episode.30
「シシィ!マーベリー!」
遠くの方まで駆けていっていた従獣が少女の呼ぶ声に反応して向きを変えると、勢いそのままに飛びついてくる。
耐えきれなかったベルティーナはそのまま草原に倒れ込み、キャッキャと忙しなく2匹の従獣と戯れる。
「大丈夫か?」
「あはははっ!大丈夫で……」
2匹の間を縫って何とか起き上がったベルティーナは、隣に座り込むアルミロを目で追いながら「大丈夫です」と一息置いてから言い直した。
ベルティーナは6歳の歳の差があるアルミロに子供っぽく思われないようにと、恋人になる以前から落ち着いた女性になろうと心がけていた。それは今でも変わらないのだが時折ボロが出る。
恥ずかしくなったベルティーナがアルミロから視線を逸らしていると、アルミロが覗き込んだ事により不意に影が落ち、唇に柔らかいものが当たる。
ほんの一瞬で離れたものの、その後もまじまじと見つめてくるアルミロにベルティーナは頬を赤らめた。
「不意打ちはやめてくださいって、言ったのに…」
「宣言すれば今はダメだ何だと理由をつけるだろう」
「違います!あれは人前だったからです!」
「条件が多すぎる」
そんなわけは無い。不意打ちと人前と、あと長いのはダメだと言っただけだ。
「キスで照れていてはな」
「なっ…なんですか………」
「いいや?」
絶対に何かありそうだが、アルミロはそれ以上何も言わなかった。また子供だと思われたに違いない。恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。アルミロが鳥の如くスンとしている方がおかしい。
とは言え悔しくもある。自分もいつか、アルミロを魅了してやりたいのだが、まさか自分から口付けるなんて死んでも無理だ。
「アルミロさん……今日もお願いしても、よろしいですか?」
「ああ」
ベルティーナはアルミロの事を「さん」付けで呼ぶようになった。様はやめろ、遠い人のようだ、とアルミロに拗ねられたベルティーナはキュン死するかと思った。呼び捨てで良いと言われたものの、ハードルが高すぎたので今はさん付けで許してもらっている。
アルミロがパチンと指を鳴らすと、シシィとマーベリーはまた2匹仲良く駆け出していく。
立ち上がったベルティーナは差し出されているアルミロの手にそっと自身の手を添えた。
ベルティーナは約1ヶ月後に王宮主催の舞踏会に招待されている。フィリオ王子とイレイナの婚約披露を兼ねているようで、イレイナに「味方は1人でも多く欲しいんですよぉ!」と頼み込まれては断れなかった。
女性人気の高い恋人を持つ苦労を、ベルティーナも思い知っている最中である。
招待を受けたのは良いものの、ベルティーナは踊れない。そこで、アルミロに教えを乞う事にしたのだが、最初は反対された。
『立っているだけで良い。他の男に誘われたら踊れないと言って断れ』
『それではアルミロさんが他の女性と踊る事になり兼ねません。それは嫌です』
というやりとりの後、アルミロが折れた。その後の特訓の甲斐あって、それなりに仕上がって来ていると思っている。ぺったんこの靴だけど。
何分間か草の上でクルクルと踊った後、ベルティーナは満を持してとある作戦を遂行する事にした。
以前イレイナに「事故を装って大胆にボディータッチです!!」と教えてもらっていたのだ。
あっ、と足がもつれたフリをして、アルミロの胸に飛び込みピタリと顔を寄せた。逞しい体で難なく受け止められたベルティーナは、こちらが仕掛けているはずなのに顔に熱が集まった。
「すみません…」
これでちょっとはドキッとしたのでは?と思って見上げてみたものの、アルミロの眉間には皺が寄せられていた。
全然効果なし。むしろちょっと嫌そうにすらしている。胸が大きかったら色仕掛けが出来ただろうが、それをするには残念ながらちょっと乏しい。
「どこでこんな事を教わったんだ」
ギクッとベルティーナの肩が僅かにあがる。ドキッとさせるのにわざとだとバレていたらドキッともなにもするはずが無い。むしろこっちがドキッとさせられている。
あははと笑って誤魔化しながら離れようとしたが、ベルティーナが逃げるよりも先にアルミロに捕らえられ、再び鍛えられた胸元に舞い戻ってきた。
「絶対に他所ではやるな」
「はい、勿論です。こんな事は…はい…」
それからアルミロは少し長いキスをした。
「屋外だった事に感謝するんだな。次は容赦しない」
「ひっ………」
「ヒールを履いて踊るのは難しいらしい。楽しみだな?」
「そっ、その時はわざとじゃ…」
アルミロはこんな風に悪い顔で笑う事もあるのだとベルティーナは最近知った。
俯いたベルティーナはコツンと弱くアルミロの胸に頭突きをした。
「…………優しくしてくれますか?」
消え入りそうなベルティーナの言葉にアルミロの心臓がドクンと跳ねた気がした。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!キリの良い30部にて、簡潔とさせていただきます!
まだまだ色々な作品を書いていきたいと思っておりますので、その際にはまたお付き合い頂けると幸いです!
とと




