episode.13
今日までの数日間、ベルティーナは微妙な心地で過ごした。アルミロと食事だなんて、どんな顔をしていればいいのか分からない。そして分からないまま今日を迎えてしまっている。
今日の討伐にはアルミロも参加していたが、後ろの方に控えるベルティーナとは違って、積極的に前の方で怪獣を相手にしていた。
重い大剣を軽々しく的確に振るう姿を見ただけでベルティーナは体が痺れるようだった。それはまさに神の所業。あんな勇敢な人と結ばれる運命にあるイレイナが羨ましかった。
同伴は滞りなく、討伐も全員が無事に帰還した。幸か不幸か、今日も大型の怪獣に出会わなかった。大型の怪獣なんて、体の分だけ凶暴で強力だから出会わないに越した事は無いのだが、ロップの為を思うと、訓練中に一度は遭遇しておきたいという複雑な心境ではある。
こればかりは運としか言いようがないので、ベルティーナはここまで育て上げたロップを信じるしかない。
「嫌いなものはあるか?」
「いえ!特には」
約束通り、ベルティーナはアルミロとの詫びの食事に行くために並んで歩いている訳なのだが、意識しないようにしていてもやはり無理な話だ。
だってちょっと間違えたらこの手が触れてしまいそうな程の距離にアルミロがいる。緊張しないはずがない。
そう思っているのは当たり前だがベルティーナだけのようで、アルミロはいつも通り鳥のように澄ました顔をしている。
彼にとってこれは、先日の詫びでしかないのだ。その証拠に、討伐から戻って、再び屋敷を出ようとするアルミロにマウロが「そういや、デートだったな」なんてご機嫌で声をかけたのに対し、アルミロは物凄く不機嫌そうな顔で「詫びだ」と言ってのけた。
「バールで良いか?かしこまった店は苦手なんだ」
「はい、もうどこでも」
かしこまった店なんてベルティーナはほとんど経験がない。むしろこちらとしてもバールの方が気楽で助かる。
アルミロは既に目的の店を定めていたようで、慣れた手つきでベルティーナは入った事がない店の扉を開けた。
店主とはやはり知り合いのようで、気軽に挨拶を済ませると、カウンター席の端にベルティーナを案内した。
「酒は?飲めるのか?」
「多少は…」
「じゃあこれはどうだ?それほど強くないし甘くて飲みやすい」
「あ、じゃあ、それを」
「料理は適当に頼んでしまうから、気になるものがあれば言ってくれ」
「はい」
案外面倒見がいいんだなとベルティーナはその横顔を見つめていた。普段は口数が少なくて、何を考えているか分からない事も多いけれど、副隊長という肩書きはこういった性格も見込んでのものなのだろう。
ふとアルミロの視線がこちらを向いて一瞬目が合うも、ベルティーナは見過ぎてしまったと慌てて目を逸らした。
何を話せばいいかと狼狽えていると、助け舟を出してくれたのは意外にも店の店主だった。
「よぉアル!久しぶりだな」
「ああ。最近忙しくてな」
「お前が女連れとは珍しい」
「おかしいか?」
「いいや?ちゃんと家に帰してやれよ」
「…ああ」
たわいもない話の後、店主はご丁寧にベルティーナにも「ゆっくりしていってくれ」と声をかけてまたどこかへ行ってしまった。
「あまり来ていなかったんですか?」
「最近は足が向いていなかったな」
「イレイナとよく来るのかと思っていました」
「……イレイナ?なぜ」
「振る舞いが、慣れているようだったので」
アルミロは心当たりが無いのか眉間に皺を寄せた。ドアを開け席に案内し注文を済ませるまでの流れるような行動は、普段からそうしているようにベルティーナには見えていた。
だがそれはアルミロの本質的な性格が成した技で、慣れているという表現はあながち間違いではないのだが、いつもそんな風にイレイナをエスコートしているとベルティーナが思っているとは微塵にも考えつかない。
イレイナをここに連れてきた事がないどころか、外で食事をするほどの仲では無いからだ。
イレイナとアルミロはあくまで宮廷魔術師と討伐隊副隊長の枠から出ないものばかりだ。たまたま怪獣に襲われているイレイナを助けたという事や、アルミロがこの国の第一王子、フィリオと昔から顔馴染みだという事、そのフィリオがイレイナを特別に可愛がっているという妙な縁があって時々顔を合わせて面倒を見ている程度だ。
イレイナにベルティーナの事を紹介したのも、元を辿ればフィリオが「そう言えばサーガンが贔屓にしている従獣屋にはイレイナと同じ年頃の娘がいたよね?」などと言い出したせいである。
田舎から出てきて友達がいないイレイナの良き友となり、従獣を飼いたがっているイレイナの依頼も請け負えるだろうと。もう嫌というほどイレイナの名を口にするのにうんざりしてつい紹介してしまった。
だがベルティーナがそんな背景に気づくはずもない。
ベルティーナは最後にこのお詫びの食事をご馳走になったらアルミロとは本当に距離を置こうと心に決めている真っ最中だった。