episode.19
ベルティーナが昼近くに工房に向かうとグイドがいた。
「グイド!来てたの!?」
「うん」
「依頼?」
「うん。ミーティアの防具、新調しようと思って」
そう言うグイドの足元には彼の従獣、ミーティアがおとなしくお利口に伏せている。よしよしとベルティーナに撫でられても、ミーティアは警戒心なく目を細めていた。
グイドは師範と共に、新しく作る防具の性能やデザイン、サイズ等を事細かに話し込んでいたようだが、まだ決まりきってはいないらしい。
「何か悩んでるの?」
「うん…。ミーティアは顔をすっぽり覆う防具を嫌う、けど…防御力を優先するならやっぱり、嫌でも慣れて貰った方がいい、かなと思って」
「頭と喉元は急所だものね」
「でも、視界が悪くなるのが嫌…みたい」
「うーん…」
いつの間にかベルティーナも混ざってああでもないこうでもないと話し合いが成されている。防具や武器を新たに作り直すとなると、妥協するわけにもいかない為、どうしても依頼を受けるまでに時間を要する。
納得出来るまでとことん付き合うのも従獣屋の仕事だ。
「デザインも昔とは変わってきておるからの」
「グイドはシンプルなのが好きよね」
「うん…。ミーティアは綺麗な顔立ちだから、派手なのより、シンプルなデザインの方が、似合う」
「ふふ。確かに、美人さんだわ」
言葉を話さない従獣達だけど、人間の言葉はきちんと理解できる賢い生き物だ。ミーティアはきっと、普段からグイドにこんな風に可愛がられているのだろう。スンと澄ました顔が自信たっぷりに見える。
ふいに工房の扉が開いて来客を知らせる。3人とも顔を上げ、来客がアルミロである事を確認すると、「おお、そうじゃった」と反応を示したのは師範だ。
ベルティーナはペコリと会釈をして、グイドとの相談に戻る。これは仕事だから避けてるとかじゃない。…誰も何も言ってないか。
あまりアルミロの事は意識しないようにベルティーナはグイドとミーティアに集中しようとするも、向こうから「ああ」といつも通りにアルミロの短い返事の声を耳がしっかりとキャッチする。
この低い声がまた………良い!花丸!!
「ベル?」
「!!あ、えと…何だっけ?」
「この素材ならどの色が1番ミーティアに合うかなって。多分俺より、ベルの方がセンスいいから」
「あ、あぁ、そうね、どれがいいか……」
やばい、完全に意識持っていかれてた。
グイドに顔を覗き込まれてハッとしたベルティーナは、いかんいかんと頭を振って今度こそ本当に集中する。
「色のサンプルを見て決めると良いわ。グイドが選んだ方がきっとミーティアも嬉しいと思うの」
「………そう、かな?」
「絶対そうよ」
ベルティーナは急いでサンプルを持ってくると、グイドが想像しやすいようにミーティアの背を借りて次々に色を合わせて行く。
しゃがみこんで夢中になっているグイドとベルティーナは頭がくっつきそうな程近い距離で話し込んでいるのだが、ミーティアに夢中な2人はそれを全く気にしていない。
それを気にしている客人にもベルティーナは気づかなかった。
やんややんやと楽しげにしている2人に、アルミロが声をかける。
「ベルティーナ」
「はい!?」
声をかけられるなど微塵にも思っておらず、いきなり名前を呼ばれたベルティーナは驚きのあまりに声が裏返り、これでもかと目を見開いてアルミロを見上げた。
グイドもいつも通りにぼんやり見上げていて、そんな2人を見下ろすアルミロもいつも通りに何を考えているか分からない。
「少しいいか?」
「あ、はい…なにか……?」
「お前さえ良ければ今夜食事でもどうかと思うんだが」
「…え?」
「前に行った店に行きたいと言っていただろう」
言っ…たけど、本当に!?
「ア、アルミロ様は…お忙しい、のでは?」
「夕方以降なら問題ない。無理強いはしないが、シシィの事も話せればと思ってな。可愛がっていただろう」
「!?もうご存知でしたか」
「ああ」
父が早急に話をつけたのだろう。事情が事情だが、黙って依頼とは異なる従獣を引き渡せば信頼は地の底に落ちる。隊士達からの信頼で成り立っている従獣屋はそれを失えばお終いなのだ。
「アルミロ様が、良いのでしたら…グイドも一緒どう?」
急に話を振られたグイドは「えっ」と一瞬驚き、アルミロをチラリと見た。
「俺、は…今夜は予定があるから…」
「そう?なら仕方ないわね」
2人きり回避失敗。イレイナにはちゃんと誤解がないように説明してるんでしょうね?次に会った時に何も無かったと言わなくちゃ…。
「ではまた迎えに来る。邪魔して悪かったな」
「あ、はい……」
「グイド」
「………なに?」
「女性との距離には気をつけた方が良い」
「………」
はへ?何かあったのかな?とベルティーナはいつもより僅かに硬い声色のアルミロの背中をぼんやりと見送った。