episode.14
アルミロを避けた生活というのは、それほど難しいものではない。工房に来るかもしれないと聞けば家にいればいいし、家に来るかもしれないと聞けば工房にいればいい。
それでも時々鉢合わせた場合には、会釈くらいはして奥に下がるなり作業に打ち込むなりすればアルミロが声をかけてくる事は無い。
同伴の際も同様に、他の隊士達と話し込んでいるふりでもすればさりげなくかわすことが出来た。
意識しないという事を意識し過ぎて結局意識してしまっているのは難点だが、しばらく続ければ慣れるだろう。同伴も残すところあと1回で、これが済んだら今より更に顔を合わせる機会は減る。
ベルティーナはアルミロの事を考えないように、最近は特に根を詰めて仕事に没頭していた。
その熱心すぎる姿は、ロップの様子を見に来たイレイナが心配する程多忙を極めていた。
不器用なベルティーナがそんな事をすればどうなるか。
「………熱があるかもしれない」
芝生の上にごろんと寝転ぶベルティーナは隣で休んでいるシシィを撫でながら独り言をつぶやいた。
ちょっと詰め込み過ぎたかもしれない。でもこうでもしなければ余計な事ばかり考えてしまうから仕方が無かった。今日だって本当は何かしようと思っていたのに、普段はほとんど何も言ってこない父にやり過ぎだと咎められてはどうしようも無かった。
暇を持て余したベルティーナはシシィと共に自宅裏の広い草原に足を運んだわけなのだが、どうにも体の調子が悪い。
眩しい陽の光は目を伝って頭にガーンと響くし、一度横になってしまった体は起こすのが億劫で仕方がない。何より眠い。暖かい日差しのせいだと思いたいのだが、この感じはおそらく熱がある。
ベルティーナはそのまま草の上で寝てしまおうと目を閉じた。
⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎
「ーーーティーナ!ベルティーナ!!」
「ん………」
体が揺さぶられると同時に声が聞こえてきてベルティーナは重い瞼を上げたのだが、不思議な事に視界は黒い。
「何をしてるんだこんなところで!」
「ぐえっ……!」
まだぼんやりする意識の中に割り込むように聞こえてきた怒りのような焦りのような、誰かのそんな声と共にベルティーナは体を引き寄せられ、鍛えられた胸板と腕に捕まった。
衝撃で目が覚めたベルティーナは少しずつ自分が置かれている状況を理解し始める。
空は既に星々が飾られている事、それほど長く眠ってしまっていたらしいという事、聞き覚えのある声と、匂いに包まれているという事。
「アルミロ様…?」
ベルティーナのか細い声に反応したその人が、ゆっくりと体を離しこちらを覗き見る。少ない明かりの中でも、今目の前にいるのがアルミロだとはっきり分かった。
面と向かうのは久しぶりだ。月明かりの元でも変わらずかっこいい。
「夜になって一緒にいたはずの従獣だけが戻ってお前が戻らないと連絡が来た。屋敷に来ていないかと」
「あー…」
「随分探した。ロップは戦闘より探索に長けているだろう。それで匂いを辿らせたん、だが………熱があるのか?」
事情を説明しながらも、掴んでいるベルティーナの腕が熱い事にアルミロが気づくと、これでもかと眉間に皺を寄せた。
ベルティーナは寝たらだいぶ良くなった気がするけどなと思いながらも視線をずらすしかなかった。
「何をしているんだ本当に」
「ちょっと昼寝のつもり、だったんですけど…」
「勘弁してくれ。どれだけ心配したと思ってる」
「………すみ、ません…」
こんなに寝こけるつもりはなかったとは言え、これに関してはもう謝るしかない。シシィも起こしてくれれば良いのになんて心の中で責任転嫁はするけれど。
「早く帰ろう。みんな心配している」
「すみません…」
「今後二度と、外で眠らないと約束してくれ」
「はい。すみませっ!?」
何度目かの謝罪の言葉を述べたベルティーナの体が宙に浮く。アルミロがいとも簡単に抱え上げたせいだった。
「あ、あああ、歩けます!」
「良いから大人しくしていろ」
「でもあの、お、重いので!」
「問題ない」
いやいやいや!問題しかない!こんなに密着していたら緊張とか恥じらいとかでまた熱が上がりそうだ。
ジタバタともがくベルティーナだったが、アルミロはその身を下ろすどころかよいしょと抱えなおして歩を進める。
「なぜ俺の事を避けている?」
「ん」
アルミロの予期せぬ発言に、ベルティーナはピタリと動きを止めた。悟られないように上手くやっていたつもりだったのだが、どうやらバレているらしい。
「避けているだろう?考えてみても理由が分からない。何か気に障る事をしてしまったなら教えてほしい。」
「避けて、は……」
「不甲斐ない姿を見せたからか?それとも他の理由か?バールに行ってから不自然なほど顔を合わせる機会が減った」
「た、たまたまですよ」
「…では、避けていないんだな?」
「え、ええ!避けるなんてそんな」
めっちゃくちゃ避けてましたけどね。あなたへの恋心を断ち切るために避けてましたなんて言えない。絶対に言えない。
挙動不審ながらも避けていないと言い切ったベルティーナに、頭上からアルミロの安堵のため息が降りかかる。
「あまりそういう事はしないでくれ」
「そういう…?」
「………いや、なんでもない」
歯切れの悪いアルミロは珍しいのだが、明かりの乏しい夜の世界の中では、彼が今どんな表情をしているのかをはっきりと見る事はできなかった。