episode.21
ベルティーナとイレイナはお互いに忙しくしていた事もあり、2人で食事に出かけるのは随分久しぶりな気がする。
出会い頭から今に至るまで、イレイナからの話題はロップの事がほとんどで、アルミロが以前言っていた、イレイナがロップの事を自慢しているという話は嘘では無いらしい。
「それで、フィリオ殿下もロップの事を可愛がってくださっていて、この前なんか抱き枕みたいにして寝てたんですよ!」
あの腹黒王子とイレイナは随分親しくしているようだが、アルミロの事を考えるとベルティーナの心境は複雑だった。
「ねえ、イレイナ…」
「何ですか?」
「アルミロ様とは、ちゃんと話しているの?その、誤解がないように」
「……誤解?なんのですか?」
だめだこりゃとベルティーナは頭を抱えた。
「この際だからはっきり言うわ、イレイナ。あなたにそう言うつもりは無いのかもしれないけれど、あんな態度じゃ誤解を招くわ」
相手はあの腹黒王子だし。アルミロ様を揶揄っているのかもしれないけれどタチが悪い。
「…あの、ベルティーナさん?何の話なのか、よく分からないです」
「そうよね、無自覚だものね。…だからねイレイナ。いくらフィリオ殿下とは言え相手は男の人なのよ?きちんと距離を改めないとアルミロ様を不安にさせるだけだわ」
「………アルミロ様が、不安に……ですか?」
「そうよ!!」
どうして分からないのかしらこの子ったら!いくら天然無自覚ほんわかぽわぽわヒロインだからって鈍すぎ!!
ベルティーナの鼻息がフンっと荒くなるも、イレイナは困ったように眉を下げていた。
「もしかしてアルミロ様もやっぱり、フィリオ殿下の事を心配して…?」
「え?」
「やっぱりそう、ですよね…。私は所詮身分の無い片田舎の芋女ですし、殿下のお側にいるには相応しく無いと私も分かってはいるんですけど………」
「え??」
「でも殿下は身分など気にしなくて良いと言ってくださって、私もそれに甘えていたんです」
「……え?ち、ちょっ、ちょっと待ってイレイナ」
なんだか話が噛み合っていないとベルティーナがイレイナを止めると、彼女は泣き出しそうな顔をしていた。
「ちょっと待ってイレイナ。きちんと話しましょう?」
「……はい?」
「あなたは、アルミロ様が好き…よね?」
「はい!?!?」
ヒュンとイレイナの涙が引っ込む音が聞こえたようだった。彼女が大きく見開いた瞳には眉間に皺を寄せたベルティーナが映っている。
「わ、私がアルミロ様をですか!?誰がそんな事を!?」
「誰がって…ち、違うの?」
「違います!!そんな噂が流れているなら即刻否定してください!!アルミロ様のご迷惑に………はっ!!うそ!?もうご迷惑になってる!!!」
何かよく分からないが、どうしようどうしようと慌てふためくイレイナにベルティーナは呆気に取られてただその様子を目で追う事しか出来ない。
「違うんですベルティーナさん!私とアルミロ様は断じてそう言う仲では無くてですね!?わ、私はその、殿下の事が好き…なので」
「ええっ!?」
「アルミロ様もご存知のはずなんですけど…聞いてませんでしたか?」
「聞いていないわ」
ベルティーナは衝撃の事実を聞かされて、魂がどこかへ飛んで行ってしまったかのように頭が真っ白でその役目を果たせそうにない。
イレイナはフィリオ王子が好き??嘘でしょ、フィリオルートなの!?じゃあアルミロ様は???
「でも、あなたはアルミロ様に命を救ってもらったんじゃ…?」
「それはそうですけど、恩義は感じますがそれ以外は無いというか」
「私をあなたに紹介したのもアルミロ様でしょう?」
「それもそうですけど、殿下伝で」
「でも、アルミロ様はあなたとフィリオ殿下が親しげにしているのを見てすごく嫌そうだったわ」
もしかしてアルミロの片想いだったのか!?と言ってしまってからもう遅いとは分かっていてもベルティーナは自分の口元を手で覆った。
「……それには多分別の事情が」
「…別の?」
「側近の方に聞いたのですが、アルミロ様は殿下の自慢げな顔にうんざりして帰られたとか」
だからそれは、アルミロの気持ちを知っている腹黒王子がマウント取ってきたからでは?とベルティーナはまた眉を寄せた。
「アルミロ様には想い人がいるので、私と殿下の態度がウザかったみたいで……反省しています」
「想い人は、あなたじゃ…なくて?」
「違います!絶対に!!断言します!!!」
思い切って尋ねたベルティーナに、イレイナはバンッと目の前のテーブルを強く叩き、身を乗り出しながら否定した。
ベルティーナはこの日、人生で一番の衝撃を受けた心地だった。自分が転生者だと悟ったあの日を上回るほどの雷が落ちたようだった。
イレイナが……ヒロインはアルミロルートを選択していないらしい。自分の推しが選ばれていない世界線など、全く想像していなかった。だってベルティーナにとっての1位はどんな時だってアルミロだったから。自分なら絶対にアルミロを選ぶから。
「嘘でしょ………」
その後の食事の味はほとんど覚えていなかった。




