episode.28
それから10日間、ベルティーナはアルミロと顔を合わせる事は無かった。
10日ぶりに同伴させて貰おうと、内心ドキドキしながらサーガン討伐隊のお屋敷を訪ねたベルティーナだったが、朝は晴れていた空模様がここにきて一気にどんよりと曇り始めている。
雨の日の討伐は足元も手元も滑りやすく、視界も悪くなるため危険度は晴れの日とは比べ物にならない。つまり、一雨降りそうなこの状態で討伐に行く馬鹿はいないわけで、ならば帰ろうかと思ったベルティーナは何故かマウロに捕まり、サロンに連れられた。
「この前は、大丈夫だったか?」
「はい。ご迷惑をおかけしました」
「アルが助かったのは事実だ。迷惑だなんて思っちゃいねぇ。これでも感謝してる。仲間の命が救われたからな。…だが、正しい判断だったとも言えねぇな」
「…はい」
「ま、今回は誰も大きな怪我にはならなかった訳だし、お互い様だ。だが覚えておいてくれ。嬢ちゃんのあれは自分の身を守る為のものだ。使わないに越した事はねぇ」
「……はい」
しゅんとするベルティーナにマウロは鼻を鳴らして笑った。
「そんなに落ち込むな、怒っちゃいねぇよ。アルとは顔を合わせたか?」
ベルティーナはブンブンと首を振った。覚悟を決めてここに来たつもりだったが、実際会ったところで何を話せばいいのかも分からない。
「次に同じ事をしたら二度と依頼をしないと、酷くお怒りで…。呆れて会いたく無いのかもと、思ったりして」
師範が受けていた依頼品の納品にはアルミロでは無く違う隊士が取りに来ていた。これまでもそういう日ももちろんあったが、ベルティーナの思考は悪い方ばかりにいってしまう。
従獣屋は信頼を失ったらお終いだ。自分はアルミロからの信頼を失ってしまった。シシィの依頼を破棄されなかったのはアルミロの最後の情なのかもしれない。
ベルティーナが更にしょぼくれていると、マウロは「ははっ」と薄ら笑った。
「それは考えすぎじゃねえか?」
「何を言われても良いように覚悟をしてきたつもりだったんですけど…会うタイミングも失ってしまって」
「部屋にいるだろ。訪ねて行ったらどうだ?」
ベルティーナは再びブンブンと首を振った。
「これ以上、嫌われたく無くて……」
自分勝手で浅ましい願いだというのは重々承知している。それでも、出来るならこれまで通りの関係でいたいと願ってしまうのだ。
涙が出るのを必死で堪えたベルティーナだったが、とうとう一粒溢れて膝にポトリと落ちると、続けて二つ三つと涙が落ちる。
外もいつの間にか雨が降り始めていた。
マウロはベルティーナの肩を抱き寄せた。名誉ある男は泣いている女を放っておかないものだ。ベルティーナに見えていないのを良い事に、マウロはサロンにいた隊士に目で合図を送ると、その意図に気づいた隊士がコクコクと頷き、忍足でサロンを出て行く。
ズビズビとベルティーナが何度か鼻を啜った後、マウロが口を開いた。
「アルが嬢ちゃんを嫌うはずがねえよ」
「うぅっ…」
「そんなに心配なら、俺が聞いてやろうか?」
「え…?」
「どうなんだ?アル」
赤くなった目元を隠しもせず顔を上げると、その瞳にはアルミロが映し出された。眉間には深く皺が刻まれていて、それを見たベルティーナは言葉を発する事が出来ない。
アルミロはそのまま2人に近づくと、ベルティーナの肩に回してあるマウロの手をサッと振り払った。
「いいだろ?これくらい。大体お前のせいなんだしな」
「だめだ」
ベルティーナが再びズビッと鼻を啜ると、アルミロの何を考えているか分からない鳥のような瞳が、マウロからその隣にいるベルティーナに移った。
「話がある。…立てるか?」
差し伸べられた手にベルティーナは少し緊張しながらも、その手をとった。そのまま手を引かれサロンを出ると、階段を上って、アルミロの部屋に通される。
ベルティーナがアルミロに抱きしめられたのは、バタンと扉が閉まるのとほぼ同時だった。あの時よりも腕の力は弱く、振り払えそうなほどだが、扉を背にしてしまっているため逃げ出す事は出来ない。
「ア、アルミロ様…??」
「すまない、泣かないでくれ。俺はお前を嫌ってなどいない」
「………ほ、本当…ですか?」
「むしろ俺がお前に、嫌われたんじゃ無いかと」
「え?」
「お前の意思も確かめず、感情のままに口付けてしまった」
そう言われたベルティーナはドッと体温が上がった。この10日間、何度もそれを思い返しては赤くなったり青くなったりしていた。
「それ、は…私が言い訳ばかりで、うるさかった、から…黙らせようと…」
「そんな事を考えている余裕は無かった。ただお前に、守りたかったなんて言われて……どうしようもなく、愛おしかったんだ」
いっ…い、いと…愛お、しい……?私が??
「それは…どう、いう………」
「俺が、誰よりもあの工房に足を運んでいる事をおかしいとは思わなかったのか?食事に誘う意味を、考えなかったか?」
「え…」
「王宮について行った理由も、用も無くお前の元を訪ねていた事も、いなくなったと聞いてどれだけ必死になったか。お前を失っていたかもしれないと思って、俺がどれだけ恐怖したか」
「そ、れは…」
自分の事が特別だと言われているようで落ち着かない。
なにか答えなければとドギマギするベルティーナの体を、アルミロは一度解放した。離れた事によって見えたアルミロの顔はいつになく真剣で目を逸らせない。
次に紡がれた言葉は………
「好きだ。ベルティーナ」




