か、このマスタツを運ぶのを手伝ってくれ! 近くに、何か台車でもないか!?」


「は、はい! あそこに木こりの小屋があります。そこに運べそうなもんが!」


「そうか。ロープがあるなら、一度私のところに持ってきてくれ。強化魔法をかけてから巻くぞ!」


「わかりました!」


 ヴィルマのつぶやきを聞いたアギーハは、早速マスタツを運ぶための準備を始める。矢継ぎ早の村人への指示は村人を慌てさせたものの、そのおかげで彼らが恐怖に飲まれることもなかった。

 アギーハはロープを受け取り、なんらかの魔術をかけると、そのまま自らマスタツに飛び乗り、マスタツの身体にロープを巻き始めた。

 動けぬマスタツが、自らの上で働く主に話しかける。


『カラテには後退のネジがないのでは?』


「わたしたちだけならともかく、カラテカでもなんでもない人間に逃げないことを強いる気は無いぞ。で、どうする? リキシはこの場に残るか?」


 動かぬヴィルマに問いかけるアギーハ。

 ヴィルマは酒気の抜けた最近の彼女には珍しいぐらい、ゆっくりと答えた。


「ん……わたしも、一旦退くよ。それに、山向の村のおばあちゃんも、このまま放っておくわけにはいかないし」


 ヴィルマの口にした山向かいの村のおばあちゃん。

 アギーハの元に新たなロープを持ってきた若者がその単語に反応し、ヴィルマに質問してきた。


「おばあちゃん? もしかして、その、総白髪で、ちょっと鷲鼻の」


「うん。そうだね、後は……出してくれたお酒が、すごく美味しかった」


「それは僕の祖母です! ああよかった! 生きてたんだ!」


 ひざまずき、ヴィルマの手を握る若者。その仕草には、感謝しかない。

 犠牲者0とはいかなかったが、少なくともあの時の老婆の願いは叶えられた。

 停滞していたヴィルマの心に僅かな火が宿る。

 火は失敗への後悔を焼き、ヴィルマを先へと進ませる力となった。

 ヴィルマは少年の肩に手を置くと、そのまま立ち上がらせる。


「さっき、わたしたちのおかげで助かったって言ってたけど、わたしたちだって、おばあちゃんに会わなかったら、こうなっているだなんて気づかなかった。早く会って、お礼を言ってあげないとね。おばあちゃんのおかげで、みんな助かったんだ」


「はい!」


 少年の良い返事を聞いた後、ヴィルマはアギーハのように村人全体に聞こえるよう、声を張り上げる。


「まだこの辺りに、人が残っているかもしれない! 一周りして、回収しないと! 土地勘のある人と、馬の扱い方に自信がある人はこっちに! あと、馬の心当たりは!?」


「うちの村は、ゴブリンたちに襲われた時、馬を山に逃しました! そんなに離れてないし、捕まってないと思います」


「わかった! 君も一緒に。早くお礼を言いたいでしょ?」


「はい、ついて行きます!」


 ヴィルマは少年の肩を叩き、少年は集まり始めた回収班の元に向かう。

 ヴィルマも遅れて行こうとしたところで、降りてきたアギーハが声をかけてきた。


「見事じゃないか。まるで、物語の英雄みたいだ」


「人を茶化している場合じゃないでしょ」


「確かに。粛々とやるべきことを済ませて、次のタスクに向かうべきだ。次の相手は、今あるカラテの本気をすべてぶつけるべき相手だろうからな」


 今あるカラテの本気。それはいったいなんなのか、まだ手があるのかと聞こうとするヴィルマ。だが、アギーハの発言のほうが早かった。


「やるべきことが終わったら、わたしの元に来るといい。判断は任せるが、おそらく、今のキミが望むものを与えられるのは、わたしだけだ」


 アギーハのささやきを振り切るように、ヴィルマは歩を進める。

 エルフならではの良い目は、否が応でも巨大な城を、その城の上に支配者ヅラで浮かぶライデンの姿を捉えてしまっていた。なにせ、城は何処からでも見える。

 ドヒョウどころか空に浮かび、足裏を晒しながら、こちらを見下す。

 どれもこれも、リキシの道から外れている。

 リキシならば、やってはいけないことのオンパレードだ。


「アンタのスモウを信じる心って、そんなもんだったの?」


 落胆するかのようなヴィルマのつぶやきには、歯ぎしりが混ざるほどの怒りと無念さ、そして覚悟が込められていた。


               ◇


 ゴトゴトと、壊れたマスタツを載せた馬車が山道を進む。

 五頭の馬が荒い息を吐き、馬車を引きずっている。

 道の険しさとマスタツの重さ、馬の数はギリギリであった。


『馬が借りられて助かりましたね』


「まったくだ! だが、次は返す手間を考えなければならない。人間とは手間の積み重ねで生きているようなものだ!」


 荷台に居るマスタツと、その脇を歩くアギーハ。

 もはや馬車に、余計な重量をかける余裕はなかった。

 ほぼ一日かけて周辺を駆け回り、村人たちをセイレブ王国の城に避難させる手はずがついたあと、別れた村人たちは無事な馬をすべてアギーハに譲った。

 せめてもの礼であり、使ってやってほしい。譲った以上、馬を返すことは考えなくていいとも言っていたが、アギーハはずっと返す手はずを考えていた。

 馬だって安くない。アギーハは律儀なのだ。

 馬車の御者席から、歩くアギーハに質問が飛ぶ。


「もうそろそろ着くのかな?」


「ああ。そろそろ見えてくるぞ。しかし、ここまで付き合ってくれるとはな! 君が来るか来ないかは半々だったぞ」


「天才が馬の動かし方を知っていたら、わからなかったけどね」


「天才にすべてを求めるな! その先にあるのは、天才による独裁だぞ!」


 出来ないことを堂々と言うのも、天才ならではのスキルなのか。

 馬車に乗るヴィルマは、新しく老婆にもらった酒入りの瓶を軽く揺らす。

 新たな感謝と共に渡された酒は、たまらなく美味なのだろう。

 だが、飲む気にはとうていなれなかった。

 今の自分は禁酒中である。

 禁酒を命じた当人が、変なものに憑かれ、それどころではなくても禁酒中なのだ。

 少なくとも、ライデンに解禁を言われない限りは、この美酒を飲むつもりはない。

 出来ることなら、一生飲めないなんてことには、なってほしくないが。


「ああ。ついたついた、アレがわたしのドウジョウだ」


 山道の先に見えてきた、アギーハがドウジョウと呼ぶ建物。

 人も魔物も来ないような、奥深い山の中にある、アギーハの住居にして、この世界におけるカラテの総本山。

 アギーハのドウジョウを見た瞬間、ヴィルマはここまでついてきてしまったことを、深く後悔した。

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