episode.18
ベルティーナは幼い弟や従獣の世話で忙しい両親に代わって、食材や日用品の買い出しに出かけることも少なくない。帰り道が辛くなると分かっているのについついあれこれ買ってしまうのはベルティーナの悪い癖でもある。
グイドは通りすがりに、溢れそうなほどに詰め込まれた紙袋を2つも抱える事となってしまっているベルティーナを見つけた。
「持つよ」
「わっ!グイド!?」
紙袋を1つ奪うと、一瞬バランスを崩したベルティーナは驚きつつも残った紙袋を抱え直す。
「悪いわ」
「いい。大丈夫」
「…でも、家までだから遠いし」
「大丈夫。俺も名誉ある男、だから…。困っている人を助けるのも、仕事のうち」
実際の年齢より若く見られがちなグイドの口から名誉ある男という言葉が出るとは思っていなかったベルティーナがクスクス笑うと、「なに?」とグイドは僅かに顔を顰めた。
「ありがとう。実はちょっと重くて困ってたの」
「そっちも、持つ?」
「ううん!重い方を持ってもらってるから大丈夫」
「これくらいなら、別に大した事ない」
グイドの線の細い体の何処に力を隠しているのか不思議なのだが、小柄でも男の人なわけで、力強いよなと感心する。
「グイドはお休みだったの?」
「今日はムスター討伐隊に同行して、今はその帰り」
「そうなの?疲れているのにごめんなさい」
「平気。そんなに疲れてない、から」
グイドはその言葉通りしゃんしゃんと歩いていて疲れを感じさせない。
「グイドは凄いわね」
「………そう?」
「私はいつも助けられているもの。グイドがいると凄く心強いわ」
「……………あり、がとう。ベルに褒められるのは、嬉しい」
いつもの仏頂面が今だけはほんのり赤らんでいるような気がして、ベルティーナは可愛らしいなと思いながら微笑んだ。
荷物が軽くなった分足取りも軽くなって、予定よりもだいぶ早く家に着く事ができた。
「ありがとう。本当に助かったわ」
「……どう、いたしまして。じゃあ、またどこかで」
「ええ。気をつけてね」
またどこかで、と言うグイドの別れの言葉は実に彼らしい。至る所を点々としているグイドはその言葉通り神出鬼没で、次にいつどこで会うかは神のみぞ知るところだ。
小さくなっていく背中をしばらく見送った後、ベルティーナはようやく玄関扉のドアノブに手をかけた。
「ただいまー」
「おかえりなさいベル」
「ベル。話があるから座りなさい」
「………うん?」
普段から言葉数の少ない父に呼び止められるのは珍しい。しかも何だか少しいつもより改まっている。重大な話だろうかとベルティーナは若干胸をざわつかせながら言われた通りに父の真正面に腰掛けた。
「なに?」
「サーガン討伐隊から依頼を受けているのは知っているな?」
「もちろん」
「メイメイとナツを育ててたんだが…」
それも知っている。それがどうしたというのか。
「メイメイに妊娠の兆候が見られるんだ」
「えっ!?」
それは驚いた。めでたいけれど、そうなると少なくとも子供を産み育てるまで約1年は従獣としての勤めを果たすのは難しい。父が難しい顔をしている理由がよくわかった。
「めでたい事だわ」
「ああ。だが受け渡しはできなくなった」
「そう、ね」
「代わりにシシィはどうかと考えている」
「!」
シシィは現在、ベルティーナが1番に可愛がっている従獣だ。ベルティーナとしてはシシィはどこかの隊へ受け渡さず、自分の相棒としてこのまま一緒に過ごしていくのもアリだと思っていた。
父もそれを分かっているのだろう。だが確かにこの状況ではメイメイの代役が1番に務まるのはシシィだろう。
体格も能力も高いし、滅多に討伐に行かないベルティーナの元に置いておくには惜しいという意見も理解できる。
シシィに対して特別な感情も持ち合わせているが、ベルティーナは既に独り立ちしたプロの育手だ。自分が父の立場なら全く同じ事を言っただろう。
「…分かりました。ではサーガン討伐隊にはナツとシシィを」
貰い手がサーガン討伐隊である事はベルティーナとしても安心材料ではある。彼らは個々の技量が高いし、物資も豊富に揃っている。
下っ端の討伐隊はどうしても節約思考になりがちで、隊士の技術も乏しい場合、従獣にかかる負担が大きくなり、最悪命を落とす。
「悪いな」
「悪くないわ。シシィならきっと彼らの役に立つだろうし、サーガン討伐隊なら私も安心して引き渡せる。なによりメイメイの妊娠はめでたい事だわ」
「そうだな。じゃ、シシィの事は最後までお前に任せたい。出来るな?」
メイメイの妊娠が確定すれば、これまでの何倍も注意深く手をかけなければいけなくなる。メイメイの経過観察とナツの訓練に加えてシシィもとなると父の手に余る。
弟の面倒を見ながらの母を煩わせるより身軽なベルティーナが動いた方が良いのは明らかだ。
「任せて」
「頼りにしている」
ベルティーナにとって、両親は祖父と同様にこの道の師匠でもある。そんな父が仕事を任せてくれるというのは誇らしくもあった。
お風呂から上がって一息ついている父に「ああそうだ、同伴先はサーガン討伐隊に協力を取り付けてある」と言われたベルティーナが「ん…」と一瞬固まるのは今から30分ほど後の話だ。