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かくして道は開かれる  作者: 藤井 三打
三章
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12話 ケガレの水入り

 捕まっていた村人たちが脱出する手はずを整え戻ってみれば、ライデン対マスタツの戦いは、激しさの終着点のような決着を見せた。

 一人と一体の戦いを見届けたヴィルマの身体が、ぶるりと震える。

 恐ろしいまでの力と力のぶつかり合い、そして理屈は同じでも次元が違いすぎるケタグリ。本来のケタグリが出来るのが自分だとしても、ライデンは自己流としてのケタグリを完成させている。

 ヴィルマの身体を震わせたのは、ライデンがここまで技を磨いてみせたことへの畏怖であった。正しい形にたどり着かないとわかっていて、こうも技を昇華させられるものなのか。


「まさか、マスタツが負けるなんてね」


 同じように、共に一騎打ちを見届けていたアギーハの身体も震えていた。

 だがその震えは、飢餓であった。

 飢えた獣が獲物を見つけたような、獰猛さのある笑みを浮かべている。

 理知的に見えたアギーハとは、ある意味相反するような表情であった。


「どうした?」


 怪訝そうな様子を見せるアギーハ。言われたヴィルマ本人も自覚していなかったが、いつの間にかヴィルマは生身の右手で、アギーハの肩をしっかり掴んでいた。


「あ。うん、その。ゴメン」


 しどろもどろになりつつ、ヴィルマはアギーハの肩から手を放す。

 この獰猛さを解き放ってはならない。直感がヴィルマの手を無意識に動かした。


「安心しろ。いくら、大事なゴーレムが倒されたからと言って、あのリキシが恐ろしいまでの強者だからと言って、今すぐここで殴りかかる気はない。なにせわたしは、ひ弱だ」


 アギーハの謙虚な発言を聞いたヴィルマは呆れる。

 あんな無茶苦茶な跳び蹴りを見せておいて、よくもひ弱だと言えるものだ。

 だが、激しい動きを見せた後に、息切れしていたのも事実である。ひょっとしたらアギーハは、基礎体力の面で大きなハンデを背負っているのかもしれない。


「あのライデンのおかげで、マスタツは負けを学習した。まだまだ、未完成な割に、負けることがなくて困ってたんだ。アイツは真面目だから基礎は凄いが、それだけだ。これをきっかけに、基礎以上を学ぼうとする思考が生まれてくれればな。いかに天才でも、ゴーレムに自発性を持たせるのは難しくてね」


 倒れるマスタツを見るアギーハの優しげな目からは、獰猛さが消えていた。


「おう! 無事だったか!」


 魔法陣の上でソンキョの姿勢をとっていたライデンが、ヴィルマに気づき声をかけてくる。立ち上がるライデンに近づいていくヴィルマ。


「お疲れ。強かったでしょ?」


「ああ。なかなかだったが、俺にかかればこんなもんよ」


 ヴィルマにこう聞かれ、笑いながらドンと胸を叩くライデン。

 その様子に陰りはない。

 安堵するヴィルマ。オークやゴブリンといった魔物の大半はライデンとマスタツが片付け、囚われていた人々も出来る限り救出できた。専門家か軍隊でなければ相手ができないと思われていた魔王憑き相手に上々すぎる戦果である。

 一つの伝説として、後世に語り継ぎたいぐらいだ。


「あとは、魔王憑きがどこにいるかだね。これから魔王憑きを倒せば、問題なく終わり。とりあえずは、めでたしめでたしってところかな」


 浮かれそうな心を、現実で引き締めるヴィルマ。

 今は上々でも、元凶たる魔王憑きを退治しなければどうにもならない。

 ここで逃してしまえば、元も子もない。

 退治することが根本的な解決にはならないが、放置もまた許される手ではない。 


 ヴィルマは、魔王憑きであったエルダーゴブリンがとうの昔に潰されていることを知らなかった。もっとも、潰したライデン当人も近くにいたマスタツも、エルダーゴブリンの死は知らないことである。姿形も見ていない。


「ああ、魔王憑きか。それなら、もうわかってるぜ」


 しかしライデンは、こともなげに答えてみせた。

 あまりのあっさりとした返事に、ヴィルマは怪訝そうな様子を見せる。


「本当? ……そのゴーレムは、違うからね」


「ああ。そりゃそうだろうな、コイツは違う」


 ヴィルマにこう言われ、ライデンは手を振って明るく否定した。


「だってよ。魔王憑きは、俺なんだからな」


「え?」


 ぐっと、今度はヴィルマの肩が掴まれ、後ろに引っ張られる。

 ヴィルマの眼前を、棍棒同然のハリテが通過した。


「どういうことだ。先に魔物を集めておいての自作自演、では無さそうだ」


 ヴィルマを間一髪で救ったアギーハが、惜しそうな顔をしているライデンに問いかける。彼女のライデンに向ける目は、獰猛から警戒へと変わっていた。

 魔法陣の上にぽっかり空いた穴、ライデンとマスタツが踏み抜いた穴から、突如謎の声が聞こえてきた。


「その男が我が肉体となったのは、つい先程のこと」


 思わずヴィルマとアギーハは目をみはる。

 穴より降りてきて語り始めたのは、エルダーゴブリンらしい肉塊であった。

 ライデンに無意識のまま跳ね飛ばされ絶命したエルダーゴブリンが、ふよふよと浮き、死体のまま二人に語りかけている。


「お前たちは……魔王憑きと呼んでいるのか? この現象をすべて勘違いしている」


「魔物がかかる病気か何かと思っているのが間違いなのだ」


「これは、継承の儀式である」


「滅びし魔が、肉体に移り続け、邪を取り戻すための儀式なのだ」


 潰れたゴブリンと、ライデンが交互に喋っている。

 その声色は、ライデンのものでなく、同一の声であった。

 アギーハがそんな一体と一人に、自身の見解をぶつける。


「つまり……魔王憑きとは、魂を失った魔王が、自身に適応する肉体を求めていく過程だったということか?」


「概ね、その通りである。だが、我は魔王ではない。魔王に、成る者である」


 エルダーゴブリンの身体がぐしゃりと潰れ、血肉がライデンに降り注ぐ。

 古い身体は廃棄され、新たな身体に合一された――ということだろう。


「儀式に必要なのは、新たな身体だけではない。旧き身体の死と、濃き魂の闘争。二人の強者は、全てを満たしてくれた」


 ライデンの口を借りた何者かが語る条件。

 エルダーゴブリンの肉体はライデンにより叩き潰された。

 無力な村人を捕らえ、数で補おうとしていた魂の闘争というシロモノは、強靭すぎるライデンとマスタツの争いで満たされた。

 あの魔法陣の輝きは、二人の闘争心に反応していたのだろう。


「まさか魔王憑きが、先に死んでたなんて。そうとわかっていれば……!」


 悔しそうに奥歯を噛みしめるヴィルマ。わかっていれば、何らかの手を打てた。

 まるでその物言いは、魔王憑きの詳細ををわかっていた風である。

 魔王憑きとなったライデンが両手を広げた途端、足元の魔法陣から黒き邪気が湧き出る。その勢いは、まるで間欠泉である。


「この鬼の身体は、凄まじい覇気と闘気で満ちている。これだけの身体があれば、もはや儀式は不要。我は、次の段階へと移る!」


 ライデンの身体、マワシを巻いたリキシの身体がふわりと浮く。

 足裏を見せないリキシがドヒョウの上で浮く。

 おそらく、スモウの根幹を揺らがす光景に違いない。

 突如、空へと飛翔するライデン。

 魔法陣を中心とし、際限無しに沸き立つ黒い魔力。

 噴火した魔力は、ヴィルマたちを飲み込み、砦跡のすべてを飲み込んでしまった。

 黒き魔力が収まった後、あらわれたのは本格的な城であった。

 この近辺ではもっとも大きい、リッチモ王国の城をも凌駕する城塞。

 その造りは居住性を考えられた便利な城ではなく、不便の代わりに守ることと攻めることを考えられた、回りを攻め落としつつ守る、戦うための城だ。

 砦跡としか思われていなかった建物は、城塞の一部でしかなかった。

 四百年の月日は、情報を歪め、主の名もかき消していた。

 蘇った城主は、己の名を高らかに叫ぶ。


「我が名はシュンシュウ。魔王の座を継ぎ、終焉をもたらす者なり!」


 その名が響いた瞬間、城は威容を増し、辺りに漂っていた魔の気配は濃厚になる。

 何処からともなく聞こえてくる、魔物の咆哮。

 種族の枠を越え、多数の魔物が混じりあう叫びには、真なる絶望があった。

 このドーゼン大陸にて数百年前にかき消えた、人類を脅かす魔の軍勢。

 伝説の向こうに居たはずの魔王を継ぐ者が、今ここに顕現しようとしていた。

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