四十二譚 四天王戦 氷
吹雪と熱気の間で雪解けの水が広がっていく。
生える氷柱が破壊される。炎の蹴りが氷の盾によって防がれる。
「わたくしは悪の権化なる存在ですの。さあ、正義と悪、どちらが強いかこの機会に決めてしまいましょう」
「興味ないな。正義か悪かなんて、つまらない戯言だ」
氷柱が彼を吹き飛ばし、壁に叩きつけた。
炎を纏った足で瞬間的に移動し、彼女の背後へと入り蹴り飛ばそうとするが軽々と氷の扇子で防がれた。
「知っていますわよ。貴方、警察ですわよね? 正義のために働いているのでなくって?」
「アンタの言う通り正義の価値観で働く警察もゴロゴロいる。けどな、正義とか悪とか、俺はそんなくだらない価値観を動機にはしない」
激化する炎と氷の衝突。
「なら、何を動機に命をかけて働いてますの?」
氷の礫が彼を襲った。
体が擦り切れていく。
「守るためだ。愛する人のため。大切な人のため。そして、最愛なる日本のため。俺は思う、正義を信念に置いた奴よりも何か大切なものを守る奴の方が余っ程正義だってな」
床、壁、天井に雪が集まっていく。
四方八方から鋭い氷柱が現れる強烈な技の前兆だった。
「受けとれ、新しい、剣、よ!」
そこに現れた助っ人のゼット。彼から金色に光る鋭い剣を受け取る。その剣に炎が纏われていく。
「『火魔・鉄火肌』いい所にきた。ナイスアシストだ」
四方八方から現れる巨大な氷柱郡は炎を纏う剣によって全て切られていった。暴れるように剣が振られていく。
次々と襲いかかる氷柱を切り落としながら敵に向かって進む。
彼女付近で炎の剣と氷の盾がぶつかりあった。
「正義と悪、括るとすれば道徳や常識。それは非常に便利で身勝手で困難な道具。一人一人の持ってる正義は違う。何が正しくて何か悪いのか何て人それぞれだろ。さらには組織事にさらに正義の数がある。国にも正義があるんだ。こんなこと考えてるだけ面倒だ」
氷の礫が飛んでいく。
「『火魔・蚊遣日』アンタも捨てちまえよ。そんな面倒な価値観」
炎のバリアが作られるその炎が礫を溶かしていった。全てを溶かせた訳ではないが、抜けていった礫は剣で弾かれ彼には当たらなかった。
「アンタも苦しめられてきたんだろ、正義に。分かるぜ。自ずと悪と自称する奴ってのは身勝手な正義に苦しめられた傾向があるんだ」
「何が分かるとおっしゃいますか。同じ悪の撓にしかわたくしは理解できませんの」
「図星だな。悪の道やその道の師に憧れたか仕方なく悪に手を染めなければいけなくなったか。アンタからは後者の気配がしたんだ」
ひっきりなしに現れる氷柱を避けていき、いつしか彼女との間には無数の氷柱が立ち塞がる。
「『火魔・烈火斬撃』手助けしてやろうか。光の道も見えてくるはずだぜ」
炎の斬撃が氷の氷柱を切り落としていく。
全てを切り落とし視界が良好になる時、そこを狙って無数の礫が用意されていた。
「わたくしはもう光なんて見えないのですわ。悪役令嬢として、わたくしの悪事で光を喰って差し上げますわ」
「『火魔・菜殻火爆』自虐しなくてもいいんだ。手を伸ばせ」
小さな炎の種が放たれ、それらが爆発を起こす。礫は爆風で消え去った。
「アンタは自分が悪いことをしていると知っている。それなのに貫き通すには何らかの理由がある。辛くても貫き通す理由が。俺に教えてくれないか」
炎の剣が氷の盾に突き刺さる。
盾はヒビが入っていき壊れていった。
手を動かしながら同時に口も動かす。
剣と扇子が激突していった。
「わたくしは豪族郡山家に生まれた不憫な女。郡山家として道徳を叩き込まれました。それが嫌で逃げ出したのにも収まらず……わたくしは──」
暴走する猛吹雪。
「わたくしは、貴方の言う身勝手な正義に振り回されてきたのですわ。自分に不利なことをわたくしに押し付けてそれを正義とする。金持ちは悪という身勝手な印象が社会からも居場所を無くしてしまいましたの。頼る人ないあの地獄で思ったのですわ。わたくしを苦しめたこの社会を正義を潰したい。悪のわたくしらが全ての上に立ち悪で世界を覆ってあげるのです」
強い猛吹雪が炎の熱気を消し去り、建物の中を覆い尽くしていった。極寒の地の真冬の土地に広がる吹雪が襲う。
悪意が警視庁の中を支配した。
冷たい雪が心と体を凍らせていく。
「『火魔・不知火』素直になれよ」
真っ赤に燃える熱気が蜃気楼を生み出す。
吹雪で覆われた建物が瞬く間に元通りとなる。あちらこちら濡れている建物の中で二人は対面する。もう望良には戦う力は残っていなかった。
「わたくしは……わたくしはもう。戻れない」
「いいや戻れるさ。罪を背負うことにはなる。けれども俺はそれでも光で必死に生きようとする者を認める。正義を掲げる偽善者は多くいる。けどな、これだけは知ってくれ、正義も悪も気にしない困ったものを助けたいと思う人もいるってことを」
濡れた地面を踏みしめていく。
「人生をやり直さないか。きっと救われるさ。きっとな」
偉の腕が望良に向かって伸ばされる。
その場に腰を崩す彼女がその腕を見ていた。
「本当にやり直せますの……」
水が電球の光を弾き、眩い光陽が広がっている。
「少なくとも、俺はそう信じてる」
彼女は手を伸ばした。その手を引っ張られ、その勢いに任せて立ち上がる。
床にできた水溜まりを踏みしめて帰っていく。
二人の戦いは望良の棄権で終わりを告げた。
蛙の被り物をきた変態が二人に合流した。
「あら、貴方は確か海外からマスクを入手して流通をしていた店員さんではありませんの?」
「そう。私、マスク、流通、していた」
「やはりそうね。まあ、スカウトを断った人間になど興味はありませんけど」
二階へと来た。
そこには急いでやってきたようで息切れして疲れている様子の櫛渕がいた。建物の中で敬礼をしていく。
「塩谷警部。そちらの状況をお教え頂きお願いします」
「警視庁が襲われたが、当の本人である郡山望良が投降した。これから罪を償い公正するみたいだ。建物の中は抗争により死者多数。今から入り口付近にいるはずの他の警察官に引き渡す予定だ。とりあえず、こちらは一件落着と言うところだな」
彼を通り越していく。
偉は望良の公正を信じそのまま歩いていった。
油断している隙に望良の後ろを刺す槍。
彼女の傷口から赤い液体が滴り落ちていく。床の水溜まりが赤く染まっていく。
「おい。何している。土岐巡査部長」
首元を掴みかかり鬼の形相で責めていく。その時の偉は今までにない怒りを彼に向けていた。
「こいつは悪だ。悪は滅さなければならない。そうですよね」
悲しくも装置は起動され正面に向かって爆発を起こす。爆発は彼女だけを巻き込んでいた。
その場で倒れる。
彼女の息はもうなくなった。
「こんなことが許されると思っているのか」
「ええ。正義が絶対に正しい。この行為だって正当防衛として殺しても何も問題ないですよね。法の上でも。なぜなら、全て正しいことだから」
頭に血が登り殴り飛ばす。
偉と櫛渕は互いに睨み合っていった。