episode.25
食べる事が大好きなベルティーナだが、幼い頃から唯一、赤くて丸いあいつだけはどうしても食べられない。
「トマトが苦手とはな」
「……食べれない事は無い、ですけど」
すっかりご馳走になって帰路に着く頃、陽は落ちても街はまだ明るい。それでも、シシィの手綱を握るベルティーナの横にはアルミロと彼の従獣であるマーベリーがいる。
ベルティーナを送り届ける事を見越したアルミロはいつもよりお酒の量をセーブしていた為、計画通り、酔ってハイになっている連中に任せる事なくその任を請け負った。
「お前の事は良く知った顔だと思っていたが、考えてみると知らない事が多い」
「確かに、イレイナの依頼を受けるまでは、話す事もあまり無かったように思いますね」
「そうだな。その前はきっかけが無くて声をかけられなかった」
そう考えると、今こうして隣を歩くほどの仲になっているのは不思議な感じがする。
「なんだか私だけ知られたのはフェアじゃない気がします。アルミロ様は嫌いな食べ物は無いんですか?」
「特に無いな。子供の頃は食べれない野菜も多かったが、克服してしまった」
「………それでは私がまだ子供のようです」
アルミロよりは年下だけど、子供と言うには少し歳を取りすぎている。それとも本当に子供だと思われていて恋愛対象外にされているのだろうかとベルティーナは少し拗ねると、アルミロはその様子を見て鼻で笑った。
「強いて言うなら辛すぎる物は得意じゃ無い」
「それは大半の人がそうではありませんか」
「そう、か。…ではやはり、無いな」
強くてかっこよくて根は優しくて好き嫌いもないとなると、いよいよアルミロの落ち度が見つからない。
「それでは完璧すぎます」
「…俺が、か?」
「弱点が無いじゃないですか」
「弱点か…。お前にはなるべく知られたくないな」
「言いふらしたりしませんよ」
「そんな事じゃ無い」
ベルティーナも好き好んで自分の弱みや至らない所を教えたいとは思わない。好きな人なら尚更。
ベルティーナはチラリと視線を上げてアルミロを盗み見たが、分かったのはスッと前を見つめるその横顔が今日も惚れ惚れする程美しいという事だけだった。
『アルミロ様には想い人がいるので………』
時々、ふとした瞬間にイレイナの言葉が脳裏をよぎる。イレイナでは無いという想い人が誰かなんてベルティーナの知るところでは無いし、知らぬ人なら気にしてやる事もないと普段は思っているのだが、どうしようも無いほど考えてしまう事がある。
アルミロの心を射止めたのはどんな人なのだろう。きっと彼の辛い事や弱いところに寄り添える穏やかで心優しい人に違いない。そんな人だからこそ弱みさえもさらけ出せる、きっとそんな人だ。
羨ましいな…。
例えヒロインに選ばれなかったとしても、ただの街娘Aには到底務まらない。こうして隣を歩いている事さえも奇跡だ。
さっきまで過ごしていた時間が楽しかったせいか、今日はいつも以上に切なく胸が締め付けられた。恋とは一体どうやって諦めるものなのか、知っている人がいるなら教えてほしい。
「今日は本当に楽しかったです」
ベルティーナは暗い気持ちを隠そうと話題を変えた。
「そうか。余計に疲れさせていないかと心配していた。お前は相手に合わせるのが上手いが、休まらなかっただろう」
「いえ!またお邪魔したいくらいです!今日みたいな事は結構やるんですか?」
「マウロの気分次第だ。たまには無礼講で隊士達に息抜きをさせてやらないとな」
「良いですね、マウロ隊長らしいやり方です」
「…セルジョに何か言われたらしいが、気にしなくて良い。俺も結婚を申し込まれた事がある」
セルジョがアルミロに結婚を迫っている様子を思い浮かべたベルティーナは思わず、あははっ!と声を上げて笑ってしまった。
「断ったんですか?」
「当たり前だ」
心底迷惑そうにしているアルミロがまた可笑しい。
「ぜひ見てみたかったです」
「翌日に平謝りしてきたが、あいつに求婚されるのは二度と御免だ」
たわいも無い話がこれほど楽しいのは相手がアルミロだからなのだろう。やはりどう考えてもベルティーナの中でアルミロは特別なのだ。
なるべく長く続けばいいと、ベルティーナは歩く歩幅をほんの少し小さくゆっくりにした。




