episode.22
「………は?」
届いた手紙に目を通しながら、アルミロはつい声を漏らした。珍しくイレイナから届いた手紙は、また治験の協力依頼か何かだろうと思っていたのだが、見当外れも良いところで私情極まりない内容だった。
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先日、ベルティーナさんと食事をしたのですが、どうやら私とアルミロ様が恋仲だというような噂を耳にしていたようで、私からは否定しておいたのですが、アルミロ様からもお伝えした方が良いのではないかと思い、余計なお世話かと存じつつ手紙を差し上げました。
追伸、そのような噂話を耳にしたら、否定していただけると幸いです。
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なぜそんな事実無根な噂話が流れるのか全く心当たりが無いが、ベルティーナがそれを信じているとなるとアルミロにとって分が悪い。
いや、イレイナは否定したと書いてあるし今はもう信じていないかもしれないが、彼女の言う通りここは自分からも否定しておいた方が良さそうだ。
「どうした?いつになく難しい顔をして。見ろよ、他の連中がビビってるぞ」
マウロに声を掛けられて、そういえば自室では無くサロンにいたんだったと思い出す。
「マウロ」
「なんだ?」
「俺とイレイナが恋仲だという噂は聞いた事があるか?」
素っ頓狂な顔をするマウロとは別に、ブフーッ!と口から飲み物でも吹き出した音がする。近くで聞き耳を立てていた隊士が「あ、すみません…」と謝罪した。
「なんだそれ。俺は聞いた事がねぇなぁ。お前らは?」
「ありません!」
「俺も…無いっすね。そんな噂は立ちようがないっていうか…」
一様に帰ってくる返事は知らぬ存ぜぬばかりだった。
「急になんだってんだ?」
「……そういう噂が流れているらしいと、イレイナから手紙が来た。話を聞いたら否定しておいて欲しいと」
「ははっ、それはまた」
マウロは軽く笑っているが笑い事じゃない。アルミロにとってはベルティーナがそれを知っていた事も大問題だが、王宮内ではイレイナとフィリオの仲が公認となりかけている今、アルミロとの妙な噂話は誰にとっても都合が悪い。
いや、未だ王妃の座を狙う者がいたとするとそいつにとってだけは得かもしれないが。
「それって、ベルちゃ……あ、えっと…従獣屋の娘さんにも伝わってるんすかね。イレイナさんと面識があるって言ってましたし」
「そうなると困りますねぇ副隊長」
ニマニマと揶揄ってくる隊士たちにアルミロは良い度胸だと半眼を向けた。何より誰か、ベルティーナの事をベルちゃんと呼んでいる奴がいるのも気になったが、追求するのはやめた。
アルミロの深いため息にマウロが食いつく。
「まさにそうらしいな?」
「…イレイナは、ベルティーナにこの話を聞いたらしい」
「ぶっ…あっははははははは!!!」
「あちゃー」
「これは参りましたね」
反応の仕方こそバラバラだが、他人事だと思って面白がられている事は分かる。
「良いのか?今すぐ否定しに行かなくて」
「仕事の邪魔をするだけだろう。もう少しすれば同伴の予定もある。その時でいい」
「…そうか?ま、お前がそれでいいなら構わねぇけどな。その間に嬢ちゃんが誰とどうなろうが、俺は知ったこっちゃねぇ」
「………」
「そうだな…グイドあたりなんてどうだ?」
「ありえるっすね!仲が良いですから」
「グイドもあんな感じですけどちゃあんと玉ついてますからね〜」
「………」
揶揄われている。サロンでこんな話をするんじゃ無かったと後悔しても後の祭り。アルミロは小さく舌打ちをして立ち上がった。
「行くのか?」
「部屋に戻るだけだ。用もないのに訪ねたらおかしいだろ」
「用はあるじゃねーか。それに、ただ会いたくなったって口説けば良い。俺ならそうする」
「……そんな事をするのはお前ぐらいだろ」
「そうか?ああ、そういや、誰か使いを頼まれてくれねぇか?デイビットの店に素材を置きにいかなきゃなんねーんだが、忙しくてな」
デイビットは加工屋を営んでいるサーガン討伐隊とも馴染み深いおやじの店だ。討伐した怪獣の皮や骨は加工屋に持って行って取り引きする。
「あー…俺はちょっと、ビアンカさんに掃除の手伝いを頼まれてて」
「俺も今日は、武器の手入れがあるし」
「なんだお前ら忙しいのか」
そんなやりとりを無視して部屋に戻ろうとするアルミロだったが、「おー、待て待て」とマウロに引き止められる。
「困ってる仲間を見捨てるのか?お前は」
「明日にしたらどうだ」
「生憎、明日も明後日も多忙を極めてるんだ」
「大変だな」
「ああ、大変なんだ。哀れに思うなら頼まれてくれ」
「………………どこに置いてあるんだ」
マウロがしてやったりとニヤニヤ笑っているのは気に食わないが、元々面倒見がいいアルミロがここまで言われて放って置けるはずもなかった。本当に忙しいのかどうかは怪しいが。
「ついでに美味いもんでも買って寄り道して来ても良いんだぜ?」
「そうさせるのが目的だろ」
「はははっ、応援してんだよ」
頼んだぞと言う代わりにバシバシ背中を叩いたマウロはまたサロンに戻っていく。
忙しい奴がサロンで暇潰しかとアルミロはその背中を見送った。




