episode16
ロップのリードを持つ役目を失ったベルティーナの両手は暇を持て余している。
現在、これまた広い中庭でロップとイレイナとフィリオ王子が仲睦まじく駆け回っているのを眺めているという謎時間を過ごしている。
王子の目が他所に向いている間、ベルティーナはホッと胸を撫で下ろす事が出来るので、いつまでも話し込まれるよりだいぶありがたい。
「大丈夫だっただろう?」
「思ったより、気さくな方でした…」
「あいつは一度懐に入れた奴にはとことん甘いが、その分我儘になるから覚悟しておいた方がいい」
自分がフィリオ王子の懐に入れてもらえたのだとしたら、それはアルミロとイレイナのおかげなのだろう。ベルティーナは緊張から、それほど多くフィリオ王子と言葉を交わしたわけではないものの、確かに彼はベルティーナに対しても友好的だった。
「アルミロ様は、フィリオ殿下とはどれくらい前からお知り合いで?」
「さてな。父と現国王が旧友で、物心ついた時にはもう友達だった。昔はフィリオと2人でここから抜け出してよく叱られたものだ」
「…それは、本当にアルミロ様の話ですか?」
「ああ」
それは可愛らしい幼少期だがアルミロが叱られている姿というのは全然想像出来ない。フィリオは確かに今もどこかやんちゃそうな一面を持ち合わせているけれど、アルミロにそんな面影は無い。
ロップと戯れているイレイナとフィリオ王子に視線を戻したベルティーナは思わずふふっと笑みをこぼした。
「なんだ?」
「あ、いえ……フィリオ殿下は、そんな感じがするなと思いまして…」
「いつまでも子供っぽいだろ」
「素直で素敵だと思います」
「素直は素直だが、案外一番腹黒いのはフィリオじゃないか?」
「そうでしょうか」
きっと一番に腹黒いのは、未だにアルミロへの恋心をこの身の内に飼っている自分だろうとベルティーナは笑った。
視線の先ではイレイナがおっと、と躓き、それをフィリオが倒れないように支えてやっている。これは良いのだろうかとベルティーナは横に立つアルミロに視線を向けた。
「退屈、だな。帰るか」
「え…?」
「お守りは側近に任せれば良い。あの様子なら、ロップも大丈夫だろう」
「ロップは大丈夫、でしょうけど…」
むしろあれを放っておいてアルミロが大丈夫なのだろうか。いくらなんでも近すぎ………
「!」
ベルティーナはハッと思いついてしまった。アルミロがイレイナとフィリオ王子の仲睦まじい姿を見せられて嫉妬しているのでは!?と。
「あ、あの…アルミロ様」
「なんだ?」
「あの、フィリオ殿下の事はよく知らないですけど、イレイナはその、良くも悪くも皆にあんな感じ、と言うかですね」
「ああ…そうだな?」
だめだ、自分が何を言っているか分からないが、言いたい事が伝わっていないと言う事は分かる。
「だからその…あまりお気を悪くされないように、と…」
「ああ。気分が悪くなる前に帰ろう」
「………」
あーーーー!やっぱり嫉妬してるぅーーーー!そりゃそうだ誰だって好きな人が別の人と仲良くしてたらそりゃあ気分悪くなるわ!
無自覚とは言えあれはイレイナが悪い。無自覚である事からして悪い。
ベルティーナが頭を抱えている間にも、アルミロは近くにいたフィリオ王子の側近に「帰る」と一言声をかける。側近は「まあそうなりますよね」と苦笑いを浮かべていた。
そうなるに決まっている。すぐ隣にいるベルティーナに自由に触れる事さえ許されていないアルミロはこれ以上あの2人のイチャイチャを見せつけられると本当に気分が悪くなりそうだった。
「どこかに寄って帰らないか?」
「え?」
「真っ直ぐ帰るには…まだ早いだろう」
「あ、え…2人に声をかけなくて良いのですか?」
「放っておけ。どうせフィリオは気づいていて気づかないふりをしているだけだ」
それはフィリオ王子の性格が悪すぎやしないか。ゲームにそんな展開は無かったけれど、もしかして三角関係なのか!?
オロオロするベルティーナが最後にイレイナ達の方を振り向くと、フィリオ王子はこちらに向かってバイバーイと手を振っているでは無いか。イレイナはロップに夢中で気づいていない。
「腹黒い…」
「食事にいかないか?」
「は、はい!お供致します」
こんな時は1人でいるのが嫌になるのも、やけ食いしたくなる気持ちもよく分かる。
今日はイレイナが悪いという事にしてアルミロに付き合ったって罰は当たらないだろうと、ベルティーナは一応フィリオ王子とその側近に頭を下げてからアルミロの後を追った。