episode.09
ベルティーナはこれまで、いつどんな場面で見かけても、気高くしゃんと佇むアルミロしか見た事がない。表情は鳥のようにすんと澄ましていて、悪く言うと何を考えているか分からないけれど、元の顔が大いに整っているので万事OK、何の文句も無かった。
それがどうした事か。こんなに苦しむ姿を初めて見たベルティーナはどうしようもないほど恐怖で体を震わせていた。
初めてこの手で怪獣を撃ち抜いた時と同じくらいに手も足も震えた。
「アルミロ様!?大丈夫ですか!?」
治験と言う言葉が脳裏をよぎる。何か体にまずい作用が出てしまったのかもしれないと。
「すぐに誰か呼んできます!」
上手く力が入らない膝に、言う事を聞きなさいと喝を入れて立ち上がったベルティーナだったが、その腕をアルミロに掴まれる。
こんな状況じゃなければ、アルミロに腕を掴まれるなんて大イベントに発狂していたに違いない。
「行かないでくれ」
「え…?」
「頼む」
掠れた声でそう頼まれてしまっては、ベルティーナは足を動かす事は出来なかった。
ほんの僅かに、本当に微妙にさっきより大きく呼吸をするようになったように見えるけれど、誤差の範囲と言われたらその通りなぐらいで、やはりアルミロは苦しそうにしている。
「だ、誰か…人を呼んでこないと…」
「グイドが、来ているんだろう…。なら、音で気づいてここに来る」
グイド…耳良すぎだな。超人かよ。
若くして宮廷に仕えるということは、それだけ優れているという事を示す訳で、グイドの武器は人間離れした聴覚だった。
「わ、私はどうしたら…?」
「くっ……イレ、イナ…」
「…え?」
オロオロとしている間に扉がノックされて、ベルティーナは安堵と驚愕の2つの感情を抱いたまま振り向いた。
「アルミロ副隊長…入ります」
扉のノックは入室の許可を得る為では無く、入室を実行する為のものだったようで、アルミロの返事を待たずに扉を開けたのはグイドだった。
「グイド………」
本当に来たとベルティーナはその目に涙を滲ませた。ベルティーナ1人では何も出来なかった。グイドはベルティーナに視線を向けると一瞬驚いたような表情を見せたものの、その後は至って冷静で、アルミロに静かに近づくと脈をとったり顔色を伺ったりしていた。
「嘘は?」
「…ついていない」
「彼女と何の話を?」
「今日の事と…これからの、同伴についての話を、しただけだ」
2人が何の話をしているのか、ベルティーナにはさっぱり分からない。グイドの視線がベルティーナを捉える。
「何か、した?」
「へっ…?」
まさか毒を盛ったと思われているのだろうかと、ベルティーナは慌てて弁解した。
「何もしてないわ!食べ物は手渡していないし、香も付けてないし!アルミロ様と話をして、それで帰ろうとしたら急に…ど、毒なんて盛る理由も無いし」
「毒?何の、話?」
「わ、私が毒を盛ったと思ってるんじゃないの?」
グイドは視線を逸らして少しの間押し黙ると、再びベルティーナに視線を戻した。
「誤解を生む、言い方だった。ごめん。…そんな風には思ってないから…安心して」
じゃあどういう事なのか余計に分からない。
「グイド」
「なに?」
「原因に心当たりがある」
「なに?」
だいぶ呼吸は落ち着いてきたアルミロは、グイドと話しながらチラリとベルティーナを見た。視線が合ったベルティーナが酷く怯えているのを見て、アルミロは頭を抱えた。
「彼女に聞かせられない」
捻り出すようなアルミロの一言で、ベルティーナは退室する事になった。
グイドはついでにマウロ隊長を呼びに行くと言って、一度ベルティーナと共に部屋を出た。
「グイド…あ、アルミロ様は…大丈夫なの?あんなに苦しそうなのは、見た事が無いわ」
「大丈夫。命に関わるような薬じゃ無い」
「本当に?」
「本当」
グイドが言い切ってくれた事で、ベルティーナの心は幾分か落ち着いた。意図的にそうしてくれたのかもしれない。
「お、帰るのか嬢ちゃん」
「マウロ隊長…」
「………どうした?」
「それが…」
「アルミロ副隊長に薬が効いた。話があるから、副隊長の所に行ってて欲しい。彼女には聞かせられないって、副隊長が言うから連れてきた」
先程の情景を思い出して、上手く説明出来なかったベルティーナに代わって、グイドが説明してくれた。
真剣な顔でその説明を聞いたマウロは、ふんっと鼻で笑った。
「なるほどな。なぁ嬢ちゃん、サロンでビアンカが美味そうな菓子を用意してたんだ。味を見てやってくれ」
「…え?私、帰った方が…」
「ま、それは食べてからも良いだろ?」
結局ベルティーナはサロンに通されて、ビアンカの嬉しそうな顔を見たら帰るなんて言えそうになかった。